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髪、あそぶな神


  「おい黒マリモ。俺は考えた」
 宙を浮遊する黒マリモに、俺は言った。あれから俺の傍を片時も離れん変な物体。自称・神。正体・亡霊。なんでこいつ俺から離れんのだっつかそれ俺ってば取り憑かれちゃってるんじゃねぇかよぉおおおお助けて先生鬼の手で助けて!
「なぁにぃ?」
 俺の呼びかけに応じて黒マリモに手足と顔が生える。つくづく変な物体だな顔は可愛いんだが。
「お前体の一部分の毛だけを生やしたりすることできんの」
「できませんむりむりいんぽっしぼー」
「人の言葉は最後まで聞けっつか英語使えんのかよ!」
「英会話は乙女のたしなみ」
「幽霊に英会話もクソもあるか!」
「私幽霊じゃないもん神さまだもん! ちょっと前世が人間なだけで」
「いやいやそれ前世ちゃうぜったいちゃう!」
「ぷー」
 可愛く頬を膨らませんなかわいいじゃねぇかつんってしたくなるじゃねぇか。いやいや俺冷静になれ相手は似非神だ。黒マリモだ。
「ともかくだな、できるようになれ」
「えー面倒くさい。神様に努力なんて求めちゃめっなの」
「神だっつうなら天才であれ! 天才だめなら秀才であれ! 御仏でもいいわこのさい!」
 かわいこぶるな気色悪いわ一瞬かわいいなとおもっちまう俺の心理と気持ち悪さ二乗になって俺の魂がムンクになる!
 俺は黒マリモににじり寄り凄んで言った。
「努力しろ。体の一部分だけ、毛を生やせるようになれ。一部分だけ、引っ込められるようになれ」
「……前半部分はわかるけどー、後半部分はどういう意味なの?」
 しばし考えて、黒マリモはぽん、と手を打った。
「あ、河童になりたいの? てっぺんハゲにして欲しいの?」
「違うわ!」
 何が悲しゅうて河童にならにゃならんのか。てか今がもう既に河童だよ。薄いよ俺の頭!
「いいか? 俺は髪は欲しい。しかし胸毛はいらん」
 手足ぐらいなら多少あってもいいかもしれんがあれだ。胸毛はいただけん。いや、あってもいいかもしれんが、俺の場合カツラができる。あれは泣ける。何が哀しくてカツラを胸で生産しなきゃならんのか。
「だから頭だけ髪をはやせるようになれ」
「それが前半部分よねー。後半は?」
「急かすな! それで、だ。手足の毛を薄くできるようにすりゃ世の中の女性は幸せだ」
「なんで世の中の女性が幸せなの?」
「知らんのか。今の世、女性の中では脱毛ブームだぞ」
「へぇ。尼さんになるのがブームなんだぁ」
「誰がハゲがブームだっつった!?」
 いやだわマネキンみたいな女ばっかの世の中なんて!
「手足の話だ!」
 最近ストレスで手足剛毛な女性が増えたらしいしな。ストレス溜まると男性ホルモンが活発になるらしいぜそしたら毛が濃くなるらしい。今の世の中女性は大変だって思うぜ本当。俺の親族女が多いからそう思うのかもしれんけど。俺のいとこ、兼業主婦だけど、結局旦那ちっとも家事手伝ってくれなくて、男役と女役両方もとめられんのきつそうだもんな。ありゃーストレス溜まるよ。俺男でよかった。世間の荒波にもまれてストレス抱えて帰った俺を無条件で癒してくれるかわうぃい嫁さん貰う。そのためにはハゲやだ。
「手足脇の脱毛に、ん万円払う女が後たたねぇんだ。しかもそれでトラブル抱えるのも多いらしいし」
「なるほど、人助けね?」
「なんでそんなことせにゃならん。エステ王に、俺はなる」
 麦藁帽子がトレードマークのエステサロンを開業しちゃうぞ。
「しゅせんどー」
「うるさい。それに髪の毛だけ生やせるようになればアデランスさんとフォンテーヌさんにさよならできる」
 ありがとうアデランスありがとうフォンテーヌ、これからは世の中の薄毛に悩む紳士淑女諸君の面倒を見るよ。黒マリモが。
「お前にも利用価値が生まれるんだぞ」
「あのね、私に得があるかのように貶めの言葉を力いっぱい気持ちいいぐらいに主張しないでよー」
「お前に得だ。激しく得だ」
「どんな風に?」
「俺がお前に感謝する」
「得じゃない!」
 失礼な。得だ。友好関係を結んでやろうという俺の心の広さをわかりやがれ。
 むむむ、と唇を引き結んだ黒マリモは、なにやらぶつぶつと呟き始めた。黒魔術みたいだな。イィーッヒッヒ、って鍋をかき混ぜてそうな感じ。
 受験勉強を再開していた俺は、ふと、ていやっという黒マリモの甲高い声を聞いた。
 刹那。
 ぼむっ
「うごぉおおおぉぉおおおぉ!?!?!?」
 はな、はな、鼻毛がぁああぁぁぁぁぁ!!!!!!!!
「ねーできたよ! 一部分だけ伸ばすのできたよ!」
「ふざけんな! 鼻毛じゃねぇか!!!!」
 確かに前みたいに全身剛毛じゃない。しかしだ。俺の鼻毛がまるで滑り台のように床へ伸びている。黒くつやつやしたそれは、ズームすれば乙女の黒髪に見えなくもない。
「えぇ? 鼻だめ?」
「だめだろ!」
「じゃぁ、ていっ」
 ぼむっ
「うごあぁあぁぁあぁぁあぁぁぁぁ!!!」
 俺は再度奇声を上げた。確かに鼻毛は引っ込んだ。しかしまつげが非常に伸びまくったからである。長さが半端ない。まつげエクステに興味ないぞ俺は!
「あははははは!!!」
 のびたくったまつげに阻まれてよく見えんが、黒マリモが俺を指差し笑っている気配がする。
 俺は叫んだ。
「やめろ馬鹿! 元に戻せ」
「んじゃ、はい。眉毛ボーン」
「うごおおおおおぉお!!!!!!」
「まつげボーン、鼻毛ボーン」
「あ、そ、ぶ、な、あぁああぁあぁあぁぁぁぁあぁ!!!!」


 結局俺と黒マリモの攻防戦は、母が煩いと怒鳴り込んでくるまで続いた。


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