BACK/TOP/NEXT

第三章 試される虜囚 3


 紹介を受けた男は一歩距離を詰めて礼をとり、マリアージュの手の甲に軽く口づけた。
「お初にお目通り賜ります。お会いできて光栄です、陛下」
 蒼の双眸が細められる。隙のない微笑。余所行きの顔だ。その嫣然とした微笑みに、大抵の者たちはほだされ、あるいは虜となるのだと、マリアージュは知っている。
 男が身を起こし、マリアージュの手を解放する。
 その間も、彼が自己紹介するロディマスと握手を交わしていたその時も、マリアージュは黙ってディトラウトと呼ばれる男を見つめていた。
 セレネスティとディトラウトの二人は双子と見紛うほどよく似た兄妹だった。別々に会ってさえ、近しい血縁であると一目でわかった。
 そして自分を操り人形として求めた存在が、他ならぬこの隣国の女王なのだということも。
 主君たる妹の命に従い、ミズウィーリ家に仕えること三年間。ディトラウトは、一体何を思っていたのだろう。マリアージュのことを、やはり嘲笑っていたのだろうか。
 ペルフィリアの宰相の顔で笑う男を、怨むつもりも、裏切り者と罵るつもりも、マリアージュには毛頭ない。
 この男のことは、最初から、きらいだったのだ。
(私はいいわよ)
 マリアージュはディトラウトを見据えたまま、胸中で呻いた。
(もともと、胡散臭いと思っていたし、嫌味ったらしいし、信じてなんていなかったし)
 ただ――……。
 畳んだ扇の先を、強く強く、握りしめる。
(何故、ダイを、連れて行かなかったの)
 あの男がその手で見出し、マリアージュに付けた、化粧師の少女を。
 あの日々の中で、彼が宝物のように大事にしていた少女を。
 やさしく、笑っていたくせに。
 あまく、名前を呼んでいたくせに。
 あの子の、本当の名を。
(私がそれを、知らないとでも、思っていたわけ?)
 ディトラウトがダイを連れ帰ろうとしたことはわかっている。それを他ならぬダイ自身が突っぱねたことも。
 けれどディトラウトはそこで手を引いてはならなかった。ダイが残ると喚き騒ごうが、引きずってでも連れて行くべきだった。
それが必要以上に目を掛けて、ダイから思慕の念を引き出した者の、義務というものだ。
 今、ダイはヒースと名乗っていた男のことを、“あの男”と硬く強ばった声で呼ぶ。
 マリアージュはそれを耳にするたびに、件の男の横面を叩き倒したくなるのだ。
(あの子に詫びなさいよ)
 マリアージュは喉の奥で唸った。ディトラウトは黙って視線を返している。その静謐な蒼の双眸に、かつての雇用主に抱いてもよさそうな、懐古や感傷は一切見られなかった。
 自分はそれでもいい。
 ただ――……。
(あの子に土下座して、謝りなさいよ……)
 彼女を欺いたことを。信に悖(もと)ったことを。愛情を裏切ったことを。
(詫びなさいよ!)
「陛下?」
 ロディマスが訝りの声を上げ、マリアージュは思考を中断した。演奏が息を吹き返し、手に温度が戻る。マリアージュは扇から指を引きはがした。手袋のせいで視認できないが、てのひらにはくっきりと型が付いていることだろう。
「陛下、どうされましたか? イェルニ公が当惑なさっておいでですよ」
 困惑の表情を浮かべているのは、むしろロディマスの方だった。セレネスティもロディマスもマリアージュの不躾な視線を薄く微笑んで受け止めている。
「失礼いたしました」
 マリアージュは笑みを取り繕った。かつてミズウィーリ家の当主代行から教わったやり方、その通りに。
「お二方揃って、美しくあらせられる。その眩しさに、目が眩んでしまいました」
「目が眩むというよりは、何か仇を見るような厳しい目でしたね?」
 セレネスティの発言にロディマスがぎょっと目を剥いた。ディトラウトも真意を図りかねた様子で妹の顔を窺っている。
 セレネスティはころころと軽やかな笑い声を立てた。
「身内に対する自慢ではないのですけれど、兄上と引き会せると、大抵のご婦人はうっとりとなりますから、マリアージュ様の反応は新鮮で。何か理由でもあるのかしらと思いまして」
 直接的この上ない物言いに、ディトラウトは眉をひそめ、ロディマスは唖然となっている。
 マリアージュは開いた扇で口元を隠し、ふ、と嗤った。
「狸に似ておりましたの」
 一身に視線を浴びながら、皮肉を込めて言い放つ。
「……私の生家の庭を荒らした、たいそう毛艶の良い……クッソ狸に」
 イェルニ兄妹が目を丸め、ロディマスは女王の乱心に顔を引き攣らせている。
 それが、おかしくてならなかった。
「冗談ですわ」
 マリアージュは扇を閉じ、嫣然と微笑んだ。
「イェルニ公のあまりの美しさに、女として嫉妬を覚えたまでのこと。お許しください」
 納得したわけではないだろう。それでもセレネスティは鷹揚に頷いた。
「私も兄の美貌には嫉妬を覚えますのよ」
 などと嘯いて。
 官たちが双方揃っていないこともあり、会話は一度お開きとなる。
 挨拶して別れる去り際、ディトラウトから呼び止められた。
「マリアージュ女王陛下」
 マリアージュは最上の微笑みを張り付け直し、挨拶以後は沈黙を保っていた男を振り返る。
「どうかなさいましたか? イェルニ公」
「貴女はたいそう美しくいらっしゃいますよ」
 ディトラウトは実ににこやかだった。
「珊瑚の色味がよくお似合いです。……華やかで、愛らしい」
『――化粧を施しましょう』
 華やかに、愛らしく。
 この男は、違えない。
 あの少女の、意図を。
「腕の良い化粧師がおりますの」
 マリアージュは目を細める。
「私の側近です。また後ほど、ご紹介いたしましょう」
 そして勢いよく踵を返し、足を力強く踏み出した。
 馬鹿馬鹿しく、腹立たしく――……そしてどうしてだか、泣きたかった。
 この茶番、すべてに。


 晩餐会へ出席する文官、護衛の騎士、そして世話役として大広間の隣室に控える予定の女官たちを見送り、ダイは急いで仕度部屋へと移動した。マリアージュ用のそれよりも一回り手狭な空間では、衣装を揃えて女官二人が待ち構えている。
「ダイ、早く早く!」
 急かされるまま顔を洗い、服を着替えにかかる。
 男物の衣服は補正下着を身につける必要がない。着替えはすぐに済んだ。
「それにしても、もったいない感じがするわよね」
 鏡の前で上着の袖口を手早く留めるダイの髪を、ぐいぐい梳りながら女官は口先を尖らせた。
「もったいない?」
 振り仰いだダイに、彼女は手を止めて大きく頷く。
「ダイは化粧したら映えると思うよ」
「わかる!」
 脱ぎ散らかされた衣服を吊るしていたもう一人が、ぴょんと顔を覗かせて相方に同意した。
「ダイに可愛い服着せたいよねー!」
「ねー!」
「今から着てみる!? 特急で仕度するよ!」
「いえいえいえ! そんな暇ないでしょう! 遠慮します!」
 突きつけられる女物の晩餐服を丁重に断って、ダイは溜息を吐いた。ご丁寧に少女の身頃だ。こっそりと持ち込んだらしい。
 雇用の前に身体検査を受ける決まりがあり、城では性別を隠すことはできない。ダイが男装している理由は、単純に動きやすさの問題だった。女物を身に着けると裾を踏んで頻繁に転び、仕事にならなかったのだ。
 容貌からは性の判別つきにくく呼び名の響きもあって、デルリゲイリア城内で働く大勢は、いまだにダイを少年と勘違いしている。
「かわいいと思うのにな」
 肩を落として服を箱に収める女官を、ダイは苦笑して眺めた。
「終わったよ、ダイ」
「ありがとうございます」
 髪を整えてくれた女官に謝辞を述べ、改めて鏡に向き直る。小柄で華奢な身体がそこに映りこんでいる。正装が子供のお仕着せに見えないことが不思議なほどだ。
 初潮も来ず、凹凸少なく、少年に擬態すること容易い身体を、ダイは他人のもののように眺めた。
 この半年間、様々な新しい業務や勉学に忙殺されて、成長の問題を思い煩うことは滅多にない。
 否。
 ダイはいつ成長が始まるのかと、恐れるようになっていた。
 おんなになることが、怖い。
 蹲って泣く少女が、そうっとダイの目を、塞ぎそうで。
 ダイは頭を振って踵を返した。そろそろ迎えが来る頃合いである。
「あ、来たみたいだよ」
 軽い叩扉の音が、拍を刻む。
 女官の一人が戸口へ向かい、来訪者を部屋に招き入れた。
「ユマ、お迎えご苦労様」
 ダイの付き添いの役を負った女官はユマらしい。数名の騎士を伴って姿を見せた彼女は、同僚から労われて微笑んだ。
「行きましょう」
 急かす友人に頷いて、ダイは片づけに残る二人を振り返る。
「すみません、ありがとうございました」
「いってらっしゃい」
「楽しんできてね!」
 見送りの言葉を述べる女官たちに手を振り返して廊下へ出る。ユマは待ちかねたように、隣に立ったダイの手を素早く握った。
 ダイの手を包み込む、柔らかく、温かい、白い指。
 ふと、違和感を覚える。
「ユマ?」
「なぁに?」
 ダイの呼びかけに、ユマは怪訝そうに応じた。どうかしたの? と尋ねる友人の微笑は、慣れ親しんだものだ。
 騎士の一人が扉を閉じる。
 ダイは釈然としない感覚を飲み込み、静寂が訪れた廊下をユマに手を引かれて歩き始めた。
 夜になり灯された魔術の明かりが、紺の繊毛敷きを照らしている。窓は闇色に塗りつぶされ、ダイに閉塞感をもたらした。奇妙な息苦しさに身を捩りつつ、急ぎ足で歩を進める。ダイの到着を待っているだろうマリアージュの元に、早く辿り着きたかった。
 しかしいっかな辿り着かない。
 ユマに握られる指先が、徐々に血の気を失い始めた。
「ユマ……」
 力を、緩めてほしい。
 ダイの呼びかけに、彼女は答えない。見上げる面差しはよく見知った娘のものに違いないのに、奇妙な違和感が付いて回る。
 先導する騎士たちを息を吐きながら見上げたダイは、意識に引っかかっていたものの正体をようやく悟った。
「ユマ!」
 繋ぐ手を揺さぶって声を張り上げたダイを、ユマが首を傾げながら見下ろした。
「どうしたの?」
 急速に渇く喉を湿らせるべく、ダイは唾を嚥下した。
「どうして……、ひとりで、ペルフィリアの人たちの案内を受けているんですか?」
 藍を基調とした隊服に身を包んだ騎士たちに、ダイは視線を巡らせた。自分たち二人を取り巻く彼らの中に、デルリゲイリアのものたちは見当たらない。
「どうしてって?」
 ユマは不思議そうに瞬いた。
「だって一人じゃ不安だったんだもの」
「ありえません」
 きっぱりと断言するダイに、ユマは笑った。
「ダイ、私だって初めての場所を一人で移動するときぐらい不安になるよ」
「そういう意味じゃありません」
 ゆるゆると頭を振り、ダイは己の手に絡みつく、白い指を凝視する。
「……私たちは、一人で出歩かないことを厳命されています。移動するときはどんな場合であっても、二人一組です。ユマだけが移動することはない。たとえペルフィリアの人たちに案内を頼んだとしても、必ずデルリゲイリアの騎士が一人、護衛に付き添う」
 デルリゲイリアを出立する前になされた取り決めだった。そしてそれは王城に到着する間際にも、確認がなされている。
 ユマの手の力がいっそう強まり、ダイは痛みに顔をしかめて友人を仰ぎ見た。
 見慣れた娘の顔からは、感情が欠落している。
 その仮面のような白い面を一目見て、ダイは背に冷たいものが伝う感触を覚えた。
 無意識の内に後ずさる。
「ユマ」
「なるほど」
 彼女は嗤った。
「そういう風に動いていたのか」
 その唇から女としてはやや低温の、聞き覚えない声が漏れ出でる。
「しかし徹底されているわけではなさそうだ」
 ダイは周囲を見回した。騎士たちは一様に無表情のまま、虚ろな目をダイに向けるばかりで微動だにしない。精巧な人形に囲まれているかのような薄気味悪さだった。
 彼らの狭間で、ちらりと、光が動く。
 淡い緑の燐光――魔の、灯火。
 それがダイの手を拘束する女の頭部から零れ落ちている。
 光に包まれる部位が卵の殻のようにひび割れていた。
「ゆ、ま?」
 喉の奥が、引き攣り痛む。
 友人の姿を模る殻は細かな破片となって落下し、地に触れる傍から光となって火の粉のように瞬いた。様々な角度から照らされた影が、壁面で身を捩りくねらせる。
 輪郭が崩れて顕わになったユマとは全く別人の顔に、ダイは息も吐けず立ち尽くしていた。
「……あ、なた」
 その容貌には、見覚えがある。
 最後まで言葉吐けぬダイに、ユマに扮していたその青年は、緑灰色の目を細めて低く嗤った。


 ペルフィリア側の出席者への挨拶周りを終えて、マリアージュは壁際の椅子に腰を下ろした。立食形式のため、料理の並ぶ卓は壁際へ追いやられている。椅子も同様だ。会場内がよく見渡せた。
 マリアージュはそわそわと開会を待つ人々を見つめた。デルリゲイリアの官たちもようやく場の空気に慣れたようだ。おずおずとではあるが、ペルフィリアの者たちと会話を始めている。彼らには己から話す機は最小限に留め、勉強させてもらうという姿勢で、とにかく話を聴いてくるようにと厳命している。その試みは見る限り成功しているようだ。うんうんとしきりに相槌を打つデルリゲイリアからの傍聴者に、弁舌揮うペルフィリアの貴族たちは心地よさそうだった。
「陛下」
 ロディマスが水で満たされた高杯をマリアージュに差し出した。
「喉が渇かれましたでしょう」
 マリアージュは黙って彼から水を受け取った。
 ロディマスが護衛の騎士に下がるよう言い渡し、彼のいた空間に換わりに収まる。
「……話したいことは何? ロディマス」
「狸についてです」
 ロディマスの声音は固かった。
「……陛下、貴女は最初からご存じでいらっしゃったのか」
 二人きりにも関わらず敬語を使うことは、彼なりの怒りの意思表示だろう。
 マリアージュはディトラウトを探した。彼はセレネスティの傍に控えて会場の様子を見守っている。
「今、知ったわ」
 正しくは、今、確認した。
 ヒース・リヴォートが、ディトラウト・イェルニであるということを。
「あたりまえでしょ。ちゃんとわかっていたら、あんたに言うわよ」
 ロディマスはしばらくマリアージュの顔を窺っていた。言葉の正否を探るように。
 マリアージュは彼を見た。一言、命じる。
「信じなさい」
 ロディマスは表情を緩めて、御意に、と応じた。
「それにしてもいきなりあんなやり取りをするから、何事かと思ったよ。寿命が縮んだね」
 セレネスティとのやり取りを、彼は揶揄混じりに示唆する。悪かったわ、とマリアージュは素直に謝罪した。
「あんたは、ヒースと顔を合わせたことなかったわけ? 前に顔を見たいとかなんとかいって、ガートルードの夜会に顔を出してたことあったでしょう」
 あれはダイを伴って参加した初めての会だった。自分がこの男と踊らなければならなくなったせいで、ダイはいけ好かぬ貴族の子女たちに囲まれ、屋敷の中で迷子になったのだ。
 デルリゲイリアでは貴族と王城関係者には線引きがなされている。女王選の間、後者は城から出ることを許されない。ヒースと顔を合わせた者もいない。一方のロディマスは外に顔を出せる日が僅かながら与えられていた。先代の女王エイレーネの息子である彼は女王の投票権を有し、女王候補たちについて見聞しなければならないからだ。ガートルードの夜会も、その一環として参加していたらしい。
「いちおう具体的な名前は出さないほうがいい。どんな輩が聞き耳立てているかわからない」
 忠告を囁いて、ロディマスは答えた。
「あの時は行き違いで会えなかったんだよ。その後も結局、顔を見ること叶わなかった。僕も離宮から出られる日は限られていたしね」
 ロディマスもまたディトラウトを見た。何食わぬ顔で歓談する彼を観察し、ロディマスは苦々しく呻く。
「まさか……自ら、なるなんて」
 他ならぬ女王の兄であり宰相である男が、間者としてデルリゲイリアに潜入していたなどと、誰が予想しうるだろう。
「大体。うちに何があるっていうんだ」
 ロディマスが自問したくなるのももっともだ。デルリゲイリアは自給自足することが精一杯の弱小国である。
「それに……他に方法があるだろうに」
 デルリゲイリアは武力で侵略しにくい地理だ。しかし兵力の差は圧倒的である。その国を手中に収めるために、なぜ傀儡の女王を仕立てるという、回りくどい方法を選んだのかは定かでない。
「今はそれを論じている場合じゃないわ、ロディ。なんにせよ……ここにいる間は気が抜けないってことよ」
 一度はデルリゲイリアを狙った以上、何か目的があったのだろう。それこそただ国土を広げたいだけかもしれない。そして抱いた目的を簡単に諦めるような相手でもない。
 賓客として招かれているこの瞬間すら、彼らの計略であったとしてもおかしくはないのだ。
 マリアージュは歯を噛み鳴らした。
 女王としてマリアージュが選ばれたことは、自身の実力だと、ダイは言う。
 しかしマリアージュはそうは思わない。やはりあの兄妹あっての結果だ。
 彼らが操り人形の役にマリアージュを選んだ理由は推測できる。
 御しやすいと、思われたに違いない――あの女王候補たちの中の、誰よりも。
(今も、思い通りになると思るなんて、思わないでよ)
 マリアージュはペルフィリアの宰相に胸中で囁きかけ、続いて化粧師に――最後までついてくると誓った娘に呻いた。
(見てなさい、ダイ)
 自分を傀儡として選んだことを後悔させて、あの男を、自由にひっぱたけるようにしてやる。
 自分はその時初めて女王としての実力を、信じられるようになるのだろう。
 それにしてもその肝心の娘は、なかなか姿を現さない。
「ダイ、遅いねぇ」
 マリアージュの心中をロディマスが代弁した。
 まったく、何をしているのか。
 苛立ち募るマリアージュの鼓膜を、二度の拍手が震わせた。
「愛すべき私の臣下たち」
 セレネスティの澄んだ声音が朗と響く。時を同じくして、伝令の少年がマリアージュに駆け寄った。彼は素早く囁いた。
 セレネスティの下へ、と。
「親愛なるデルリゲイリアの皆さま方。そしてマリアージュ女王陛下。此度は遠路遥々お越しくださり、改めて厚く御礼申し上げます」
 前に立ったマリアージュに、ペルフィリアの女王が礼をとる。マリアージュも衣装の裾を持ち上げて深く膝を折った。
「全員が揃いました」
 セレネスティが決然として言った。
 マリアージュは息を呑んだ。ダイが到着していないことをセレネスティもわかっているはずだ。まだ紹介していないのだから。
 ディトラウトが妹に寄り添う。微笑む。蒼の双眸がマリアージュを映す。
 その美しく――酷薄な色。
「へいか」
 マリアージュの遥か左方の入口に、青褪めたアッセが飛び込むのと。
「それでは、始めたいと思います」
 セレネスティが開会を宣言するのは、ほぼ同時のことだった。


BACK/TOP/NEXT