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第十章 契約する帰還者 3


 花季の晴れ渡った空。それを臨める窓辺の椅子に座り、空を仰ぐ男の姿がある。
 ダイは後ろ手に扉を閉めた。いや、勝手に閉まったのかもしれない。ぱたん、と、空間の区切られる音がして、初めて男はこちらを振り向いた。
 きれいな男だった。
 身なりはこざっぱりしているが、明らかな品を感じる端正な顔立ちと体躯。金の髪に象牙色の肌。そして、背後の空と同じ、蒼の双眸。
 男がその目を見開いて立ち上がる。
 同時に、ダイは駆け出していた。
「ヒース!」
「ディアっ……!」
 ダイは彼の首に手を回して抱きついた。その身体を受け止めたヒースが、椅子を巻き込んで転倒する。
 胡坐をかいた上にダイをのせて、窓の下の壁に背を預けたヒースが、安堵に深い息を吐いた。
「危ない……頭を打ちませんでしたか?」
「す、すみませ、わたしは大丈夫です……ヒース、ヒース?」
 ダイはヒースの頬に触れた。
 最後に見たときの彼は蝋のように白かった。《加療球》の治療を受けて、いくばくか血色が戻ったかに見えても、それはあくまで差した陽射しの色で、閉ざされた瞼はぴくりとも動かないまま。ファビアンの差配した男たちに運ばれていった姿がヒースを見た最後だった。
 触れた頬はあたたかく、そのダイの手に多い重ねられた彼の手は、なおさら熱い。
「はい」
「生きてる?」
「生きていますよ」
「本当に?」
「えぇ、そのようです」
 ――ダイへの報償と、マリアージュは言った。
(マリアージュ様は)
 自分の願いを、かなえてくれたのだ。
 廊下で相対した主人の静かな眼差しと、そのときに抱いた感慨深さも加わって、堪えきれずに感情の堰が決壊する。
 ダイはぼろぼろ泣いて、自分でもわからないまま、思いついた言葉を並べ立てた。
「ヒース、よかっ、マリア、マリアージュ様が、ヒースを、わたし、ヒースを、助けてって、それで、マリアージュ様が、わかったって、わたしに、ヒースを」
「ディアナ」
 あまやかな声が名を紡ぎ、男の額がこつりとダイのそれに合わさる。
 大きな手のひらがダイの頬を包み込む。
 蒼の双眸が泣きじゃくる娘の顔を映している。彼は微笑み、唇を重ねた。
 彼の手のひらが頬を滑って涙を拭い、髪を梳き下ろして、背を固く抱きしめる。
 いつかのように口づけが深まり、ダイは目を閉じて男の身体を抱き返した。
 深い安堵に身を委ねながら。


「あとでダイたちが来ると思うから」
 ロディマスの執務室に唐突に現れたマリアージュが出し抜けに告げた。
 ロディマスは部屋から副官たちを追い払った。マリアージュに応接の席を勧め、そうか、と、納得に頷く。
「今日って話だったね。わかりました。書類を揃えておきましょう。いつ頃になりそうなんだい?」
「さぁ。あんたの居場所について教えるの忘れたから、ランディを迎えに行かせているわ。そんなに遅くはならないんじゃない?」
「ゆっくりさせてあげないんだね」
「あんたが暇じゃないのが悪いのよ。夕方から外出するんでしょ」
「……僕が忙しいのは誰のせいかなぁ、女王陛下」
「大陸をめちゃくちゃにした馬鹿たち」
「……異論はないね」
 ただ、大陸中がひっくり返ったから、マリアージュは望んだものをすべて手中に収めたのだと言える。
 彼女が多忙さに文句を言いながらも、大騒ぎしないのは、自身の望みの代償だとわかっているからだろう。
 紅茶を淹れた女官をロディマスは文官に続いて追い出す。これから話す内容は人に聞かれたくないからだ。
 鍵を閉めて《消音》の魔術の起動を確かめ、マリアージュの対面に戻る。彼女は紅茶を啜って、苦労したわ、と、案外にそうでもない響きで呟いた。


 ペルフィリア王城で開いた、大陸会議の一日目。
「――女王陛下の皆さまと、宰相の皆さまのみ、お残りいただいてもよろしいでしょうか?」
 今後の大筋について決定し、聖女教会への根回しや、ペルフィリア東部への使者と兵の選抜。明日からはペルフィリア貴族も会議に入れてと、あらかたを論じ終えた最後にマリアージュは執政者たちへ声を掛けた。
 請われた側は揃って怪訝な顔をしたが、護衛や文官、宰相以外の《国章持ち》へ、会議室から退室するように命じた。
 扉に近い宰相たちが施錠して着席し、ドンファンの女王が皆を代表して口を開く。
「……お話の内容を、お伺いいたしましょうか。マリアージュ様」
「わたくしどもが一国で東部を除くペルフィリアすべての地域を預かる対価として、もうひとつ、いただきたいものがあるのです」
「……先ほど、討議したもの以外に?」
 マリアージュが大陸会議を通じて手に入れたいものは大別して三つある。
 ひとつめ。急がないが、それでも確実に、王位継承条件を変更するための道筋をつけ、女王たちからその合意をもらうこと。
 ふたつめ。ペルフィリアに政治介入する権利。
 そして。
「ディトラウト・イェルニ宰相の、身柄を」
 マリアージュは平静さを装って要請した。
 もっとも手に入れたいと望むものが、この男の存在であると――そのためにペルフィリアまで背負うことにしたのだと、悟られてはならなかった。
 あくまで「ついでに」、男が欲しいのだと思われなくては。
 マリアージュの発言に一同が息を呑む。
 サイアリーズが面白がる風に笑って指摘する。
「あなたは今日イェルニ宰相を殺すとおっしゃったばかりではありませんか。遺体が欲しいという意味ですか?」
「いいえ。正確には、ディトラウト・イェルニだった男の命です」
「おっしゃっていることが反対ではありませんか!」
「結局のところどうなさりたいのです?」
「平たく言うと、イェルニ宰相を死んだことにして、実際には殺すわけではない。名を変えて生かし、デルリゲイリアで預かりたい。そういう、ことですかな?」
「アルトゼ宰相のおっしゃる通りです」
 ドッペルガムの宰相にマリアージュは深く頷いて続ける。
「わたくしは少しでも、ペルフィリアの情報が欲しい」
 それにもっとも知悉する存在は、ディトラウト・イェルニ。ペルフィリア宰相その人である。
「宰相に、ペルフィリア貴族への交渉を任せるつもりですか?」
「まさか。そのようなことをしたら、イェルニ宰相が生きていると喧伝するようなものではありませんか」
 とんでもない、と、マリアージュはファーリルの女王に応えた。ロディマスを一瞥し、説明を任せる。
「……イェルニ宰相には別の名、経歴を準備し、別人となられる。その上で、ペルフィリア復興に従事していただきたいと。当人が希望すれば、ですが」
「ただし、今日も申し上げた通り、イェルニ宰相が生きているとわかれば、様々な問題が立ち上がるでしょう。数年はデルリゲイリアの王城で過ごし、ペルフィリア人との接触はいっさい絶っていただきますし、ペルフィリア側にその生存は伝えません」
「イェルニ宰相の救済措置ですか。……その存在の危うさを考えるなら、我々のような遠方でその身を預かったほうが、安全なのではないかと存じますが……」
「ベルンメク宰相」
 ディトラウト・イェルニの価値にいまさら気づいたらしい、ドンファンの宰相へマリアージュは一笑する。 
「わたくしの国が隣国とはいえペルフィリアと、そう親しい間柄ではなかったと、皆さまもご存じでいらしたでしょう。地理的な負担は軽くとも、ペルフィリア貴族が協力してくださるは定かでありません。遠方の方のほうがむしろ、歴史的な確執がない分、胸襟を開いてくださるかもしれませんね」
 東部を担う遠方の国々より、デルリゲイリアの方が厳しい状況なのだと、横取りしてくれるなと暗に警告した。
「ですので、イェルニ宰相のお知恵を拝借したく。……それとも、やはり皆さま、わたくしどもにもっとご協力くださいますか? 関税などではなく、直接的な――……」
「イェルニ宰相にはデルリゲイリア王城で過ごしていただくとのことですが」
 追加の経済支援を求められてはたまらないと考えたのか。ゼクストの女王が慌てたように口を開く。
「それは主神に誓って、尊重されたものでお間違いございませんか?」
「無論です。そのお知恵だけが欲しいのなら、名も経歴も、準備する必要はないではありませんか。とはいえ、ペルフィリアの人々がイェルニ宰相の顔をそれなりに忘れるに必要な当面は、決まった範囲から出ないほうが無難かと存じますが」
 デルリゲイリアの官吏は王城住まいを義務付けられるため、王城の区域から出ないものも大半だ。最初は人目のつかない奥住まいになるだろうが、それでも普通の生活は準備するつもりである。
「その確認に皆さまから信頼できる官吏の方を常駐させてもかまいません。その方がわたくしどもとしても、より皆さまとの協力体制を取りやすくなりますでしょうし」
 デルリゲイリアも東部に官吏を送る予定となっているが、実際の政治には関わらない。他の国に比べて連携が劣ることは必定だ。だから連絡員をデルリゲイリアに置いてくれるなら、それに越したことはない。
 ただし、官吏を常駐させる場合、その費用は母国もちとなるし、ディトラウト・イェルニが生きている、と承知し、かつ秘密を厳守できるものでなければならない。
 それほど信頼がおけて他国に送り込めるような人材を多く抱えているかと問われれば、おそらくどの国も否だろう。
(かといって宰相を他国に突っ込んでくるのも、頭おかしいと思うけど)
「……わたくしどもは、マリアージュ女王のご意見に賛同できません」
 ファーリルの女王が苦しげに述べた。
「わたくしたちは、イェルニ宰相を葬ると決めたではありませんか。彼の生存が万が一あきらかになれば、教会と交渉したすべてが覆されかねません」
「わたくしも……リュミエラ様に賛成です」
 ゼクストの女王がため息を吐いて言った。
「さらにデルリゲイリアに置くとなれば、ペルフィリアの者との連絡が容易になります。イェルニ宰相がデルリゲイリアがペルフィリアを預かる状況に憤る可能性も、ございましょう? 仲があまり、よろしくないのなら、なおさら」
 マリアージュが言及した、国の関係性をちらつかせて、ゼクストの女王は続ける。
「危険度が跳ねあがってしまう。その……イェルニ宰相の御命を軽く思うわけではないのですが」
「イェルニ宰相にはわたくしがもっとも信を置く者を管理人に付けます」
 マリアージュの発言に、衆目がロディマスまで集まる。彼は女王たちににこりと微笑み返した。さも自分がその「管理人」となる予定であるかのように。
 その後、ディトラウト・イェルニを生かすか否か。生かすとしてもデルリゲイリアに置くことが適当かどうか、執政者たちの議論が続いた。
 マリアージュは平然を装うことに苦労した。卓の下に隠した拳は、その場に置かれた筆記具を投げつけたくて疼いていた。
(あー、さっさと承認しなさいよ!)
 マリアージュの気配を気取って、隣のロディマスははらはらしていただろう。
 自分たちの最大の目的が毛艶のよいクソ狸だと悟られてはならない。だからこそ、躍起になるような発言は避けたほうがよく、マリアージュは黙って執政者たちの議論を眺めるしかなかった。
 彼らは惜しくなったのだ。
 国の安寧のためなら、人ひとりの命ぐらい、当人の意思も関係なく、斬り捨てて然るべき、と、決しながら、その有用性を改めて指摘されて、欲しくなってしまった。
 一方で彼らは恐れてもいた。大陸の未来のため、王位継承条件の変更を聖女教会に迫るべく、恩を売る。それは彼らの信仰心に悖るものだったはずだ。その恐怖を自国の生存をかけ、同じ信仰を持つ女王たちが仲間として在ることで、どうにか抑え込んでいる。
 ディトラウト・イェルニの生存は、いつか彼らの罪――教会を謀ったという事実を明らかにするかもしれない。
 だから、抹消してしまいたい。それは権力を維持し続けなければならない者たちとして、当然の防御反応だ。
「朕は、マリアージュ女王の要望を承認する」
 その討議に終止符を打った女王はアクセリナだった。
 サイアリーズが慌てて彼女をたしなめる。
「陛下、そのように簡単に」
「サイア、朕に話させろ。皆々さまも朕の話を、どうか聞いてほしい」
 アクセリナは執政者の中でも最年少。若干八歳の女王である。会議中も基本はサイアリーズが発言し、彼女は滅多に口を開かない。マリアージュがディトラウトを殺したいと告げたとき、非難の声を上げた程度である。
 アクセリナは理解している。自分がいかに幼く、議論に参加するに適していないか。だから身を慎んで口を閉ざしている。
 それを執政者たちもわかっているからこそ、あえて発言したアクセリナに真剣な面持ちで傾聴した。
「朕は人を救うために、ペルフィリアへやってきた。朕は誰にも死んでほしくない。それが、つみびと、と、呼ばれるものであっても。……どうせ罪などというものは、誰かから見た考えであって、別の人から見れば救いなんていうことはたくさんある、と、朕は思う。だから、どんな理由があっても、殺してよい、などということはない」
 と、アクセリナは述べた。
「そして生きている、ということは、ただ息をしている、ということではない。自分で起き上がって、好きな服を選んで、好きなことも嫌なことも学び、誰かに仕事を任され、任して、話して、笑って、そういうことができるのが、生きている、ということである、と、朕は考えるのだ」
 アクセリナの母親は彼女を生んでから微睡みの中にいる。
 肉体的に死んではいないが、心は永遠の眠りのさなか。アクセリナは眠り続ける母親が、いつか起き上がって娘を抱きしめる日を夢見ていた。
 それをマリアージュは知っていた。
「皆の話をそれぞれ聞いた。朕は、マリアージュ女王が、一番、イェルニ宰相を「生かそう」としていると思う。……セレネスティ女王は最後まで、ペルフィリアの民のことを思っていた。その声を、朕は船の中で聞いた。ならその兄であられる、イェルニ宰相もきっとそうであろう。……とても早い船で来ても、ゼムナムからはこんなにも遠いのだ。遠いと、助けることが、難しくなる。まだ、目を覚まされていないところで、イェルニ宰相をどうするか決めるのなら、ペルフィリアから離してはだめだ」
 アクセリナがマリアージュを真っ直ぐ見る。
 成長したな、と、おかしな感慨をマリアージュは抱いた。初めて出会ったときのアクセリナはまだたった六歳で、言葉もところどころ拙かったし、他人の意見に寄る処があった。
 それがいまは幼いながら、状況を見て、女王として発言している。
「マリアージュ女王。陛下は、イェルニ宰相を、きちんと、「生かす」のだな?」
「もちろんです」
 マリアージュは微笑んで首肯した。
「ロディマスにも話させましたが、イェルニ宰相にはペルフィリアの復興に従事していただく。ですがその前に希望は伺うつもりです。ある程度の協力はしていただきますが、決して、軽んじない。王城に留めるのも、管理人も、イェルニ宰相を守るため。主神に誓って」
 うむ、と、頷くアクセリナの横でサイアリーズが念押しする。
「――本当にそれだけで、危険を退けられるとお考えですか?」
「サイアリーズ・カレスティア」
 厳然とした声でアクセリナが自身の宰相を呼ぶ。
 サイアリーズが表情を改めて幼き女王に応じた。
「はい、陛下」
「何度でも言う。朕らはペルフィリアを救いに来たのだ。人を殺して危険を遠ざけるのは救うとは言わぬ。朕はマリアージュ女王のお考えを承認すると言った。それが危険なら、取り除く方法を考えよ。その国章に誓って、朕が決めたことを叶えるのだ。……返事は、宰相?」
 サイアリーズは息を呑んでアクセリナを見返し、了承の徴に深く項垂れた。
「謹んで、承りましょう、我が君」
 アクセリナが治めるゼムナムは自分たちの中でもっとも大国だ。
 彼女の言葉が決定打となり、ディトラウト・イェルニは、密かにデルリゲイリアへ移送されることになった。
 当人の意思の確認もないまま。
 ドンファンの女王がマリアージュに問う。
「もし、イェルニ宰相が協力に応じなかったら、マリアージュ様はどうなさるおつもりですか?」
「どうにもいたしません。……それにイェルニ宰相は応じるでしょう。ペルフィリアの民のためなら」
 マリアージュは答えながら、指摘された可能性について考える。
 それが、まったく、ないわけではない。
 なぜなら。


「お前、何やってんだ!」
「ダイさまっ、大丈夫ですか!?」
「ふえっ!?」
 勢いよく扉が開くと同時に、ランディとブレンダが部屋へ飛び込んでくる。
 半ばヒースに押し倒されていたダイは、急いで上半身を起こし、彼の肩ごしに護衛たちを見た。
 怒っている。それはもう滅茶苦茶おこっている。
 ランディが強引にヒースの身体を引きはがし、ブレンダがダイを立ち上がらせる。
 その場に胡坐をかくヒースの胸倉をランディが激昂して掴み上げた。
「おまえ、ダイに何を!」
「わーっ、ランディおちついてください! ブレンダも!」
「落ち着いていられますか!? 主人が襲われかけてたんですよ!? 外で待つんじゃなかった!」
「わたしは大丈夫ですからっ! っていうか、ランディは何でここに!?」
「陛下に言われたんだよ! 閣下のとこへ連れていくように! ダイと一緒にいるやつもっておっしゃってたけど、こいつを連れて行くのか!?」
「きっとそうですね!? と、とにかく、ふたりとも外に出てくださいますか!?」
『ダイ!』
「いいから! 外で頭を冷やしてください!」
 ぐいぐいとふたりを部屋の外に押し返し、乱暴に扉を閉じる。
 ダイは鍵を掛け、深く息を吐いた。ランディたちがばんばん扉板を叩いているが、壊れないことを祈ろう。
 ダイはヒースの下に歩み寄った。
「す、すみません。驚きましたよね。ふたりとも、わたしの護衛で」
「あぁ……いえ。大丈夫ですよ。当然の反応でしょう」
 賑やかな護衛たちにヒースは目を丸くしていたが、穏やかに笑ってダイの謝罪を受け入れた。
「仲がいい」
「と、いうか、わたしがその、異性との接触が駄目になってから過保護で……ヒース?」
 ヒースがダイの腕を引いて膝の上に座らせる。
 彼はダイの肩口に瞼を押し付けると、静かな声音で尋ねた。
「あなたは、だれも失いませんでしたか?」
 冷や水を。
 浴びた気分だった。
 震えた声でダイは答えた。
「はい。……皆、無事でした」
 デルリゲイリア側は。
 ダイの親しい人は、だれも。
 ダイの答えに安堵した様子で、掠れた声でヒースが呟く。
「……よかった」
 そして目をダイの首筋に擦りつける。
 触れ合う肌が熱く、濡れていく。
 ダイは指先をヒースの髪に差し入れた。
 静かに泣く男の頭を抱えて慄然とする。
 彼が生きていた歓びに圧倒されて失念していた。
 ヒースはすべて失って、ここにいるのだった。


 ――生き延びさせたのは、ダイの独善だ。
 それにこの男は納得して、はたして自分の下に、留まってくれるのだろうか。


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