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髪、うそだろ神 後


 俺は非常に上機嫌だった。
 だってそうだろ。俺の隣を慎ましやかに歩くおんにゃにょこを見てみろよ! ふわふわの茶色の髪! 白い肌! ちっちゃい作りの顔は俺の好みからすこーし外れてるけどいいんだ! ふわふわでかわいいから! 誰だおんにゃにょこなんて生き物を俺の前に遣わしたのは! 髪か! じゃない! 神か!
 あぁ可愛い。夢じゃないのか夢ならさめない……いや、覚めてくれても、いいかも。
 俺が冷や汗たらりと流したのは、俺とおんにゃのこの前に、ひ弱の俺なんて一捻りですっていう感じのお兄さんが立ちふさがったからだった。てかなんだよこの強面のおにーさんは!!! あちょちょちょちょとかって拳繰り出しそうな勢いだ! 今の世の中にその筋肉は破廉恥だろ!!
「ケンちゃん!!!」
 おんにゃにょこが嬉しそうに名前を呼んでおにーさんに飛びついた。
 てか名前もそのまんまだなオイ!! お前はもう死んでいるとか決め台詞言うんじゃないだろうな!
「なんか変なことされたりしなかったか!? 大丈夫だったか!?」
「もぉうケンちゃんってば心配性! 美味しい料理いーっぱい奢ってもらっただけよぉ!」
 いや、そもそも俺はこの目の前で繰り広げられるいちゃいちゃっぷりにどう反応を示したらいいんだ…?
「おい、そこのハゲ!!」
「は、はい!」
 つい返事してぴしっと背筋のばしちゃったけど、俺まだハゲじゃないよ!!
 強面のおにーさんは、しがみつくおんにゃにょこの腰をさわさわしながら叫んでくる。
「俺のスウィーティに変なことしなかっただろうな!?」
 スウィーティーってなんだよ果物か!!
「してません!」
 直立したまま俺は答えた。
 する度胸ない! 俺はなぁ、胸張って言ってやる。おんにゃにょこにスパゲティー奢ったりドルチェ奢ったりゲームセンターでクマさんのキーホルダー取るために奮闘したりジュース奢ってあげたり座るところにハンカチ敷いてあげたりとか、その程度がせいぜいだよ畜生! 手だすとかそんなそんなそんな度胸俺にはないわぁあああああぁあぁ!!!
 自分が情けないなんて思わない。思わないぞ!
 おにーさんはにやりと笑った。
「俺のスウィーティーが世話になったな!」
 あぁ、おんにゃにょこが遠ざかっていく。
 おれのおんにゃにょこ……。
 楽しかった今日一日が頭の中をぐるぐる回る。おんにゃにょことの初デート。
 がっくりと肩を落とす俺の耳に、ふと鈴を転がしたみたいな声が響いた。
「こちらこそ。私のダーリンがお世話になりました」
 は? 誰が誰のダーリンだ? てか誰だ。
 ふわ、と黒髪が俺の視界をよぎり、しなやかな腕が俺のそれに絡まる。ちょ、むにゅっていった! 腕にむにゅってなんか柔らかいものがっ!!!!
 興奮する俺の傍で、可愛い作りのちっちゃな顔がにこりと笑顔を振りまく――あ、俺の好きなお天気お姉さんに似た、でももっと可愛い顔。
「もうちょっかい出さないで頂戴ね。私のダーリン、うぶなんだもの」
 そうおんにゃにょことおにーさんに言い放つ顔は、俺のよく知ったものだった。
 黒マぁああぁあぁあぁぁぁああああぁあ!?!?!?!?
 おにーさんが呆然とした様子で頬を染め、それを見たおんにゃにょこがむっとした様子でおにーさんを引きずっていく。いや、意外と腕力あるね、おんにゃにょこ……。
 それはいいが。
「く、くくくくくく、黒マ?」
「略さないでって何回言ったらわかるの?」
「黒マリモ!」
「それも名前じゃないんだけど……」
「どうしてお前等身大サイズなんだ! ミニチュアじゃないんだ!」
 びしっと黒マを指差して俺は叫んだ。黒マはなんつか実にいろっぺぇおんにゃにょこになっていて……着てる服も見覚えがある。ねーちゃんのだ。けど可愛い顔が着ると、なんの変哲も無い服も可愛くみえるんだな。知らなかった。
「ふふふふ、実はね」
 唇に指先を当てて黒マは言った。
「三人分の髪で、あーらびっくり! 元のサイズに戻れちゃうんです!! しかも実体化なので誰にでも見えちゃう!!!」
 マジかよ。
 愕然と見返していた俺の目の前で、黒マはぴこぴこ点滅し始めた。
 いや点滅な。間違いなく点滅。姿がちかちか光り始め――……それが止まったとき。
「あ、三分たった」
 そういって黒マは元のマリモサイズに戻った。三分しかもたねぇのかM78星雲光の国からきた巨人かお前は。
 マリモな黒マを連れて家に戻ると、とーさんとかーさんとねーちゃんがつる禿になって泣いていた。


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