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第二章 女王の候補者 4


 とにもかくにも。
 化粧をしなければ、物事は進まない。
 しかし、相手が不満に思う箇所、もしくはこうありたいと望む理想像を知らねばどうにもならない。
 直接的にどこの部分が不満なのだと尋ねても、なんとなく、といった回答が返ってくることのほうが多い。少し考えた結果、ダイは婉曲的な質問を採ることにした。
「アリシュエル様って、どのような方なのですか?」
 マリアージュの口から、真っ先に飛び出した名前。同じ女王候補のアリシュエル。噂では並ぶ者の居ない美姫と聞くが、実際にはどのような姿かたちをしているのかダイは知らなかった。
「……厭味な子よ」
 ぎろりとこちらを睨みつけながらマリアージュが呻く。その名前はどうやら彼女にとって禁句だったようである。質問を変えるべきかとダイが思案しかけたところで、マリアージュは大きく息を吐いた。
「彼女が、エイレーネ女王陛下の姪御ってことは知ってる?」
「……はい。存じています」
 ダイは顎を引いて肯定を示した。一番の有力候補であるアリシュエル・ガートルードは、エイレーネの兄の娘だ。さすがに、それぐらいは知っている。
「なのに血筋はひけらかさないし、品行方正の優等生。私に対しても、邪気のない上品な笑顔で、一緒に頑張りましょうなんて声掛けてくるやつよ」
「……はぁ」
「性格もおぞましいぐらいいいんだけど」
 褒めているのか貶しているのかわからぬ、酷い言い様である。
「あの子の厭味の極みは、外見よ」
 ようやく聞きたかった内容に辿り着いたとみえて、ダイはじっと耳を傾けた。
「背が高くてすらっとしてる。長い髪も涼しげな目も、磨きぬいた黄金みたいな金。糖蜜色。肌は真っ白くって、そばかす一つない」
 アリシュエルに対する批評と、マリアージュの外見をこっそりと比べる。マリアージュは、どうやらそばかすが気になっているらしいと、心の中に書き留めた。あとは、わざわざ涼しげ、と形容詞のついた目元か。マリアージュの目元は、確かに涼しげとは言いがたい。どちらかといえば、情熱的ですらある。
「鼻筋だってぴしっと通ってるし。唇も薄くて……」
 マリアージュの鼻はどちらかというと丸っこく、それが愛嬌をかもし出している。唇は言わずもがな、ぽてっと厚みがある。
 比べれば比べるほど、マリアージュとアリシュエルはかけ離れていた。むしろ対極に位置するといっていい。これを修正するとなると、かなり難しいだろう。
 ダイはわかりました、と頷き、別の質問を投げかけた。
「では、マリアージュ様はアリシュエル様のようになられたいのですか?」
 化粧を通じて与えたい印象を絞り込むつもりで口にした問いは、マリアージュを困惑させたようだった。
「……アリシュエルみたい、って?」
 どういう意味だと、彼女の胡桃色の目が細められる。
「……聞いた感じですと、アリシュエル様は涼しげな印象をされているようです。……似たような印象をお持ちになりたいのですか?」
 まごつきながらダイが応じると、マリアージュは不機嫌そうに口先を尖らせて呻いた。
「涼しげっていうか、寒くなるのよあそこまで完璧だと。だいたい、誰がアリシュエルみたいになりたいって思うもんですか」
「……そうですか」
 人形みたい、とマリアージュは競争相手を貶し続ける。化粧の方向性を決めかね、ダイはこっそり嘆息を零した。
「私がなりたいのはこう……もう少し、上品に見られるのがいいわ」
 その嘆息を見かねて、というわけではないだろうが、ダイの行き詰まりを救うかのように、マリアージュが意見を述べた。
「上品に、ですか?」
 ダイの問いに、彼女は大きく頷く。
「そう。この丸っこい顔も、なんか子供子供して見えない?」
「はぁ」
「私、嫌なのよ。お母様ももうちょっと上品に生んでくれればよかったのに」
「……わかりました」
 これ以上放っておくと、マリアージュが一つ一つ己の気に入らぬ部分を挙げて自己嫌悪に陥っていきそうだ。承諾の言葉で強引に話を中断させる。
 化粧の方向性をおぼろげながら決定し、ダイは柔らかめの海綿を手に取った。
(まずはそばかす、ですね)
 練粉が収まる色板を引き寄せ、その中から明るめの黄色を選び取る。先日、痣を消すために使った黄色よりも色合いは少しばかり柔らかいもの。それを海綿ですくい取り、手の甲で量を調節しつつ、ダイはマリアージュに声を掛けた。
「まず、こちらの色を頬の高い部分に塗っていきます」
 海綿に付けられた色を見るなり、マリアージュがぎょっと目を剥き、上ずった声を上げる。
「お、白粉? それ」
「練粉、ですね」
「顔黄色くなるわよ!」
「大丈夫です。上に別の色を重ねて馴染ませますから」
 いきます、と声を掛けて、ダイはマリアージュの顎に手をかけた。正面を向かせると共に顔の位置を固定する。そばかすの散る部分にその色を塗りつけていると、マリアージュが声を上げた。
「ちょっと、鏡、寄越しなさい!」
「鏡ですか? どうするんです?」
「見るのよ!」
 何をされているのか、本当に不安らしい。顔を確認していないと大人しくしていられないようだ。化粧箱の中から引き出した手鏡は、即座マリアージュにひったくられた。
「……すっごく黄色い。本当に大丈夫なの?」
 鏡面をまじまじ覗き込んで、彼女は唸る。
「大丈夫ですよ」
 ひったくられた勢いに痺れる手を、軽く振りながらダイは応じた。
 次に引き出したのは肌色に染められた白粉。マリアージュの肌色にあわせて、うんと明るめのものを。こちらも海綿に付け、マリアージュの頬から顔の外側に向かって伸ばしていく。
「……黄色くなくなったわ」
「でしょう?」
「そばかすが、薄くなった」
「もう一段階目立たなくしていきましょう」
 何をするの、と顔を上げたマリアージュに微笑みかけながら、ダイは色板を引き寄せる。固めの細筆で、色板の中からマリアージュの肌色よりも一段暗い色の練粉をすくい取った。目立つ大きさのそばかすの上に、その色を注し入れていく。中指を使い、注し色と周囲の縁を馴染ませる頃には、そばかすはないに等しいものとなっていた。
「……ほっとんど目立たない」
「マリアージュ様。申し訳ないですがもう少し鏡、離していただいても?」
「あ、えぇ、そうね」
 ほとんど眼前といっていい距離まで手鏡を近づけられると、さすがに化粧を続けられない。
 ダイの請願にマリアージュは意外にもあっさりと応じ、手鏡を顔から遠ざけた。
「次は何するの?」
「もう一度白粉を。次は筆で、ですが」
 大きめの筆に、たっぷりと粉を付ける。こちらは色の付いていない粉で、その代わり粒子の細かいものだった。幾度も幾度もふるいにかけた、小麦粉のように柔らかい粉だ。
 その粉を筆で肌の上に被せる。マリアージュの肌のきめ細かさと白さが際立った。
「次は目元をしていきます」
 ダイの宣言に、マリアージュは静かに頷いた。
 上品、と聞いて、ダイが選んだ色は紫だ。濃い目の菫と、淡い藤。赤みの強い紅紫も締め色として選ぶ。
「それじゃぁ、目を閉じていてください」
 筆に色を付けながら指示を出す。すると鏡から顔を上げ、マリアージュが噛み付くように反論してきた。
「目を閉じたら見えないじゃないの!」
「目を閉じていただかなければ、色を塗れません」
 苦笑しながら指摘したダイに、マリアージュはぐっと喉を詰まらせる。だがまだ抵抗があるようだった。
「目元に、色を付けるの?」
「えぇ。そうです。筆で付けていきますが、慣れない感覚かもしれません。くすぐったかったらおっしゃってください。筆を変えます」
「わかったわ……」
 ようやっと渋々了承の意を示し、マリアージュは目を閉じる。
「目玉がごろごろしてもおっしゃってくださいね」
「わかったから、早くして!」
 じれったそうに身体を揺する彼女を見つめ返し、ダイは思わずヒースに同情した。本当に短気だ。この様子を見れば、彼女に対して詳細を説明するという努力を投げ出していたとしても、仕方ない気がする。
 気を取り直し、ダイはマリアージュの瞼に乾燥を防ぐ蜜蝋を指先で伸ばした。色をのせる順序は、少し逡巡したが、薄めの色から付けていくことに決める。目尻側のほうに色を多めにのせ、目の際に向かって少しずつ濃い色を重ねた後、ダイは細筆を手に取った。
 墨よりも濃い、闇色の粉を細筆に付ける。量を軽く調節し、目の際をなぞるように、一気に線を引き入れた。
「目を開けて、視線を上へ向けてください」
「視線を、うえ?」
「こう、顔だけ正面にして、天井に目線を上げる形で」
 ダイが披露した通り、マリアージュが視線だけで天井を仰ぐ。頬を固定するために伸ばしたダイの指先に、マリアージュが怯えをみせた。
「え? 何?」
「下瞼の際を縁取ります。目線、動かさないでください」
「え? う、動かすなって」
「動かさないで」
 動くと、筆先が見えて怖いはずだ。そうならないためには、天井へ視線を向け続けてもらわなければならない。素早く目周りを縁取っていって、ダイは手を離した。
「もういいですよ」
「……目が、乾いたわ」
「こすらないでくださいね。色、落ちてしまいます」
 ダイの指摘に、マリアージュは上げかけていた手を宙で止める。ダイは不要になった白粉を片付けていきながら、こっそりと彼女を盗み見た。出来栄えを確認する――うん、良い出来だ。
 普段は蝋燭の下で色を入れているものだから、加減に戸惑うかと思ったが、そうでもなかった。日中の光の下で、鮮やかな色は目に楽しい。
 次は、と、ダイは視線をマリアージュの顔の上に滑らせた。
(眉、は、そのままの方向で)
 目に留まった箇所を、修正いらず、と判断する。
 何せ流行がわからない。芸妓の流行と貴族の子女の流行が、異なることはままある。形を整えるのは、他の女王候補を見てからでも構わないだろう。
(となると、後は唇と頬紅、あと骨格)
「ねぇ」
 すべきことを順々に確認していると、マリアージュが手鏡を覗き込みながら声を掛けてきた。
「絵を描くみたいに、化粧するのね」
「え? えぇ」
 紅筆の先を、口紅の並んだ板に触れさせながら、ダイは頷いた。
「……そうですね」
 マリアージュの顎に、断りを入れながら触れる。
「失礼致します。次は口紅を」
 突き出された唇に紅を注していきながら、ダイは胸中で呟いた。
(よく、いわれる)
 他の化粧師たちにも言われてきたことだ――お前は、画布(カンヴァス)に絵を描くように、化粧をするのだね。
「やっぱり、ご両親が、化粧師なの?」
「え? いいえ違います」
「あらそうなの? 市井は、親の職を継ぐんだって聞いたことがあったのだけれど」
「えぇ……その通りですよ」
 唇にさらに紅を足していきながら、同意を示す。
「よく、ご存知で」
「昔、お父様が教えてくださったの」
 マリアージュは、誇らしげに胸を張った。
「貴族は家を繁栄させるために、家を重んじる。市井は、技を重んじるのだって」
 芸技の国として、生き残るために。
 子は、適正がない場合を除いて、親の技を継ぐ。
 先祖から受け継がれてきた技に磨きをかけて、次代へ渡すのだ。
「……私の父は、画家でした」
 記憶にない、皆が語る思い出の中だけで生きる父を、脳裏に描きながらダイは言った。
「私が赤子の頃に、亡くなって、母が基礎だけ知っていたので、私に教えてくれたんです。化粧はそれを流用しています」
「そうなの? ……じゃぁ、お父様が生きていらっしゃったらあなた、画家だったのね」
「かもしれませんね」
 もし父が生きていたならば、自分はこの国で育ってはいなかったかもしれないが。
「あ、マリアージュ様、笑ってください」
「は? 笑う?」
「そうです。にこっとしてください。頬紅を入れます」
 頬紅のための太筆を目線で示す。マリアージュは肩をすくめ、首を横に振った。
「急に笑えといわれてもできないわ」
「じゃぁ、唇を左右に引き結んでいただくだけでも」
「……こう?」
「そう。お上手です」
 高くなった頬の位置を目安に、鋭角に頬紅を入れていく。色の濃さ、範囲、角度といったものを確認し、納得がいけば、次は骨格の補正。
「真っ白な粉?」
 親指ほどの太さの筆に、色板に収まる白い色粉を付けていくダイの手元を覗き込んで、マリアージュが尋ねてくる。ダイは頷いた。
「はい。明るくしたいところに入れる色です。高く見せたいところとか」
「へぇ……」
「それでは、さっきと同じように、視線だけ、天井のほうに向けてください」
「こう?」
 二度目ともなると、マリアージュは少し慣れたのか、ダイの指示通りに視線を動かす。ダイは微笑んで、筆を動かした。
 まずは、下瞼。そばかすをさらに目立たなくさせていくためにも、左右共、しっかりめに色を入れていく。
「視線、戻してくださっても平気です」
 筆に色粉を付け足しながら、ダイは言った。
「次は鼻筋です」
 鼻を高く見せるためだった。さっと鼻筋を明るくし、筆を固めの筆に変える。その筆先につけた色粉は肌の色より一段暗い茶色。
「今度は何?」
 マリアージュは手鏡を覗き込むようなことはせず、ダイに直接問いただすようになっていた。
「影をつけるんです」
「影?」
「鼻の横の影です。目を閉じてくださいますか?」
 マリアージュは怪訝な色を瞳に浮かべたものの、ダイの指示に従い素直に目を閉じた。そのことに満足し、粉の量を調節して筆先を彼女の肌に触れさせる。滑らかな肌は粉がのりやすく、発色もいい。蝋燭のものとは異なる、窓から差し込む光の色も考慮に入れて、当人の「望む顔」を描きいれていく。
 ――……この工程を経るときだけ、自分は近づけるような気がするのだ。
 母が望み、自分が決してなり得ない、何かに。
 丸みを帯びた輪郭が気に入らぬというのなら、それを削ぎ落とすように色粉で影を付けていく。首との境がわからぬように、注意深く色を選んで。
 最後に余分な粉を落としきり、筆や色板を置いて、ダイはマリアージュに付けていた髪留めを外した。
「終わりました」
 それを合図にマリアージュが手鏡を覗き込み、唇を引き結ぶ。ダイは一歩引いて、彼女に施した化粧を確認した。
 マリアージュの言う「上品さ」がどのようなものなのか、漠然としか掴むことができずにいた。よって彼女に施した化粧も、彼女が本当に望んでいるような形に収まっているかどうか、ダイにはわからない。それでも、全体の出来栄えとしては悪くはないと思っていた。初めて日の光の下で顔をした割には、上出来かもしれない。
 しかし化粧師の自己満足に終わっても仕方がない。所詮、化粧は当人が気に入るかどうかだ。
 長い沈黙を経て、ようやくマリアージュの唇が動いた。
「……別人ね」
 ぽつりと落とされた感想に、ダイは首を傾げる。
「そうですか?」
 そんな、劇的に別人になるように仕向けたつもりはない。あくまで、違和感がない程度に留めたつもりだ。
 マリアージュは手鏡を覗き込んだまま、頷いた。
「えぇ。……別人のように……あぁ、私、こんな風に、なるの?」
 自問にも似た呟きを、彼女は口の中で転がす。やがて手鏡を卓の上に置き、彼女は笑った。
「こんなふうに、なるのね」
 知らなかったわ、と繰り返すマリアージュに、ダイはそっと質問を投げかける。
「……気に入っていただけましたか?」
 ここで否という回答が返ってくれば、自分は此処を離れなければならない。
 しかしそれは、杞憂に終わった。
「えぇ、まぁまぁね」
 頷いてきたマリアージュは、やや置いて、付け加える。
「誇りに思いなさい。私が気に入る、だなんて、滅多にないことよ」
「……光栄に思います」
 思わず心中で胸を撫で下ろす。一礼し、頭を上げると、マリアージュが円卓に置いた手鏡を眺めている。しかしその瞳の焦点の先は定かではなく、彼女はこちらの視線に気づくと、小さく唇を笑みに歪めてみせた。
「あんた、私を女王みたいに、することはできる?」
 つい先ほどマリアージュが投げかけ、そしてダイが否定した質問と似て非なる問いを彼女は口にする。
 ダイは、そうですね、と頷いた。
「そのように、顔をする……顔を作ることは、できます」
 こちらの回答に満足したのか、マリアージュが顔を上げる。
「ですが」
 ダイは付け加える。
「それは貴女様が、どのような女王として振舞いたいか、わたくしに示してくだされば、の話です」
「……どういうこと?」
 眉間に皺を寄せて、マリアージュが向き直ってくる。ダイは黙考した。そもそも花街と化粧の概念自体が違うようだから、そういったことも含めてわかりやすく解説するためには、どうしたらいいだろうかと。
 例えを用いるにしても、結局は芸妓達のことを持ち出すしかないのだけれど。短い人生の中で、ダイが知ることといえば、あの花街の世界ばかりなのだから。
「私は……芸妓達にずっと化粧をしてきたのですが」
「げいぎたち? あぁ、舞台で踊るひとのことね」
 少々認識のずれたマリアージュの言葉に、ダイは瞬いた。
 そもそも、ヒースはどこまで自分の素性をマリアージュに説明しているのだろう。彼女のこの反応からすると、ダイが花街にいたこと自体を伏せているのかもしれない。
 それはそうだろう。娼婦相手の顔師に、貴族の娘がこのようにあっさりと顔を触らせてくれたこと自体がおかしい。
「……そうです」
 マリアージュの言葉もあながち嘘ではなかったので、ダイは頷いておいた。
「どんな舞を踊りたいか、どんな役を演じて、どんな舞台を作りたいか……そういったことを、教えていただいて、初めて私達化粧師は顔を作ることができます」
 どんな顔になりたいか、という具体的なものは、あまり重視していない。その者本来の骨格が邪魔をすることもあって、要求に応じられないことが多いからだ。
 化粧で要求されるものは、あくまで概念にすぎない。
 信念といっていい。
 当人が自らに望む姿と、現実に見える姿、その差異を埋め、それを通じて新しい姿を引き出していくことが、化粧師の仕事。
「私は、貴女を女王にすることは、できません」
 マリアージュに化粧を施す前に宣言したことを、もう一度繰り返す。
「私にできることはただ一つ、貴女を、貴女が望むように、美しくすること」
 ただ、それだけ。
 それだけだ。
「ですが……」
 一度言葉を区切り、ダイは正面から見据えた。この国の未来を担う女王、その候補者である娘を。
「もしも貴女が女王として振舞うのでしたら、私の化粧は、貴女こそが女王であると認めさせる一手となるでしょう」
 誰の目を通しても、彼女こそが女王であると。
 そんな化粧を施してみせるという。
 ささやかで、そして傲慢な自負。
 何故そのような事を口にしたのか、ダイは自分自身にもわからぬままだった。女王などになれるはずがない。どうにかしてその叫びを、化粧を通して覆したかったからかもしれない。何故それを覆したいと、思ったのかすら――……。
 しかしそれは確かに、化粧師としての矜持をかけた、初めての宣誓だった。
 ダイを見返していた女王候補は、息を吐いて卓の上に視線を落とす。
「まぁ、せいぜいがんばるのね」
 他人事のような言葉に、一瞬反論しかける。だが、再度自分と相対してきた女王候補に、ダイは喉元まで出掛かった言葉をぐっと抑えた。マリアージュはそのまま皮肉げな微笑に口元を歪め、許可を口にする。
 つまり、ダイがこの屋敷に残り、マリアージュに仕えることの、許可を。
「期待しているわ、私の化粧師」
 その言葉に、ひとまずは新しい職探しをせずにすみそうだと安堵しながら、ダイは静かに頭を下げたのだった。


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