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第三章 鈍さと幼さ 3


 その『散歩』の間、ヒノトはこのうえなく上機嫌であった。
 町といってもたいした大きさはない。居住区をふらふらと散策し、川を渡る漁師たちを冷やかし、市の並ぶ大通りを歩く。ただそれだけのことだ。
 傍らを歩くヒノトは、エイの手を始終握り、飛び跳ねるようにしてエイを先導しつつ、ひたすらしゃべりに興じていた。女は口から生まれるというが、よくもそれだけ話が尽きぬものだ。水の帝国の女官たちも耳を塞ぎたくなるほど賑やかなものだが、ヒノトも負けず劣らずである。
 ただ、向けられる笑顔は無邪気なもので、見ていて心和むものであった。きちんと相槌をうってやれば嬉しそうに目を細めるその様子に、子犬か猫を連想した。もしくは、なついてくる妹というものがいればこのような感じであろうか。エイは兄弟がいないのでよくはわからないが、なんにせよ、悪い気はしないものである。
「エイはどれぐらいの間旅をしているのじゃ?」
 ヒノトがそう切り出してきたのは、居住区の一角で壁に詰まれた木箱を椅子代わりに腰を下ろし、砂糖水をすすっているときのことであった。濾過した水に蜜の出る草を放り込んだ砂糖水とは名ばかりの粗悪品だが、舐めれば微かな甘みがある。これでもこの辺りで手に入る飲み物にすれば、濾過しているだけあって目が飛び出るほど値が張った。ヒノトに買い与えたのはエイである。彼女がもの欲しそうに眺めてその場を動かなかったので、つい財布の口を緩めてしまったのだ。無論、この値段を彼女は知らない。
「どれぐらい、ですか?」
 砂糖水の代わりに、自分のために買ったのは椰子に似た、中に水の入った果物だった。上の部分を鉈で割ってそこに細い竹筒を通して水をすする。砂糖水よりも少々割安だが、どちらも似たり寄ったりだ、とエイは思った。随分、舌が肥えたものだと苦笑する。この味が、まるで主神が下した高級酒のように思えたころもあったのに。
「判りません。……もう、長い間」
 旅をしている。
 こうして、ヒノトや子供たちと時間を共有するたびに思うのだ。自分は、随分と遠いところに来たのだと。
 東の大陸から南の大陸へやってきたということに、感慨を抱いているわけではない。幼い頃と今の自分の差異のことである。
 泥水をすすって歩いていた遠い昔。確かに甘い砂糖水でさえ、粗悪品と即座に判断が下せる今。まるで、長い長い旅をしてきたようだ。それほどに、自分は変わったのだと、ヒノトを通してことあるごとに思い知らされる。
 生活は逼迫してはいても、背負うものは自分の命だけでよかった。特にたった一人の家族であった母が死んで以来、快楽に興じて生きることも、逃げ出すことも、何かに立ち向かうことも、自由だった。選択肢は無限で、危険など考えなかった。考える余地が、なかった。
 未来を憂うことは、平和なときにのみ許される特権なのだ。
 逃げたいのだと、思う。
 この散策が終われば、自分は城に戻る。責務が待っている。果たさなければならない使命。それに付随する諸々の役割。
 逃げたいのだと、思う。
 真面目などという言葉で片付けないで欲しい。必要以上に自分を忙しく追い立ててきたのは、あの、全てが始まった春の初めの日より自分をじわじわと圧迫してきたものから、目を背けるためなのだ。
 エイは、自分の肩口に触れた。今も僅かに手の感触がそこに残る。
 瞑目して嘆息した自分の耳を、突如小さな手が掴んだ。
「き・い・て・お・る・の・か!」
「はい!?」
 耳に吹き込まれた大声がエイを思考の海から引き上げる。きぃいんという金属を打ち鳴らしたような音が突き破らんばかりの勢いで鼓膜を打ち震わせた。声の主に何か言おうとしても、音が戻らない。ぱくぱくと餌を求める魚のように口を開閉させて、エイはヒノトに何を訴えるべきか考えあぐねた。
「人の話をきけい。まったく、それで、どれぐらい長い間なのじゃと聞いておる」
「何がですか?」
「旅の話じゃ! しっかりきけいよ!」
 姫君は、ご機嫌斜めになってしまったようである。
 ヒノトを放り出して思考の海へ遊泳に出かけていたのだから、無理もない。エイは引き攣った微笑を貼り付けて、まだじくじく痛む耳を押さえつつヒノトに向き直った。
「えーっと、それで」
「もう良いわ……まったくもう」
「すみません……もう一度話していただけますか?」
「砂糖水もう一杯」
「意外に業突張りですね……」
「どういう意味じゃ?」
「いえ」
 こほん、と咳払いしてエイは明後日の方向へ視線を投げた。本日は真によい日和である。風もほとんどなく、空は青く。乾季と雨季の狭間である今の時期ならではの日和だろう。人通りも多い。
(……?)
 ふとエイは、人々の往来から視線を感じた。
 砂避けのために頭に巻いている色鮮やかな布の端が、そこここで翻っている。沢山の裸足の足が砂埃に覆われた舗装もされていない道に跡を刻んでいる。その中で、たった一人、佇んで視線を寄越してくる男がいた。
 白い外套で身を包んだその男は、遠目でみてもそうとわかるほど鋭い眼光をこちらに投げかけてきている。
 男の目は、確かにヒノトに向けられている。雑踏へと視線を寄越すと、既に白い人影は姿を消していた。
(あぁ)
 鼠か梟か。
 どちらにしろ、いずれウルが暴き出すだろう。
「まったく。なんか嫌な意味だったのじゃな」
 エイは、耳元で不意にはじけた少女の拗ねた声に意識を引き戻された。
「……砂糖水でなくともよいわ。皆に土産をあとで買ってくれ。果物の干物[かんもの]がいいかもしれぬ」
「土産はかまいませんが、手持ちはそんなに残っていませんよ。というかヒノト、人のことを都合のよい財布か何かと勘違いしてますね」
「スリもたまにはよいことがあるものじゃ。財布は拾えなんだが、財布に似た男なら拾えたからの」
 あっけらかんとそう言い放ってけらけら笑い声を立てる少女を殴りつけたい衝動を、エイは鋼の自制心でもって耐えた。相手は年端行かぬ少女である。実際の年齢はエイも知らないが、行動からして自分の目測はそう違ってはいまい。
「旅をしながら、エイはどうやって金を稼いでいるのじゃ?」
 機嫌を直したのか、一頻[ひとしき]り笑ったヒノトは、砂糖水に再び口をつけながら問うてきた。同じく竹の筒をくわえて水を吸い出していたエイは、危うく食道ではなく気管支へと、その水を流し込むところであった。
「エイはどうやら金持ちらしいからのう。旅も長いというし、効率の良い金の稼ぎ方を教えてくれぬか」
 無邪気なヒノトの問いに、さて、どうのように答えたものか。
 旅を続けているというのは口からの出任せである。実際こうして南の大陸まではるばるやってきているわけであるからあながち嘘ではないにしろ、だからといって流れ者でもない。いずれは水の帝国に帰る身だ。
 エイが現在金に困っていないのは、今まで日の目を見なかった給金がたまりに溜まっているからであって、公金に手をつけているわけでもなければ、エイが大道芸をして小金を稼ぎ出しているからでもない。どちらにしろ、ヒノトに馬鹿正直に金の出所を答えるわけにもいかない。宮廷勤めのことを説明するなどもってのほかである。
 仕方なく、エイは古い知識を引っ張り出した。
「斡旋所、というところをご存知で?」
「斡旋所?」
「仕事の紹介所ですよ。大抵どの町にもあるものですが、探し出すには骨が折れます。そうやって、実力あるかどうかを試している、ということでしょうね。見つけ出せば、割のいい仕事を紹介してくれます」
「そこにいけば、金が稼げるのか?」
 目を輝かせ始めた少女に、釘を刺すことを忘れてはならない。エイはいいですか、厳しく声を潜めた。かつて、自分にその知識を与えた男がそうしたように。
「実力を試す必要がある、ということは、それなりに危険な仕事ばかりなのですよ、ヒノト。成功すれば確かにいい仕事ばかりですが、実力が伴わないと命を落としかねない」
「じゃがエイはそれをこなしているのだろう。エイにできるのなら妾に出来ぬはずがないではないか」
「どういう論理なんですかソレは……」
 やけに自信たっぷりに理屈をこねる少女に、エイは呻く。それに対し、ヒノトが堂々と胸を張った。
「鈍臭くかつ頭の回転が悪いおんしにできるのなら、妾にも出来るはずじゃ」
「ちょっと待ってくださいなんですかその鈍臭く頭の回転が悪いって」
「妾に首飾りをすられる前に一文無しになっておったくせに」
「うっ」
 非常に痛いところを、ついてくる少女だ。だがあれは決してスリにあったわけではなく恐らくどこかで落としてしまったのだと抗弁したい。どちらにしろ、情けないことには変わりがないのだが。
「これからそこにいくのじゃろう? 昼から出かけるのはその用事なのじゃろう? つーれーてーけー!」
「あーもー」
 襟首を掴んで揺さぶりかけてくるヒノトを、どうやって引き剥がそうか。その小さな頭を押さえつけながら、エイは盛大に嘆息した。嘘を口にすればするほど状況が悪い方向へと転がっていく。この少女が、酷く聡いということをエイは認めざるを得なかった。普通ならば納得してあっさり引き下がるところを、ヒノトは鋭い洞察でもって屁理屈をこねる。そして自分は、子供のあしらいには慣れていないのだ。宮廷内に巣食う狸と狐をあしらうことにすら途方もなく疲労を覚えるというのに。
「エイ! こらこっちの話をきかんか!」
「だーかーらー」
 少し落ち着きなさい、とたしなめの言葉を口にしかけたエイの耳朶を、ふと聞き覚えのある少年の声が打った。
「お兄さんは今日の午後は僕の用事に付き合ってくれる約束をしていたんだよ。ヒノト」
 しばしの沈黙。
『……え?』
 エイはヒノトと顔を見合わせ、周囲を一瞥した。が、人影は見当たらない。土壁の家が軒を連ねているだけで、猫一匹すら、土埃を被った通りに足跡を刻んではいない。
「どこ見てるのお二人とも。こっちこっち」
 声は、頭上から響いている。
 空を仰ぎ見ると、太陽の光が思いがけずエイの網膜を焼いた。顔をしかめつつ目を凝らせば、光の中にひょっこりと覗く頭らしき影がある。額に手を翳し、光りに慣れさせるために瞬きを繰り返したエイは、ようやっとその顔が誰のものであるか判別がついた。
「……イーザ?」
「やぁ、ご無沙汰してるよお兄さん」
 エイとヒノトが背もたれ代わりにしていた民家の壁。その二階に位置するらしき窓から、少年が顔を覗かせている。窓枠に腕と顎を乗せてひらひらと手をふる少年は、エイが町に下りてきた初日に出逢った、自称『未来の見える占い師』だった。
「イーザ! なんじゃお前どっから湧いて出た!?」
「昼寝先の窓の下で、ヒノトの大声を聞いたらね。誰だって目が覚めちゃうよ。賑やかすぎて」
 くすくすと忍び笑いを漏らす少年に、エイの傍らの少女は酷くご立腹のご様子だった。降りて来い! と拳を振り回しながら頬を膨らませている。はいはい、と頷いた少年は、窓枠から身を乗り出した。
「え、ちょ、あぶな!」
 イーザの行動に、慌てたのはエイ一人である。
「大丈夫だよ」
 彼はひょいとそのまま枠を超えて宙に身を投げ出した。そのまま重力に引かれて落下するのかとエイが思った瞬間、イーザは窓から伸びる洗濯紐にぶら下がり、落下の速度を器用に殺していた。ヒノトも見せた、身の軽さ。この国の子供たちは、皆このような軽業の真似が出来るのだろうかと、勘繰らざるを得ない。
 すとんと足音も軽くエイの前に降り立った少年を、ヒノトが不機嫌も顕わに腕を組み、たたん、と足を踏み鳴らし迎えた。
「何しに湧いたんじゃおんし」
「いつもいつもその言い方酷いよヒノト。僕が疫病神みたいにいってさ」
「気色の悪い予言ばっかり残していくおんしを、疫病神以外の何に例えぃというんじゃ」
「だから、スリとかそういうことは危ないからやめなっていってるのに。いい仕事紹介してあげるから」
「いい仕事なんぞいって花町に売りつけようとしたことを妾は忘れぬぞ!」
「あれは花町に売りつけようとしたんじゃなくて、娼館が家事手伝いしてくれる子探してるから、紹介してあげたのに。散々暴れて僕の面目潰したのはヒノトじゃないか。むしろ僕が泣きたかったよ」
「大体何者なんじゃいっつも前触れなく現れおって」
「だからぁ占い師だって」
「えー、と」
 目の前で言い合いを始める二人はさておき、エイは眉間を軽く押さえつつ状況整理を試みた。エイが町中で出会った胡散臭い自称占い師は、どうやらヒノトとは知己の間柄であるらしい。それも、仕事を紹介する云々と言い合っているので、単なる顔見知りというわけでもないようだ。
 観察したところ、イーザはヒノトを嫌ってはいないようだが、逆にヒノトは彼を毛嫌いしているようであった。毛を逆立てて敵を威嚇する猫のように、彼女は目じりを吊り上げて少年を睨みつけている。友人か、と問えば、確実に彼女の口からは否という回答が返ってくるだろう。
 とにかく、だ。
 誰が、誰の用事に、付き合う、と、この少年は口にした?
 面をあげると、少年と目があった。悪戯っぽく、輝く緑の双眸。
「ね、そういう約束だったんだよね。これから僕の用事に付き合ってくれるって」
「大体エイ。おんし、何時こやつと知り合うた。というか、妾よりもコイツをとるか」
「別に兄さんを君からとろうっていう魂胆じゃないよヒノト。もともと約束があったんだ」
 ね、と首をかしげて同意を求めてくる少年に、エイはいつの間にか頷いていた。イーザの背後に、有無を言わさぬ空気があった。そしてヒノトの追求にほとほと困惑していた自分に、助け舟を出してくれたことも汲み取れた。
 その裏にある意図までは、判らなかったが。
「ならば妾もつれていけ」
「やだよ。ヒノトを連れて行ったら、どんな騒ぎになるか判らない」
「さわ、ぎ?」
「散々僕の面目潰しておいて、今更?」
 にっこにっこと満面の笑顔を浮かべる少年に、ヒノトが言葉を詰まらせる。彼女を黙らせるその手腕は天晴れである。
 が。
(……遠まわしに真っ昼間から花町にいくと言っていませんか?)
 直接花町に出向くとは口にしてはいないが、話の流れから判別するに、イーザの言葉はそれを暗喩している。
 娼館は昼間から空いているものなのか。いやそもそも自分が昼間から女遊びに興じるような人間に見えるのか。
 乾いた笑みに口元を引き攣らせることしか出来ないエイを、ヒノトの鋭い視線が射抜いた。
「見損のうたわ」
 ……どうやら、そういった類の人間に見えるらしい。少なからず衝撃的である。
 ここで抗弁すべきか。いやいやイーザの言を否定してしまってもヒノトが怒り狂うのは明白であった。さらに、彼女に対する別の言い訳も即座には用意できない。政治の折々では鋭く切り返しが効くというのに、こういった場面では自分の積み重ねてきた経験や知恵など全くの役立たずだ。ここにウル、もしくは皇帝がいれば、自分の憔悴ぶりに腹を抱えて笑い転げていることだろう。
「エイ。そんなところには、行くな」
「あーうーえーあのですねーヒノト」
 ぐっと襟元を掴んで詰め寄ってくる少女の真剣そのものの眼差しに、エイは背中に冷たいものが伝い落ちていくのを感じた。かつて今までこれほどの危機感を覚えたことがあっただろうか。いや、ない。
 ヒノトの肩越しに腰に手をあてて様子を見守るイーザが見える。目配せをして助けを請うても、彼は肩をすくめて笑うだけであった。完全に、面白がっている。
 泣き出したい気分で天を仰いだエイの耳に、信じられないヒノトの一言が、飛び込んできた。
「だったら妾を買えばいいだろう」
 時が。
 凍りついた。
「……はぁ?」
 襟首を握り締めてくるヒノトに、エイは向き直った。その華奢な肩越しに見える少年も、鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情を浮かべて彼女を凝視している。間近にある少女は、下唇を引き結んで頬を紅潮させエイの顔色を伺っていた。
「妾は、金がほしいし、エイは女が欲しいのじゃろう?丁度良いではないか」
 凍結させられてしまった思考が、彼女が続けて吐き出した言葉に、どうにか再稼動し始める。
 エイは散らばってしまった言語能力をかき集められるだけかき集めて、息と共にどうにか問いを吐き出した。
「……ほ、ほ、ひ、の……ほ、んきで、そんなこと言っているんですか」
「本気でなければいうか。丁度いいではないか。お前が妾を買うてくれたら、妾もスリなんぞに手を出さずにすむしの」
「な――!」
「エイなら顔見知りであるし、わけもわからぬ男に抱かれるよりもよほどよいわ」
「阿呆ですか!」
「阿呆ではない!これでも妾は真剣に考えておるのじゃぞ!」
 睨み合うこと、数砂。
 エイは嘆息し、襟首からヒノトの手を外した。下唇を噛み締めたヒノトは、潤む目でエイを見上げてくる。欲目でみれば――確かに発育は悪くはないか。が、その泣き出しそうな表情や安直な考え方がどうにも子供で、欲情することはありえないと、断言できる。
「唇が傷つきます。とりあえず、噛むのはやめなさい。血が滲んでいる」
「エイ。まだ妾の問いに答えておらん」
「……答えなら否に決まっています」
 エイは嘆息した。この、途轍もない疲労感は一体何なのだろうと自問しながら。
「色欲旺盛な好色ならいざ知らず、さすがに子供を抱く趣味はありませんよ」
 そこまで欲求不満なわけではないのだ。今の自分に、女にかまけている余裕もない。
 ぽたりと。
 雫が髪から零れ落ち、エイは不快感に眉をひそめた。ヒノトの片腕が、天に向かって掲げられている。いや、エイの頭上に、彼女の拳がある。それは竹の筒を握っていた――砂糖水の入っていた、器である。
 頬を伝い、唇に零れ落ちたそれを舐めてみれば、確かに甘い。ということは、この頭の上に注がれた水滴は、どう考えてもヒノトが飲みかけていた砂糖水ということになる。せっかくの飲み物を粗末にするなど、非常に彼女らしくない。エイは胸元にあるはずの少女の顔を捜し――。
 唐突に。
 繰り出された彼女の拳による制裁を、顎に受けた。
「…………っっつ!!!!」
 エイが顎を押さえながらその場に蹲ったのに一瞬遅れて、からん、という竹筒が転がり落ちる音が響く。痛みに顔をしかめつつエイは仁王立ちするヒノトを仰ぎ見た。
 憤怒に身体を戦慄かせているヒノトは、どこか青ざめてすら見えた。彼女は最後に拳を再びエイの中天に見舞ってから、どこか悲痛とも思える声で訴えてきた。
「妾はもう十五じゃ! 子供ではないわ! このど阿呆め!」


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