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第四章 王城騒乱 3 


 頭を痛めているのはリシュオだけではない。モニカの様子を見に来た、この老人もまたそうであった。
「旅の方でいらっしゃるというのに、お手数をおかけいたしまして」
 ハルマンと名乗った老人は、アレクの近習だという。今度の騒ぎには本当に参っているようで、その表情は雪の雲よりも暗かった。
「大丈夫ですか?」
「えぇ。ただ本当に……困った、お方だ」
 客用寝台に横たえられたモニカの青ざめた寝顔を見下ろして、老人は掠れた声で呻いた。それは彼がしでかした過ちを責めるというよりも、これからどうやって騒ぎを収めるべきか……その、未来に対する憂いが先立っているように思える。シファカは疲弊した老人の背をなでた。すみませんなぁと顔をくしゃくしゃにして笑うそのさまは、自分をかわいがってくれていた鉄鋼精錬師の老人にとてもよく似ていた。
「本当に、旅の方ばかりに世話をかける。この国の方でもないのに、皆、お優しい」
「どうも……旅の方って、私以外にも騒ぎに巻き込まれた人が?」
「えぇ。消息知れないところをみると、十中八九、巻き込まれたのでありましょうな。モニカ嬢とともに、殿下を呼びにいくように頼んだ方がそうであったので。ここ一月近く、雪嵐の節が終わるのを待って滞在していた方なのです。会ったことは、おありで?」
「ありません」
 シファカは即答しながら、そういえばそのような話を聞いたことがある、と思った。アレクの横暴さを治めることのできる貴重な人で、もう直ぐ出て行ってしまうかもしれないと、モニカが愚痴をもらしていたのだ。
「大事なければよいが」
 他国の人間まで巻き込んで、申し訳がないと老人は繰り返した。が、とりあえずモニカの無事な様子をみて、安堵したのであろう。座っても? と目配せしてくる老人のために、シファカは慌てて椅子を引いた。
「おや、ありがとうございます」
「すみません気が利かなくて」
「いえ。……お名前をお伺いしてもよろしいですか」
「シファカです。シファカ・メレンディーナと」
 ハルマンは椅子に深く腰を下ろすと、窓の外を見やりながら深くため息をついた。吊られてその方向へとシファカも視線を向ける。玻璃を二枚重ねて作られた窓の向こうには、暗闇だけがあった。どうやら、雪は今止んでいるらしい。
「旅は、長いですか? 出身は」
「始めて一年ほどです。出身は北大陸ですが、南の。荒野のほうで」
「あぁ、アントニア地方ですか? 東大陸に程近い」
「はい」
 シファカは素直に頷いた。アントニア。語源はよく知らないが、外の人間はそう彼の地のことを呼ぶ、らしい。旅を始めて外にでて、初めて知ったことなのであるが。
 ハルマンは優しげに微笑んだ。それは、旅の苦労を労う類の優しさだ。
「それはさぞかし……この国の気候は大変でしょう。雪、ばかりで」
「そうですね……でも、私よりもハルマンさんたちのほうが大変なのではないですか」
 シファカは窓の外で重たげに木を撓らせているだろう雪を思った。この豪雪。しかも六日に一度しか上らぬ太陽。一体どのような仕組みで植物が育っているのかシファカは知らない。が、シファカの出身国である<不毛の王国>とはまた別の意味合いで、この国で生きることはそれなりに困難であるだろう。
「そうですな。普通ならば、住まわんでしょう。獣と精霊と魔力が支配する土地です。主神の寝床にも、近いといわれます」
 神話の時代、魔女に弑された神の一族の墓場。唯一生き残ったという主神が、魔女に受けた傷をいやすという、神の寝床。まぼろばの土地。
 そこへと向かう死者の葬列を、シファカは見たことがある。夢の中での話だ。暗闇の中へ吸い込まれていく死者たちは、ちょうどこの土地のような雪深い平野を、黙々と歩いていた。その今も強烈にシファカの胸中に刻まれている映像がハルマンの言葉と結びつき、自然にシファカは頷いていた。
「ですが、この土地の人間は、それを忘れていましてな」
「……それ、とは?」
「この土地は、人の土地ではない、ということを」
 そこまで聞いて、ようやくシファカは理解する。この老人は、この、今城を賑わせている騒ぎのことを、示唆したかったのだと。
 この国の、第一王位継承者が、住民を刺殺して、逃亡。
 目撃者は、いない。けれど誰もが、そう告げたリシュオを信じている。彼の弁論は見事だった。つい先ほど、広間に詰めている避難民たちに、アレクの暴挙を語った彼の弁舌を思い返す。静かで、決して相手を抑圧するわけではない。言葉数も少ない。淡々とそれは語られるだけなのに。
 なぜか、なぜかいつの間にか誰もがその一言一言に賛同している。
「……殿下を王に据え置きたくないものが多いのは知っています。殿下の気性があぁですからな。けれど殿下の気性がもともとあのようであったわけではございません。殿下のあの容姿を疎んで、心無いことを繰り返し囁いたものたちがいるのです」
 本来は、優しい方なのですと、他のものたちが聞けば卒倒して否定しそうなことを、ハルマンは口にし、シファカは微笑んで頷いた。
「知っています」
 ハルマンが驚きに面を上げた。まさか旅人にこうもあっさり肯定されるとは思ってはいなかったのだろう。二の句を継げずにいるハルマンに、シファカは微笑みかけた。
「知っています。モニカさんが、いっつも言ってました」
 ちらりと寝台で眠る娘を、一瞥する。硬く目を閉じたモニカ。彼女をこのように傷つけたのは、あのアレクだとはシファカは決して信じられなかった。酷く寒い夜、モニカと身をよせあって語り合う子供の頃の話。自分の話がほとんど妹や祖父代わりの鉄鋼精錬師についてであるように、彼女の話はもっぱら祖父や彼女の幼馴染である王子の話であった。
 救いようのない馬鹿だけれども、本当は一番涙もろくて、気が弱くて、優しいあたしの幼馴染。
 取って置きの秘め事を打ち明けるようにはにかみながら、耳元でそう打ち明けてきた娘の言葉を、シファカは信じる。
「やれ。年よりは涙もろくていかん」
 不意にハルマンはそう呟いて立ち上がり、部屋の扉に向かって歩き出し始めた。まだもう少し、と引き止めてみるが、彼はやんわりと仕事を理由に断ってくる。実際、事後処理があるのであろう。にこりと微笑んだハルマンは、部屋の出掛けに、ふとシファカの手元に視線を寄せた。
 首を、傾げる。彼が驚きの目でもってシファカの手元を凝視していたからだ。その視線に沿って、見つめられていると思われる、獲物を握る手をみやる。どうやら彼が注視しているのは、シファカの手に握られる獲物に取り付けられた、小さな玻璃珠であるらしい。
 縞瑪瑙玻璃の、双子玉。
 とはいえ、今その片割れは失われてしまっているので、揺れているのは小指の爪ほどしかない小さな珠一つである。片割れはどこへいったのやら。昔、故郷で紐が解けて転がり落ちてしまったのは確かなのであるが、その転がっているはずの場所で、どうしても見つけることができなかったのだ。よって、どこかの隅に入り込んでしまったらしい片割れは故郷に置き去りにされ、この小さな玻璃球だけがシファカの相棒のお供をしている。
「あの?」
「あぁ……いえ。実に珍しいものをつけていらっしゃると思いまして」
「これ、ですか?」
「ウル・ハリスの縞瑪瑙ですな。懐かしい。もう作らなくなってしばらくたつと聞きましたが、未だに旅人の間ではかなり出回っているのでしょうか」
「え、えーっと。つくら、ない?」
 この刀は、祖父代わりの鉄鋼精錬師が、彼の師が製作したものをきちんと打ち直したものだ。酷く良い刀なのだと、聞いたことがある。どれも最高級のものを使っていて。鋼も滅多に手に入るものではないだろうから、大事にしなければならないと、探している男に叱咤されたことがある。
 だが、まさかこの双子玉までかなり珍しいとか、いうのだろうか。
「ウル・ハリスという国を知っていますかな? 宝石で有名な商業国の一つです。南大陸の玄関口と呼ばれる国で、他大陸との国交も盛んな」
「他の国のことをよく知っていますね」
「私はもともとこの国の人間ではありませんでしてな。……行く場所を失っていたところを、殿下に助けられたのですよ」
 薄く目を細め、一瞬懐かしむような眼差しをしたハルマンは、けれども直ぐにシファカを見つめなおしてきた。
「その国は神聖国として、聖獣を崇めているのですが、その聖獣に毎年剣を献上し、その剣につけて同じく献上されるのが、玻璃球でしてな。聖獣は旅の守り神ともいいます。私が子供の頃の話ですが、旅人の間で、献上される剣を模して、ウル・ハリスの玻璃球をつけるのが流行っていたことがありまして、まぁもっとも、瑪瑙玻璃などという高級なものは、王族間の間でしか取引されなかったものなのですがな……いや珍しい。赤瑪瑙など、本当に滅多に取れるものではない。どこでこれを?」
「あーえーっと……よく、知らないんです。最初から付いていたもので。実はもう一つあったんですけど、一つはなくしちゃって」
「……おや? それは、コレは双子玉だという意味ですかな?」
「えぇ」
「最初は、それを手元にお持ちだったと」
「え? えぇ……紐が解けて。箪笥の隅にでも入り込んだのか、見つからなかったんだ……です」
 肯定にシファカが頷くとハルマンは扉にかけていた手を引き、ふむ、と唸る。どうかしたのか、と首を傾げるシファカに、彼は顎に手を当てたまま、ぽつりと漏らした。
「聖獣……まぁひいては王族に献上される玻璃球は、皆双子でしてな」
「……は?」
「あの国が何故神聖国と呼ばれるのを知っていますかな? 生まれる王子が皆双子なのですよ。献上される剣は一本ですが、そこに取り付けられるものは全て双子のものを使うという面白い逸話があります」
「……は、はぁ?」
「決まりで、献上されるもの以外に双子玉は作ってはいけないことになっている。呪いを恐れて、双子玉を模造する細工師はおりません。これがもし本当に双子玉なら……」
「これが、王族のものだっていうことか?」
「そういうことになりますな。赤縞瑪瑙の双子玻璃珠は、私の記憶が正しければ、たった一度しか作られたことが無いはずでしてな。赤縞瑪瑙自体はさほど希少ではありませんが……いえ、王族の間である程度取引される程度には、希少ではないという意味です。一般にはなかなか出回らないものですよ。ですがまぁ、希少云々それ以前に、赤はあの王家で忌み嫌われる色でしてな。その呪われた色を纏った王子は、ただの一度きりです」
 シファカは思わず手元に視線を落としていた。
 コレを打ったのは、今はもうまぼろばの土地へ召されたとはいえども、顔見知りの人である。その人が、有名であるらしい大国の王族から盗み出した、といった話も、王族とかかわりがあった、という話も聞いたことがない。
「私が言いたいのは」
 思案するシファカに、ハルマンが厳しい視線を落とした。
「貴方の双子玉の、その片割れをお持ちの方を、私がどうやら知っているらしい、ということなのですよ」
 シファカは一瞬何を言われたのか判らなかった。双子玉の片割れは、不毛の王国に置き去りにしてきたのだ。それを持ち出せる人間がいるはずがない。あの工房の人間は、見つけたのならとっておいてくれると約束してくれた。たとえ自分があの場所に戻ることが不確かであったとしても、彼らは約束した限りそうするだろう。
「それって……どういう?」
「モニカ殿」
 眉間に皺を刻んだシファカは、ハルマンの声に背後を振り返った。部屋の寝台の上で、娘が身じろぎしている。どうやら目を覚ましたらしい。慌てて駆け寄ると、モニカの目がシファカを捕らえて微笑んだ。
「モニカさん」
 モニカが唇を動かすが、聞き取れない。空気の震える音が響くのみだ。やがてモニカの表情が驚愕のものにとってかわられ、彼女は突如弾かれたように身を起こすと、喉の辺りを触りだした。
「…………っ!!!」
「……話せない、のか?」
 モニカが喉元を押さえながら、こくこくと頷く。シファカはかける言葉を失い、モニカの喉に触れようとした。そこでふと、彼女の手首に絡まっている細い紐と、繋がっている珠に目を留めた。
 玻璃球。
 赤縞瑪瑙の、玻璃球だ。
 それが、モニカの手首で紐に繋がれ輝いている。
「…………モニカさんコレ」
「彼も、巻き込まれたのか。モニカ殿」
 モニカは一瞬きょとんとしたが、直ぐにハルマンの言葉の意味を汲み取ったらしい。頷いて肯定を示した。
「シファカ殿」
「……はい」
「それはおそらく、貴方の玻璃球の片割れです」
 ハルマンがそう断言し、シファカは改めて、その縞瑪瑙玻璃を見つめた。
 モニカの手首に輝く玻璃球は、親指の爪ほどの大きさをしていた。縞瑪瑙を封じ込める玻璃球の滑らかな表面の一角に、美しい細工がしてある。シファカは、そっとそれに指で触れた。自分のもつ玻璃球と、その感触は全く同じだった。
「ハルマンさん」
『貴方の双子玉の、その片割れをお持ちの方を――』
 なんということだ、と。
 これは偶然か。それとも必然か。どうして、気付かなかったのだろうとシファカは今更のように思った。
「巻き込まれたって、殿下と、一緒に、いるひと?」
「さようですな」
『貴方と同じ旅の人がいるの。西大陸から来てるんだけど、めっぽう強くてねぇ。アレクも結構気に入ってるらしいのよね』
 モニカが、西大陸というから。
 除外していた。
 彼は東大陸の出身だ。けれども容姿は西大陸の人間そのものだ。自分も確か初対面の頃、西の人間だろうと思ったのではなかったか。もし、彼女がその旅人から出身を聞きだしたわけではなく、ただ単に、あの外見から推測していただけだとしたら。
 シファカは面を上げて、尋ねた。
「……旅の人が、もっていたの? これを」
 この玻璃球が、転がり落ちたとき。
「えぇ」
 口付けを、うけたとき。
「その人の、名前は?」
 これを、手にもっていたのは。
 ハルマンは、答えた。
「ジン、と」


 それを、ぐうぜんとよぶのか。
 それとも、ひつぜんと、よぶのか。


 深い雪は足を取り、森は星の光すら遮断して、視界を奪う。方向すらわからない。ここは果たしてどこなのか。前を進むアレクに迷いは無いが、次第にその足取りが重くなっている。おそらく、失血からくる貧血だろう。けれどもここで眠るわけにはいかないのだ。確実に、凍死してしまう。
(コレだから雪は嫌いなんだ)
 ジンは舌打ちした。雪によい思い出はない。銀世界。そこに散った赤と黒。横でもれた幼馴染の呻きと、彼によって下された命令。女官の悲鳴。全てを、生々しく覚えている。
 雪の世界へ身を投げて、命を捨てたかつて愛した女[レイヤーナ]。まだ、生々しく膿んでいる記憶がある。
 それなのにどうしてこんな土地に長く留まれていたのか疑問に思う。昔は、雪を見るだけで、あの記憶が蘇っていたのに。国を出て二年。薄れるものも、あったのだろうか。
 ふとジンは獣の咆哮を聞いて、面をあげた。青龍刀を鞘から引き抜いて、暗闇を見据える。そそり立ち並ぶ、巨木の間、ゆたう闇の中に光るものがある。獣の瞳だ、とジンは舌打ちした。
「殿下。神殿までの距離は」
「もう、近い、はずだ」
 アレクがちらりと一瞥したのは、巨木のうち一本だった。その幹に、劣化した注連縄[しめなわ]らしきものが結び付けられている。それが神殿の領地の証なのであるとしたら、確かにすぐ傍なのだ。
「じゃぁ走れる?」
「はぁ?」
「俺あいつら引き付けておくから、走ってよ」
 ジンは静かに暗闇の中から姿を現す狼数匹を見据えながら言い放った。数匹。いや十数匹。周囲を囲まれたことに胸中で毒づきながらも、言葉を続ける。
「真っ直ぐ、さっさと、走れ」
「アホか貴様! こいつら一人で相手にできるわけがないだろう!」
「けが人がいると足手まといだ! さっさとどこかへ行っててよ!」
「死ぬつもりか! 馬鹿めが」
「殿下に馬鹿っていわれたら、終わりだよねホント」
「おーまーえーはーなー!」
 ジンは嘆息して、微笑んだ。意表を疲れたのかアレクの動きが止まる。ジンは刀を構えなおして、呼吸を整えた。
「別に、死ぬって、いってない」
『死ぬな』
 幼馴染の声が、耳に蘇る。
 一度命を捨てた自分だから、もう二度目はない。彼が生きろというので、それが贖罪だというので、自分は今ここにいる。
『死ぬ時は、俺の前で死ね』
 笑顔で、ずいぶんなことをいうものだと思った。生きて生きて生きて、生を全うして、老いて自分の前で死ねと、水の帝国で玉座につく幼馴染の男は言う。それをするのなら、他の国で生きてもかまわないと。彼は笑顔で、自分を見送ってくれた。
 裏切り者の、自分を。
 その彼を、今度は裏切るわけにはいかないから。
 自分は、生きるしかないのだ。
「俺は、死なないから」
 ジンはちらりと青龍刀に視線を落とした。モニカに預けてしまったために、そこに玻璃球はない。酷く心細いものだと思った。あんな、小さな、宝石の欠片に過ぎないのに、それがないだけでこんなに心細い。
 吐息は白く、視界を染める。手足の感覚がほとんどない。けれども、心臓の鼓動の音だけが、しっかと耳に届いている。
(かえしに、いこう)
 ジンは瞼を下ろした。獣の気配を感じ取るためだ。獣の唸りと咆哮と、気配を暗闇の中に感じる。それと同時に意識の一部が、そう決意を固めていた。返しに行こう。
 あの、玻璃球を。
 返しに行こう。
 生き残る。さっさと全てに片をつける。そうして一度、あの灼熱の土地に戻るのだ。泣き虫の少女は、自分を憎んでいるだろう。可愛らしい娘だから、きっと今頃は彼女の傍らに立つ男もいるだろう。会わなくてもいい。そっと、窓辺においておくだけでいい。彼女が幸せに笑っていることだけを確認して、その後は水の帝国に、立ち寄ってみるのもいい。まだ、幼馴染の前に立つことはできないけれども、彼が支える国を、見に行こう。
 雪の冷たさは、意識を鋭敏にして、意志を固めさせる。これから、踏破していくべき未来を描いたのなら、あとは生き残るだけなのだ。
 死ぬつもりはない。
 死ねない。
「阿呆か」
 アレクが剣を引き抜いた。怪我のせいか危うさを感じさせるが、足はしっかりと地に着いている。
「お前はな。俺をもう少し信用したらどうだ。ここでお前を放り出したら、俺は正真正銘の馬鹿になるだろうが。二人で走るぞ。いいな。二人でだ」
 お前は、人を信用しなさ過ぎると、アレクが呻いた。
 ジンは笑った。
「殿下に説教される日がこようとは」
「笑うな。くるぞ」
 ジンは笑みを消し、雪を蹴った。ばっと散る、白い粉の塊。どどっという木の枝葉から、雪が滑り落ちた。ぱらぱらと舞い上がる白い粉の中を、重い身体を引きずって走る。獣の咆哮と牙が、容赦なく襲い掛かってきた。


 にくまれていることを、かくにんしに、もどるのだ。
 そうすれば、こんどこそ。
 この、おもいにしゅうしふをうつことができるから。
 もどるひつようがないことをかくにんしに、もどるのだ。
 そうすれば、こんどこそ。
 こんどこそ。


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