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髪、はんぱな神


「大きくなれねーのか?」
「なーれーまーせーんー」
「けち」
「だーかーらー三人分の髪の毛があれば大きくなれるよ。三分」
 黒マリモはにゅっと手を出し、髪を寄越せと宣うた。
「さもなくば呪われん!」
「いやそれ脅迫だろ! つかまだかーさんたちつるっぱげなんだぞ! もう呪われてるぞ!」
「体毛ないと美肌に見えるよ」
「町で剛毛相談室してこい!」
「ぶー」
「すねるな!」
「髪ちょうだーぃ」
「てか最初は俺がおおきくなれってねだってたのになんか逆転してるよな! おかしいな!」
 黒マリモは机の上をころころ転がりながらケタケタ笑った。いややめてくれ。正体不明の黒い毛玉が笑い声上げながら机の上を縦横無尽に転がるってすげーホラーだから。マジやめれ。
 そもそもなんで俺が黒マリモ(自称、神。正体、幽霊)とこんな押し問答を続けてるかというとだな。先日、北斗神拳習得してそうな兄さんからやぁ僕のスイートハニーがお世話になったねって挨拶を受けてるところに、黒マがこちらこそ俺がお世話になりましたとかなんとか言いに現れたわけだ。もっと短く説明するとおんにゃのこに俺は振られ……うぉおおおおおこれ以上はいえない男の沽券にかかわるからな!
 とにかく、そんときの等身大黒マが俺の好みの女の子の顔(うん顔はもとからかわいいと思ってた。顔はな!)だったもんで、もう一回間近で拝めないもんかと黒マに相談していたわけである。まる。
「てかなんで三人分の髪が必要なんだよ。ふつうさー幽霊って伸縮自在なんじゃねぇの?」
「伸縮自在ってゴムみたいないいかたやめてよー」
 ぴたっと止まった黒マは、足をにゅっと出して机の端に腰掛けた。足と同じく毛玉から覗いた顔はぶすくれている。
「それは力の強い幽霊だけだよ。普通は大体サイズ固定されてるの」
「そうだな。普通は等身大だよな。なのになんでお前はそんなちんちくりんなんだ?」
「ちんちくりんじゃないもん!」
「じゃぁタマタマ」
「下品な呼び方はやめてよ!」
 黒マが頬を全力で膨らませるところはあれだ。リスとかハムスターに似てるよな。ついその頬をぷすっと指でつきやぶりたくなっちゃうんだぞ。
 ぐりぐりと俺は黒マの頬を指で押した。黒マはぷるぷると顔を横に振って俺の指を跳ね飛ばし、机を蹴ってぽーんと宙に浮く。天井にかなり近い。手がとどかん。ちっ。逃げられたか。
「すねるな黒マ。俺は純粋になんでだって訊いてるんだ」
「訊いてどうすんのよぅー。もう大きくならないもん。ならないもん」
「いやだって、理由がわかったら髪の毛貢がなくてもおっきくなれるかもしれないだろ? そしたらお前そんなところで一人ひよひよ浮かなくても済むだろ」
「べつに浮くの嫌いじゃないもん」
「でも俺が結婚とかして一人になったらどうすんだよ寂しいぞ」
 一人ぼっちは寂しいと思うんだよなー。おっきくなったらなんか触ったりできるみたいだし、そしたら友達だってできるだろってか、それ普通の人間とかわらんよーな気が。もはや幽霊じゃねぇよな。神でもないが。
 んん? 触れる幽霊ってアリなのか? よくわからん。
 てか、また静かだな。
「黒マ? どうした?」
「……するの?」
「は?」
「けっこんするの?」
 黒い球体から顔も出さず、黒マが問いかけてくる。
「そりゃーなー」
 俺はふふんと胸をそらした。
「いい大学はいっていい会社はいって、世の荒波に疲れた俺を癒してくれるかわぅいお嫁さん貰うのが俺の目標だからなー」
 その割りには最近勉強サボリがちじゃないかって? してるぞ! みえないところでしてるんだぞ!
「それに、でっかいお前と町とか歩いてみたいしなー」
 前回は本気あっという間だったからな。もうちょっと長い間でっかくなれるんだったら、日頃話し相手になってくれてるし、なんか飯おごってやってもいいよな。こう、リスみたいに飯頬ばってもごもごしてる姿も拝んでみたいよな!
 黒マは降りてきて俺の肩に止まった。にゅっと顔を出して口の形をへの字に曲げている。
「わたしもほんとうはおっきくなりたい」
 こんな中途半端なカミサマじゃなくて。
 うん。神じゃないぞ幽霊だぞ。突っ込んだら怒られそうだから黙っといた。
 でもなんだかその顔がしょぼくれて見えたので、俺は黒マの頭(たぶん)をよしよしと撫でておいた。
 おし、おっきくなれる方法を探そうな! 


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