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髪、すきだぞ神


 なんだか最近、妙にそわそわしてる。
 学校から帰ってきてまず黒マがいるかどうかつい確かめちゃうぜ。いないとすっげぇ落ち着かないんだよな。数学のプリントまっちろけなのはそのせいだ。うん。
「ねー大丈夫?」
 腹ばいで俺の漫画読んでた黒マが顔を上げる。
「英語に集中できないからって数学はじめたのに、やっぱり真っ白じゃない」
「うるさいぞ」
「なによぅ。なぐさめてあげてんのに」
 ぷーぷー頬を膨らませながら黒マが抗議する。俺はとりあえずそのほっぺをぷすぷす指で突っついておいた。
「もーどうしたの。元気ないなぁ」
 ぷすぷすの刑に甘んじていた黒マが、眉に皺を刻んで首を傾げる。俺はべたーっと机の上に突っ伏して溜息を吐いた。
「そりゃな。全然勉強進まなきゃ元気だってなくなるんだぞ」
 そうだこの冴えない感じは、勉強が全く進まないからだ。てかマジこの課題明日提出なんですけどおぉおおおおお。先生に殺される。てか、俺これでもうすぐある本番大丈夫なの……?
「気分転換に一緒に外行こうよー。ついでに神社いこ」
「何故神社」
「私の死体が埋められたところ」
「ホラーツアーかよ!!」
「だってぇ……」
「お前最近ほんとに熱心だなぁ」
 黒マは本当に、真剣に自分探しつうもんをしていて、どうにかして大きくなり続けることはできないものかと、試行錯誤している。
 一緒に探そうなって約束してやったんだけどなー俺受験前なんだマジ無理。今やってるプリントだってばりばり今週ある模擬テストの範囲なんだもんよ……。
「そんなに焦らなくてもいいじゃんか」
 部屋で黒マの帰りそわそわまっちゃう自分がキモイんだぞ。なんか新妻みたいじゃないか。
 本当は探し回れたらいいんだけど、受験がなー。もうちょっとまってくれ。せめて大学受かるまで待ってくれ。
「でも早くおっきくなりたいもの。おっきくなってね、君と一日でいいから、街歩いたり、ご飯を一緒に食べたりしたいとおもったのよ」
「俺もしたいけどなー。でもなんで早くなんだ? 焦りは禁物だぞ」
 焦りは何もいい結果を生まないって先生が言ってたぞ。あれ、じゃぁ明日提出のこのプリントに対しても焦っちゃ駄目かな俺! ヨユーヨユーって念ずるべき?
 黒マはきゅっと口元を引き結ぶと、ぷるぷると震えながら呟いた。
「だって、お嫁さんもらうんでしょ」
 じゃぁその前におっきくならなきゃいけないじゃない? と、黒マは言った。
 なんだかよくわからんが、俺の未来のかわうい嫁さんに遠慮してるのか? そうなのか。
「ばかだなー、すぐにとるわけじゃないし、嫁さんとるにしても社会人になってからなんだぞ! まだ四年以上もあるんだぞ!」
「……そうなの?」
 てか候補もいないしな。うぅううううう失恋の傷が超しみる……。
「てかそんときは一緒に遊べばいいだろ? かわういお嫁さんもらっても別に俺お前と縁切るわけじゃないしさー。一日だけとかいわずに、おっきくなれたらあちこち一緒に行こうぜー」
「……私のこと、きらいじゃないの? うっとおしくないの?」
 黒マの発言に、俺はびっくりして目を丸めた。
「お前熱でもあんの?」
「ないよ! 神様だもん熱でないよ!」
「いや幽霊だろっていやまぁそうだよなー。熱はでるはずないよなー」
 でも熱でも出たのかっつうぐらいにびっくりな発言だ。鬱陶しくないのかってお前超強引に俺んちに居座って無断で髪の毛奪いまくってたはずなのに何そのすげー謙虚なの。
「ばかだなぁ」
 俺は黒マのほっぺを指でぐりぐりしてやった。
「嫌いなはずないだろ!」
 嫌いだったらさっさとつまみだしてるし。俺を薄毛にした張本人なんだぞ! でもいいやつなんだよな。顔かわいいしな。ちょっとキモイけどな。黒いマリモだからな。
「きらいじゃないの?」
「あぁ、すきだぞ! だからな、おっきくなってもならなくても遊ぼうな!」
 でも今はちょっと待ってくれ。超受験前。
 さてさて、とプリントに向き直りかけた俺の視界の端っこで、黒マがふんわり微笑んだ。
「ありがとう」
 おうよ、と頷きかけた俺は、首を傾げた。
「あれ?」
 なんか、黒マの身体がぴかぴか点滅してるぞ。
 黒マもびっくりした様子で自分の身体をぺたぺた触ってる。
「おっきくなるときと一緒だ」
「俺の髪!」
「うばってないよ!」
 反射的に頭を庇った俺に黒マが主張する。いやだってさーハゲにしくしく泣くねーちゃんたち見てるしさー。
 そうこうしている間にも黒マの身体はぴこぴこ点滅を早めていく。その様子、カラータイマーの如し。
「もしかして、おっきくなれるんじゃね?」
「えぇ? そうなの?」
「だって髪の毛パワーでおっきくなるときとおんなじなんだろー?」
「うん同じ」
「だったら」
「そ、そっかぁ!」
 そうして、黒マの顔が喜色に輝いた、その瞬間。
 黒マの姿が、掻き消えた。
 しん、と部屋が静まり返る。
「……黒マ?」
 返事がない。
 俺は瞬きして、もう一度呼んだ。
「黒マ?」
 俺の声を、すぅっと部屋の静寂が吸い込んでいく。
 俺は目の前のプリントを持ち上げて、その下に黒マが隠れていないか確かめた。屈んで机の下を除き、黒マ用の炬燵の中も見た。押入れを空けて、窓を開けて、引き出し、箪笥、物陰、そういったものを順番にチェックした。
 黒いまるまるとした奇妙な物体はどこにも見当たらず、俺は部屋から出て階段を下りて、母がつくろいものしている居間と、姉の部屋と、台所と、トイレと、風呂も見た。まっくろくろすけが好みそうな影も見た。あるのは綿ぼこりばっかりだった。
 それから、黒マが前に晒し首にされたとかって俺が嫌がるのも聞かずに詳細に説明してくれた河川敷にも行ってみたし、近隣の神社を廻った。でも黒マはいなかった。
 試験前も試験期間中も試験が終わって結果が返ってくる時期になっても、黒マは帰らなかった。
俺は志望校D判定のずたぼろな試験結果を見つめて涙しながら、低く呻いた。
「あぁもしかしてこれが、成仏ってやつ……?」
 バイバイもいってないぞ。
 馬鹿黒マ。


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