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髪、うそだろ神 前


 とうとうやったぜ何がやったか聞きたいか聞きたいか聞きたいだろうよし話してやるぞ!
 俺はとうとうやったんだ! おにゃにょことデートにこぎつけた! おにゃにょことデートだぞ! しかもだな。可愛いんだこれが。チョ・ベ・リ・グ☆ な感じに可愛いんだ? え? 表現が古過ぎるだろって? ほっとけよ! 
 俺よりも一つ年下の、隣の進学校に通ってる女の子だ。市営図書館の自習室でいつも隣の席で座るもんで、仲良くなった。一応受験生だけど市営図書館なんていうものに俺は縁遠かったんだが、最近部屋にいたら黒マ(黒マリモな?)がふよふよ浮いて集中できんもんだから、図書館の自習室を利用するようになったんだ。そしたらなーその子によく勉強を教えてもらえるようになってだなーがははははえ? 俺のほうが頭悪いのかって? 失礼な! 彼女のほうが頭いいだけだ!
 で、勉強教えてもらったお礼に、俺がご飯奢ることになったんだ。ちょっと行ってみたいイタ飯屋があるなんてきらきらした目で言われたらそりゃもーおにーさん一念発起するしかないじゃないか!
「それ、都合よく利用されてるんじゃないのー?」
 黙れ黒マ!
「それで念入りに薄い髪の毛ブラッシングしてるんだ?」
「薄いの一言は余計だ! 大体誰のせいでこんな髪になったと思ってるんだ!」
「私ですよ、どうせ」
 なんか黒マ、素直だな。っつか。
「黒マ?」
「略さないで?」
「黒マリモ」
「もうなんだっていいけど……」
「どうした? なんか、元気ないんじゃないか?」
 俺は黒マの髪につい、と指を差し込んで中を覗き込んでみた。あるのは真っ暗闇だ。あれか。中はブラックホールってやつか。
 しばらくふよふよ浮いてたテニスボールサイズの黒マは、俺の人差し指サイズのいろっぺぇ足を突き出して、俺の額を蹴りやがった。
「いでっ! てめ! なにすんだ!」
 くそ! 人が心配してやってんのに! デコピンみたいに痛いじゃねぇか!!
 俺の額を蹴って、ぽーんと宙を漂いながら俺から距離を取った黒マが、にゅっと顔を出す。その貞子もビックリホラーな登場の仕方にも、結構慣れた。
 が、なんか表情が暗い。おどろおどろしいぞやめろその表情。番町皿屋敷の幽霊みたいだ。どうしたんだ。思わず心配になっちゃうだろ。
「腹痛か? じゃがりこの食いすぎか?」
「じゃがりこの食べすぎでおなか下したのは君でしょ!」
「しかたない。ジャガイモは正義だ」
「何がしかたないのかさっぱりよーぅ」
「どうした。なんかあったのか。顔くらいからもうちょっとにこやかにしろにこやかに」
 ぐりぐりと俺は黒マの額に指を押し当ててみたが、黒マは反応を示さない。相変わらずの暗い表情のままだ。
「どうしたんだ?」
「髪の毛足りない」
「お前は吸血鬼か!」
 俺は反射的に頭を庇って後ずさった。これ以上ハゲ……頭薄くなってたまるか!
 俺の本気のおびえに、黒マはけたけた笑って時計を指差した。
「時間じゃないの? デートに遅れるよ」
 うおっとそうだった! 俺は財布と鍵を引っ掴んで鏡の前に立った。頭をチェック。少しでもボリュームあるように見せて…よし!
「じゃ、いってくるわ」
「いってらっしゃーい」
 黒マがひらひらと手を振る。俺はそれを視界の端に入れて、扉を後ろ手に閉めた。


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