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終章 蠱毒の小国 1


「王宮勤めか。しかも間抜けのわりに、大層な身分らしいじゃないか、エイ」
 水の帝国に向けての船の出港間際。国の代表としてカラミティがエイたちの見送りに来ていた。
 煙管を加えてのカラミティの言葉に、エイは思わず反論していた。
「間抜けは余計です」
「しかしま、お互いに王宮勤めだったら、また会うこともあるだろう」
 カラミティはイーザの招きで、御殿医として勤めることが決定している。これから元々の城仕えの医師たちと共に、この国の医療の復興に腐心しなければならない。
 だがそれは、カラミティが言う通り、また再び会えるという可能性を示唆していた。一介の町医者と王宮勤めの人間より、異国であっても似たような職場にいたほうが、連絡は取りやすい。
「カラミティ。煙草はほどほどにしておくのじゃぞ。医者の不養生といわれんように」
 エイの傍らで、真新しい衣服に身を包んだヒノトがカラミティを見上げて忠告する。カラミティは煙を吐き出しながら、ふん、と鼻を鳴らした。
「余計なお世話だヒノト。お前もせいぜいあっちでがんばれよ」
「うむ」
「カンウ様! ヒノト様! そろそろ時間です!」
 呼びに来たのはスクネだ。彼が叫ぶと同時、遠くで出向の合図である鐘が鳴らされた。
 船へ続く階段を上りながら、エイはカラミティを振り返る。
「それでは、元気で。イーザたちにも宜しく伝えてください」
「たっしゃでな! カラミティ」
「お前達も息災でやれよ! また遊びに来い!」
 かんかんかんかん、と。
 鐘が鳴る。
 船の中に入ると、エイはヒノトの手を引いて甲板に上がった。船が港から徐々に離れている。乾燥した空気によって舞い上がった土が空気を白く染めていたが、その薄い膜があってなお、威風堂々たる様相で、枝葉を広げている巨木が見えた。
 榕樹だ。
 その樹に侵食されているのは、イーザたちの城。
 エイが最初この国に足を踏み入れたときよりも幾許か細くなった川が、太陽の光を反射して煌いている。その向こうには、茶色の田園と、丘が見えた。
 リヒトたちが、眠る丘。
 ヒノトが、そちらのほうを、じっと凝視している。
「ヒノト」
 厳しい眼差しのヒノトがいたたまれなくなり、エイは声をかけた。
「リヒトにな、いってくる、と告げておったのじゃ。次、戻る時は、リヒトが胸を張って、誇れるような、医師になった時じゃと」
 面を上げたヒノトが、屈託なく笑った。
「寂しくないぞ。だってお前がおるしな、エイ」
 エイは微笑んだ。そうですね、と頷いて、遠ざかっていく小さな国に、視線を戻す。
 蠱毒の呪いに今は喘ぐ小さな国は、太陽の光に照らされて、おおい茂る榕樹の濃い緑に輝いていた。


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