第十章 契約する帰還者 4
ダイはヒースと共にロディマスから、ペルフィリアで起きたことの顛末と、ディトラウト・イェルニだった男への提案を聞いた。
デルリゲイリアでペルフィリアの復興に携わりながら生きる。ただし原則、故国の者と接触はできない。特にゼノたちのような、ディトラウトのことをよく知っている者たちとは。
――考えさせてほしいと、ヒースは宰相に答えた。
ヒースが目を覚ましたとき、暴徒たちによるペルフィリア王城の襲撃から、半月が経過していたという。
そのときにはすでにデルリゲイリアへと移送されていたらしいが、周囲からの説明はほぼなく、あの客室に監禁状態。外の景色も中庭しか見えないため、場所の判別もできず、小スカナジアあたりに移されたものと、ヒースは思っていたらしい。
ようやっとダイと再会しても、ヘルムート・サガンが《まぼろばの地》へと旅立ち、セレネスティ――本物のディトラウトとその影たる梟が、血痕を残して生死不明と聞かされた状態で、すぐさまデルリゲイリアでペルフィリアのために働かないかと言われても、はいよろしくといえるはずがない。
ダイはヒースの生還をよろこびたかった。けれどもあからさまに喜びを示すことはできなかった。
ヒースが失ったものたちは、ダイとも半年ほどとはいえ、近しく付き合いがあった。
ヘルムート・サガンは軍人とは思えないほど、小柄な体躯をした洒落物の好々爺だった。ペルフィリアにいたころ、セレネスティの衣装や装飾について、ダイは彼とよく話をした。おじょうちゃん、と、彼はダイを呼んで、孫のようにかわいがってくれた。
行方不明のディトラウトと梟。ダイは前者に女官として仕えた。化粧をし、衣装を着付け、彼と共に体調不良と戦った。梟とは互いが交代要員だったので、会話は少なかったが、さりげなくダイを気遣ったり、守ったりということをするひとだった。
彼らのことを思うと、ダイですら胸が塞ぐ。
ましてやヒースはすでに家族を、師を殺されていて、今回さらに親しいものを失ったのだ。
ロディマスがヒースに提示した条件を呑めば、生き延びられても、親友だったゼノや、ヒースを主人として仰いでいた近衛たち、従者たち、誰とも会えない。
ユマを、思い出す。
彼女を失ったとき。他でもない自分が彼女を死に追いやったのだという事実を差し引いても、その喪失はダイを自暴自棄にさせるに充分だった。
ヒースは毎日、空を見てぼんやりとしていた。それはおそらく、彼にしてみれば久しぶりの、無為に過ごす時間だった。
今後が決まらないかぎり、彼は監禁されている部屋から出られない。ダイは隙を見て彼に会いに行き、許される最大限の時間を、その隣で過ごした。書類仕事を片付けたり、本を読んだり、化粧道具の整理をしたりして。
話は彼から振られないかぎり特にしない。どのような話題も空々しく感じるだろうし、会話して、決定的な何かを切り出されてしまうことが怖かった。
一度だけ、尋ねた。傍にいて大丈夫かと。
彼は静かに頷いて、ダイの手を、強く、握ったので。
そうして、穏やかとも言える日がひと月ほど続いた。
その日は小雨が降っていた。花季には珍しい天候だ。細い糸のような雨が朝から外を濡らしていて、出席予定の園遊会が延期になり、少し早めに仕事を終えてヒースの部屋を訪ねた。
彼はダイを招き入れると、寝台の上に隣り合って座らせ、静かな声音で告げた。
「――故郷に戻れるそうです」
硬直したダイの手をすかさず握って、ヒースが続ける。
「一日だけ。アルヴィナが、連れていってくれる、とのことで。あなたの女王と宰相にも許可も取りました」
「……こ、故郷って……」
「山のふもとの」
「ヒースの野?」
「そうです」
覚えていましたか、と、ヒースは微笑んだ。
忘れるはずがない。故郷の話は初めて彼が話してくれた彼自身のことだった。彼の名が故郷に群生する花の名から取られたこともそのときに聞いた。
彼は故郷に帰って何をするのか。
繋がれている手に汗がにじんでいく。
それを悟られたくなくて、手を引こうとしたダイに、ヒースが尋ねる。
「ディアナ、付いてきてくれますか?」
「……ついていって、いいんですか?」
「わたしが尋ねているんですが」
「も、もちろんです! 行きます、一緒に!」
ダイは息巻いて答えた。よかった、と、ヒースが呟く。
「なら、明日、話を通しておきます。日程などはおそらく、あなたの方に伝えられるのではないかと思いますが」
「わかりました……ヒース」
「何ですか?」
「……ぎゅっとしていい?」
彼はきょとんと目を丸めると、やさしく微笑んで、ダイをそっと引き寄せた。
ダイは彼の背に回して、その心音に耳を澄ませた。
雨音が遠くなる。
正直なところ、雨は苦手なのだ。
――別れを切り出されそうで、こわい。
ヒースと彼の故郷について話した次の安息日、ダイたちは朝一で身支度を整えた。街歩き用の軽装に、携帯食と水などの小回り品。そして多少の金銭という身軽さである。ヒースの部屋に集合し、しゅっぱつー、と、元気よく号令をかけて、アルヴィナはダイたちをさくさく転移で自分たちをヒースの故郷へと運んだ。
到着した場所は商工協会事務所の手水場らしきところで人目はなかった。仕事の遣り取りを行う人々に紛れて外に出て、広がる町並みと近くにそびえる山々、羊が草を食むなだらかな丘の風景に、ヒースが呆然とする。
デルリゲイリア王城からペルフィリア国境近くの町まで、間違いなく一瞬で移動したのだとわかったからだ。
「非常識が過ぎる!」
「いや、ほんとそうですよね……」
ダイはヒースに同意した。
彼女の扱う魔術の八割ぐらいは廃れて久しいものばかりらしい。残り二割で王宮魔術師を務めているようだが、彼女の事情を知るダイたちの前では遠慮がなくなってきたので、それに慣れてしまうと感覚が狂って困る。
「じゃ、わたしは夕方にはこの辺りにいるから。少なくとも、町にはいるし」
何かあったら呼んでね、と、アルヴィナはダイに招力石を渡した。連絡用の招力石である。
彼女はゆるい三つ編みを揺らし、ふんふんと鼻歌を歌って、町の雑踏の中へ消えていった。
その方向を凝視してヒースが呻く。
「……わたしは半月ほどかけてくるのかと思っていました。滞在が一日、という意味で」
「あ、もしかして、だからわたしにわざわざ許可を取ったんですか?」
「そうですね。……あなたには仕事もあるでしょう。体調から旅は厳禁なのだと、あなたの護衛から聞いたこともありますし。それでも、付いてきてほしかったので」
ふたりきりでいいのか。監視は、などと、ヒースは疑わしそうに呟いている。
「いいんですよ! わたしが、監視みたいな、ものですし」
一応、現在もヒースの身はダイの預かりになっている。彼をデルリゲイリアに移すと女王たちで決めたとき、マリアージュが信頼する人間を管理人に付ける、と約束し、それをダイに指定したかたちだ。
と、事実だけを述べると色気も何もない。
ダイはヒースの手を握って主張した。
「わ、わたしはうれしいです。本当のふたりだけは、ひさしぶりですからね!」
正確にはペルフィリアをふたりで旅したときしかない。
ミズウィーリはあくまで職場でふたりだけで話すことはあっても、誰かが急に入ってくること前提だった。互いの自室を訪れたことも皆無に等しかった。
デルリゲイリア王城では護衛の目がある。ダイはヒースとふたりだけで過ごすときも、護衛は部屋の外で耳を澄ませている。しかも彼らは定期的にダイたちの様子を覗く。ダイの安全に注意しているといえばそれまでだし、仕方がないと納得しているが、気が休まらない。うかつなことも話せない。
ヒースはダイに触れてくることも少ないのだ。
ダイの護衛たちに遠慮してのことなのかもしれない。そうではないのかもしれない。
だからいつも不安で、付いてきてほしかったのだと言ってくれて、うれしかった。
ヒースがダイの手を解き、改めて彼から指を絡ませる。
空いたもう片方の手でダイの肩を引き寄せ、頭のてっぺんに口づけた。
「ふわっ!」
「そうですね。……せっかくのふたりきりです。楽しまなければ損だ」
彼は笑って、行きましょう、と、言った。
しかし、どこに行くとも、何をしたいのだとも、言わなかった。
ヒースの故郷の町は想像より狭かった。
「アデレイド様が治めておられたころは、もっと栄えて、広かった」
ヒースいわく、内乱で大勢の人を疎開させた。残った人々は街の外縁から施設の揃っている中心部に移動し、人の暮らさなくなった建物は朽ちて、街は町になった。
女王の故郷だ。本当ならもっと栄えていて然るべきだが、ヒースたちは直轄領とせず、わざと隣の領地に併合した。人の出入りが少なくなるように。イェルニ兄妹の過去がむやみに掘り返され、ヒースという異母兄の存在が、露呈しないように。
「……皆は、薄々、わかっていたのかもしれません」
ペルフィリア唯一の女王が、宰相として立つ男が、いったい誰なのか。
さびれていく町に民人は文句を言わなかった。余所者には厳しいと聞いた。食糧や薪などの予算は、他領と比べれば潤沢に回したが、彼らは自身の生活を慎ましく守り続けたらしい。
町は小さくも、荒れてはいなかった。
石造りの二階建てが連結して並ぶ。露天商も立ち、駄馬を引く男たち、噴水の傍で洗濯をする女たちの姿も見える。宿は見たところ一軒。食堂の席で老人と片足が棒きれになった男が、複数枚の札を睨んでいた。足下には幼い子どもがいる。遊びがてら、子守をしているのだ。
本や、服や、番遊戯といった娯楽品も石造りの商店の中にあって、かつて辺境領の中心として栄えていた名残がある。
穏やかな町だ。
その一方で、物々しさはぬぐえない。そもそも最近までクラン・ハイヴと戦争していたのだから当然か。そこここに武器を携帯した地元の兵が立っている。明らかに外から来たとわかるダイたちを見る目も厳しい。若い男女のふたり連れで、手をつないで歩いているから、放置されている、という感じだった。
ダイたちは町を抜けた。道はなだらかな登りである。両端に、朽ちた家や倉庫がぽつぽつ姿を見せる。
「わたしの家は、あのあたりにありました」
ヒースが橋の傍にあった水車小屋の彼方を指さした。
灌木と草に埋もれて、石屋根が点在している。
「行くことは、できないでしょうね」
道は草に埋もれている。この辺りは草に隠れて小川があるので、道もはっきりしない状態で進むことは危険だという。
橋を渡って丘を登る。緑に埋もれて焼け落ちた屋敷の跡があった。
ヒースはいまだ天に向けて佇立する、古い煙突の下へ真っ直ぐ向かった。
彼は迷わず暖炉の前に膝を突いた。
崩れた暖炉の穴を掘り起こし、周囲の草むらを探り始める。
「何か……あるんですか?」
「いえ……」
ヒースが立ち上がる。
土を軽く払って、ヒースは笑った。
「ありません。何も」
(……あるべきだったんだ)
もしも、彼の主人が、生存しているなら。
生き別れとなったとき、ここに互いの手がかりを残す手はずだったのだ。
ヒースが苦笑して繰り返す。
「……ありませんでした」
「……あの、ヒース」
「おい、そこのふたり!」
聞き覚えのない男の声がして、ダイたちは町の方を振り返った。
いつの間にか町人と思しき男が、すぐ近くまで歩み寄っていた。
年はヒースと同じ年ごろだ。彼らは互いを見て身を竦ませた。
「おまえ……ヒース」
「アロン」
アロンと呼ばれた男は帽子を被った町人だった。単なる町人というより、顔役という方がしっくりくる、しっかりした身なりをしている。彼はヒースの下へ駆けよってくると、その腕をばんばんと叩いた。
彼はくしゃくしゃに泣いていた。
「よかった……よかった……生きてる、とは、聞いてたけどよ。帰ってこれるなら、もっと早く帰ってこいよ!」
「すみません……色々と事情が。というか、なぜわたしが生きていると知って?」
「あぁ? ダダンって知ってるか? そいつが」
「ダダンが?」
思わず声を上げたダイをアロンが見る。
そして次にヒースの顔を見た。
「あー、もしかして、君がダダンの奴が言ってた、ヒースとねんごろになった妹」
「えぇっと……多分、そうです」
だいたい合ってる。という意味で、ダイは答えた。
「再会できたんだな! ……似てねぇな」
「母親が、違うので」
ついでにダダンとは父親も違うが、ややこしくなるので黙って置く。
ヒースが何の話だ、と、眉をひそめている。
あとで話します、と、ダイは小声で彼に囁いた。ダイがペルフィリアにいたころ、ダダンがマリアージュの命令でヒースの過去を探りにここに来たことがある。それをすっかり失念していた。
手の甲で目周りを拭い、アロンが深く息を吐く。
「あぁ、今日は祝いだな。……長居はできるのか?」
「いえ。夕方には発たないと」
「そうなのか? 残念だが……にしてもよかった。お前も無事で。ボニーなんてきっと大騒ぎして」
「ちょっと待ってください」
ヒースが鋭い声音でアロンの言葉を遮った。
「わたし、も、とは?」
ダイもヒースの示唆するところに気づいた。
イェルニの領館に勤めていたものは死んだ。ヒースとディトラウトを除いて、ひとり残らずだ。
アロンが困惑した顔で口を開く。
ヒースは少し黙考し、馬を貸して欲しい、と、彼に言った。
ヒースはダイを連れて町を出た。
山沿いに北に登り、途中、いくつかの沢を数えた。農家の家をひとつふたつ数え、今度は西に。山の方に向けて馬を走る。途中、昼食に休憩を取る。
丘は緑と黄と紫で彩られていた。ヒースの花が風に海原のようにさざめいていた。
その中で唐突にこんもりと緑が現れる。
林檎の木が、数本、無造作に生えている。
その手前の一本に馬の手綱を括りつけて、ヒースはダイの手を引いて奥へ行った。
花束が置かれていた。
林檎の花びらが、はらはら降る下に、野草を束ねたちいさな花束が。
「ここに、セレネスティ様がいます」
ヒースが跪いて花束に触れた。
花束は少し、萎れかかっている。けれども一部は瑞々しい。
今日、供えられたものではない。でも、二、三日前には、だれかがここを訪ねて花を供えた。
本物の、セレネスティ・イェルニの、墓に。
墓とは見えない、単なる林檎の木の下に。
「この場所を知っている者は、わたしと、クラウスと、ディン様だけです。梟ですら、知りません」
その言葉の意味するところを悟ってダイは息を呑んだ。
ヒースが立ち上がり、黙って、風に揺れる花束を見下ろす。
「……ヒースは、ディン様を、探しに行きたいですか?」
ディトラウト・イェルニは、ヒースの王で、主人で、弟だ。
信仰に共に弓曳いた共犯者でもある。唯一無二の、半身に等しい。
生きている可能性があるなら、探したいはずだ。ダイもペルフィリアにいたころ、行方知らずとなったマリアージュを探したかった。
「その方が、あなたは、幸せになれる?」
ダイの問いかけにヒースは何も言わない。
その無言が、肯定だと、ダイは思った。
ダイは微笑んだ。
「それが、本当に、あなたのしたいことなら――……」
「ディアナ」
「わたしは」
ヒースはいつも、ダイの幸福を尊重してくれた。
雷雨の夜、彼に置き去りにされたのは、ダイがマリアージュを選んだからだ。ペルフィリアでも、デルリゲイリアに帰りたいと望んだダイの希望を叶えてくれた。
傍に留まることばかりが愛ではない。彼の幸せと自由を望むのなら、この手を離すべきだと思った。デルリゲイリアでの生活はきっと窮屈だ。彼には色んな制約が課される。強制的に。
だから彼がこれまで、してくれたように。
自分は。
ダイは首を横に振った。
「だめ、むりです。やっぱり、だめ」
ダイはヒースの手を掴んで俯いた。震える声で訴える。
「行かないでヒース。行かないで。わたしと生きてください。わたしがあなたの家族になるから。わたしがあなたの家族をつくるから。お願い」
ヒースが自分を愛していなかったとは思わない。
愛していてなお、それでも、彼は自分の手を二度、離した。
あぁ、どうして彼はそのようなことができたのだろう。
どのような気持ちで過去、いつかは離さなければならないと知っていてそれでも、救いの手を伸べてくれていたのだろう。
自分にはできない。彼が不幸になるかもしれないと思っても、この手を離してあげられない。
マリアージュを選んだのは自分なのに。
なんと自分勝手なことだろう。
「いかないで、ヒース……」
「大丈夫」
ヒースがやさしくダイの頬を拭う。彼はダイの顔を両手で包んで囁いた。
「知っていますか。わたしはあなたに泣かれると弱いんですよ。この先、あなたが泣いていないかどうか、気を揉んで過ごすのはご免です」
「……本当に、どこにもいかない?」
「えぇ。最初から、そのつもりでした」
ダイは鼻を啜って瞬いた。少しむっとして彼を非難する。
「なら、もっと早く言ってください!」
「不安そうにするあなたの顔がかわいくて……っつ!」
ダイは怒りに任せて拳をヒースの腹に打ち込んだ。身構えてなかったらしい。腹を抱えて膝を突く彼を置き去りに、ダイは馬の方へ足を踏み鳴らして歩いていく。
「ヒースのばーかばーかばーか!」
「つぅ……待ちなさい!」
「知りません!」
「まったく……」
「そう言いたいのはこっちです!」
追いついてきたヒースがダイの身体を背後から抱きすくめる。頭に口づけられて、それで怒りがふしゅると抜けてしまうのだから、いただけない。
せめてもの抗議として口を尖らせる。
ヒースはくすくすと笑った。
「愛していますよ、ディアナ」
頭上から、あまやかな声が降ってきた。
「あなたもお察しの通り、ディン様が生きているのなら、あの暖炉に何かが残されているはずでした。わたしはせめてそれだけでも確認したかった。ただ、そこには何もなく、セレ様の墓に、花だけがあった。それで、充分です」
「……どうして?」
「わたしたちは小さな箱庭とも呼べる領地で、依存しあって生きてきました。ディン様はわたしの生きる意味だった。ですがそれがあの方を、一方で追い詰めたとも思うのです」
ディトラウトは領主になりたくなかったのだ、と、ヒースは告白した。
「あの方は、学者になりたかったんです。本を好んで、そこに載っている、見知らぬ場所を訪ねて。そういうことをしたがっていた。けれど、あの方は、領主の責務を投げなかった。セレネスティ様と――わたしのためです」
領主アデレイドの夫が、かつての恋人と作った子ども。次期領主と似すぎた美貌を持つヒースは持て余されていた。少なくとも、子どもだったヒース自身はそう思い、その異母弟だったディトラウトも同様だった。
ディトラウトはヒースに居場所を用意するために領主になろうとした。彼にとって異母兄は背負うべき民の代表者だった。その男をひとり置いて、ディトラウトは逃げられなかったのだ。
「あの方はわたしから自由になった。死者の願いをその肩から降ろし、何者でもないものになれた。わたしがあの方の生存を信じて探せば、せっかくあなたの女王が方々に付けた話も危うくなる。何よりあなたを放り出しては、それこそ怒られますよ。皆にね」
ディトラウトは最後に告げた。おまえたちの未来を祝福する。それは、ディアナとヒースに向けたはなむけの言葉だった。
「わたしもようやく、あなたを愛する自由を得た」
「……ヒース」
「たださすがに、ディン様たちについて心の整理をすぐには付けられませんでした。上手く、言葉にもできなかった。あやふやな言葉では、きっとあなたを余計に不安にさせたでしょう。何も言わずにいて、すみませんでした」
ヒースが静かに尋ねる。
「……わたしと一緒に、いきてくれますか?」
黙って腕の中から抜け出し、ダイは正面から男を抱き返した。
「愛していますよ、ヒース。ディアナ・セトラは、あなたのものです」
「……あぁ、ようやく、わたしのものになりましたね」
ディアナはふくれっ面で、男の首に腕を回した。
「それはわたしの科白です」
「そうでしょうか?」
彼は笑って口づけに腰を屈める。
「あなたに一緒に生きてくれないかと問うのは、これで三度目なんですよ」