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第五章 宴と毒と口付けと 3


 酷い頭痛がして、顔色が悪いと何人にも指摘された。ほろ酔いのセタとロルカが眠るように促してくる。けれども何かが起こるか判らないのに、眠るわけには行かない。だまって粘るシファカに、ジンが、自分が見ているからと耳打ちをした。
 しぶしぶ先に引き上げ、眠らせてもらったシファカは、自分の甘さに舌打ちしたい気分であった。
 何だかんだといって、自分はジンという男を信用していたのだと知る。そして、自分に忠告したのだから、他の面々に対しても手を売っているのだろうと――。
 けれども、それは自分の期待に過ぎなかった。
「シファカちゃん起きてるよね」
「起きてる」
 天幕の布を上げる音がした。光は瞼越しでも確認できる。時刻は朝であろう。多少眠っていた自覚がある。眠っていた、とはいっても夢と現の間を行きかう浅い眠りで、実際休んだというよりは身体の神経ばかりが張り詰めて頭が痛い。いつの間にかジンが寄り添うように傍にいて、吐息のようなかすれる声で話しかけてきた。
 自分たちがいるのは天幕の端だ。数人分の足音がすぐ傍を通り過ぎる。シファカは眉をしかめた。
「みんな、起きない」
「そりゃ薬盛られてるからね」
「……! ほかのみんなには何も言わなかったのか!?」
「言わなかった人もいる」
「どうして!?」
「シファカちゃん、問答している暇はもうない」
 ジンが横になったまま、抱きかかえていた青龍刀の刃を抜き放った。傍にいた部族の男が驚きの目で持ってジンを見下ろす。その手には抜き身の円月刀。部屋に入ってきた、他の部族の男たちも同じようにしてその手に円月刀を握っている。
 ジンは身体を跳ね起こしながらその男を切りつけ、すぐ傍で惰眠を貪っていたセタの頭を蹴り飛ばした。
「ほらおきてよ副団長! 命をとられたく無かったらね!」
「あぁ?」
 むくりと起き上がったセタの目の前に、ジンの刀のさびになった二人目が倒れこむ。広がっていく紅い色をみて、セタが驚愕に目を見開いた。
「おい!?」
「セタ。ジンは正気だよ」
 シファカも傍にいた男を蹴り飛ばしながら身体を起こし、刀を鞘から抜き取った。
「な、ぜ貴様ら!」
「それはこっちが訊きたい! いつの間に誇り高い荒野の一族が、襲撃者に変わったんだ!?」
 ジンへの追求は後回しだ。今はとりあえずまさに自分たちを殺そうとしていた男たちを片付けるのが先立った。切りかかってくる男を返り討ちにしながらシファカは叫んだ。荒野に散らばるいくつかの部族は、たとえ書面上は同等の扱いでも王家の分家に下ることを嫌って移動する湖のほとりを選んだのだ。国の保護も厭った。ただ同じ荒野に生きるものの契約と誠意として、いくつかの決まりごとがある。<婚礼の宣>も、そのうちの一つだ。流れ着いたものを手厚く保護して、中央に送り届けること。これも義務だ。いつから彼らは、歓迎の宴と称して薬を盛り、命を奪おうとする下等なものに成り下がったのか。
「我らは我らを守るために戦う。ただそれだけだ!」
 男の一人が叫ぶ。うめき声が上がる。見知った兵士の声だった。部族への怒りと同時に背中合わせで剣を振るうジンに対しても憤りが渦巻く。どうして、他の兵士にも忠告してくれなかった。
 そして自分はどうして、自分の身体を優先して眠ってしまったりしたのだろう。
 この騒ぎにたたき起こされて、ロタにセタ、ロルカ、幾人かは目を覚ました。が、そうでなかった残りは一時の眠りの世界から永遠の眠りの世界へ連れ去られてしまっていた。
「賢人議会の命令か!?」
 男たちは口を閉ざし、ただ剣を振るう。び、っと布の裂ける音がする。地に落ちた布の一部と柱に支えられた幕の狭間から、朝日に白む外が見え、シファカはそこをよぎった人影に向かって駆け出した。
 その男は、獣のように飛び掛ったシファカに驚いた様子はあっても、騒ぐことはしなかった。ただ静かに首筋に当てられた刃を見下ろしている。白い髭と白い髪。しわの深く刻まれた目元。そして長の証である文様が刻まれた腕。それを確認して、シファカは静かに告げた。
「やめさせるんだ」
「……わしを殺したところで何も変わらん」
「でもあんたは長だ。やめさせて。賢人議会は、私たちの命は、何人のあんたたちの女の命と引き換えなんだ?」
「長老……」
 横で短剣を抜きかける男を、シファカが掴みかかっている老人は片手を上げて制した。ため息をついて、ぱん、と手をうつ。
「……やめろ皆の衆。これ以上わしらの若い衆が返り討ちにあってはかなわん」
 その声は、朝もやをかきわけ厳かに響く。
 剣戟が、止んだ。
 立ち上がる男たちの姿を確認する。どう見ても劣勢であったはずのこちらのほうが多い。男たちの中に、ゆらりとたつ男の姿がある。返り血を浴びて佇むその姿は、酷く陰惨で自分が見知る彼の姿からはとても遠い。彼の亜麻色の双眸が、暗がりに浮かび上がって自分を射抜いていた。
 シファカはその男を見ないようにして、長老に低く呻いた。
「……状況の全てを説明して」


「昨年の湖の移動の時期だった」
 宴が開かれた天幕に通される。食事も何も置かれていない平たい天板を囲むようにして再び胡坐をかいた。長老とおそらくそれなりに敬われるべき位置にあるだろう男たち数人が上座に並ぶ。給仕をしてくれていた子供たちの怯えた目が、天幕の隙間からちらちらと覗いていた。
「湖の移動の際、わしらは女を置いて湖に付き添う。そして湖が落ち着くと、その場所に天幕をはって女たちを迎えに行く。……だが昨年、迎えに行ったその場所に女たちは居なかった。子供たちだけが証言者として残されていた。……賢人議会と名乗った相手は、私らにこう言ってきた。『移動に疲れてはいないか』、と」
「移動に?」
 そうだ、と長老は頷き、ため息をついて言葉を続けた。
「……お主らにはわかるまい。中央の湖は移動しない。そこの権利を握るお主らには、わかるまいて。湖の移動に付き合うのは、つれない女に付き添うようなものだ。わしらはいつその移動が始まるのかと怯える。幸いにも砂がその時期を知らせてはくれるものの、いつその湖が仮の定住場所を決めるのかははっきりせん。わしらは子もおり、身ごもる女もおり、病人もおるのだ。けれどもわしらは決まった湖と共に移動しなければならん。他の部族との衝突をさけるためにも、だ。わしらはそうして五百年、水脈の気まぐれと共に生きてきた。ロプノーリアの名を名乗る一族が中央の権利を握ってから、ずっとだ。王国の建国は、ロプノーリアの一族だけではない。本来ならば、定期的に、きちんと権利の交代が成されるはずであったのに」
「……権利の、交代? どういうことだそれ」
「抹消された歴史ってやつだねぇ。まぁどこの国でもあることだよ」
 横で肩をすくめながらジンが呟く。思わずその彼を睨みすえた。ジンは、いつものようにおどけた様子で肩をすくめる。けれどもこびりついた血が、臭いが、そして耳についてはなれない兵士たちの呻きが、シファカに彼を直視することを拒ませた。
「ロタ、知っていた?」
 ロタは宰相だ。自分が知らぬところまで、国の汚い面まで目を通している。ロタは目をそらして、深い疲れた吐息を落とした。
「――賢人議会は……おそらく、国を建国した部族のうち一つだ」
「ロタ」
「湖の王国は、五百年前、水晶の帝国ディスラの侵攻によって責め滅ぼされた国の残党兵の集まりが起源だ。南は砂礫の小国アントン、北は遠く、機械の王国クラフト・クラ・フレスコまで、ディスラの受け入れに応じることができなかった兵士や難民が逃れてこの不毛の荒野に国を作ったのが起源。それぞれの国出身の一族が、部族の起源といってもいい。賢人議会がどの国の出身中心の一族なのかは、もう記録には残っていない。だが、湖の傍に生きる権利すら剥奪された一族――それが、賢人議会だ」
 すらすらと文献を諳んじるかのように説明してみせるロタに、セタが苦渋の滲む呻きを漏らす。
「なんで黙っていたんですか……! 今までそれで何人もの仲間が亡くなってるんですよ宰相殿。この間だって……ラットの奴が!」
 <婚礼の宣>の戻り道にあった襲撃で、命を落とした一人。彼だけではない。幾人も幾人も、一体誰なのかわからない集団に悩まされ命を落としてきた。
「リムエラだって、死にましたから……」
 ぼそりとそう漏らしたのはロルカ。その声色には悔しさが滲む。シファカ自身、年若いロルカと同年代のリムエラが、親しげに言葉を交わす場面をよく見た。アムネーゼに伴われて、少し怯えて、それでもはにかんで挨拶をしてきた少女の姿が思い浮かぶ。
 一体何者なのか、わからないと零していたのは、ほかでもないロタ自身なのに。
 それなのに。
「……だが、もしそれが明かされればどうなる? 王家の権力は揺らぎ、民は混乱する。ただでさえ不安定な、不毛の土地に我らは生きている。我らは、不毛の王国の民なのだ」
 何も生まず、何も育てず、何も生めず、何も育たず。
 湖中心に、畑を作るにしてもきちんとした統制が必要になる。頻繁に君主が入れ替わるようでは、その統制は揺らいで、生きるための最小限のものですらひねり出せなくなってしまう。キャラバンの出入りにしてもそうだ。もう何年も、王家が規範に従ってきちんと定めているからこそ、彼らとの間に衝突はなく、建国から五百年、不毛の王国は生き延びてきた。
 小さな揺らぎすら、この国は許容することができない。不安定な均衡の上に成り立つ国。
 それがここ、不毛の王国。
 ロタはそう主張する。
「それぞれの部族の長のみに受け継がれる古い記憶だ」
 長老は眉間に皺を刻んで、遠い目で虚空を見やる。まるで硬く封印された歴史に思いを馳せるように。
「賢人議会はわしらに、移動しない湖がほしくはないかと声をかけてきた」
「移動しない湖? 中心の?」
「そうではない」
 シファカの問いかけに、長老の隣にいた男が口を挟む。
「奴らはこういってきた。……もしロプノールの一族を滅ぼせば、もう湖は移動しないと。国の湖は七つで固定され、この国は不毛の王国ではなく、真の湖の王国として、生まれ変わると」
「……どういう意味?」
「判らぬ。……だが信憑性はある。湖は、建国当時は移動せぬものであったと聞くからだ。わしらは要求を……呑んだ。湖のこともそうであるが、なにより連れ去られた女たちが気がかりだ。要求を呑むほかの選択肢は、与えられてはいなかったのだ」
 これで、全部、と長老は締めくくった。
 誰のものともしれない深いため息が天幕の中に落ちる。シファカはそのため息を耳に入れながら、刀を握り締めて立ちあがった。
「……どこへいくつもり? シファカちゃん」
 ジンの手が衣服の裾を捕まえる。血がこびりついた彼の手を振り切って、シファカは歩き出した。
「シファカちゃん――シファカ!」
 ジンの声に耳を塞いで、天幕の外へ飛び出す。わっと子供たちが散らばっていく。皆、男だった。子供も女は連れ去られたということだ。怯えた彼らを含め、集落内をざっと一瞥する。目的の場所を見つけ、シファカはつま先をそちらに向けた。ジンが、追ってくる。
「シファカ! どこへ行くつもりだよ?!」
「戻るんだ」
 馬舎に入って、その中で脚の丈夫そうな馬を選び出す。顔と腹をなでて安心させてやってから、轡をつけて、シファカはその背にのせる鞍を探した。シファカのその手を、ジンが掴み上げる。
「離してジン」
「戻るって、城に?」
「他に、どこがあるの」
「戻ってどうする。戻って何をする? 君だって判っていなかったわけじゃ――」
「だったら、どうしろっていうんだ!」
 大地を睨んで、シファカは言葉を吐き捨てた。ジンの眼差しには深い憐憫が宿っている。哀れむのなら哀れめばいい。卑下にも侮蔑にも憐憫にも、何もかもに慣れているんだ。
「さっきの話を聞いたじゃないか。賢人議会の狙いは王家の抹殺だ。エイネイが殺される。エイネイが」
「今戻ってどうするんだ。殺されているのなら今戻ってももう遅い。殺されていないのなら今戻らなくても生き延びる」
「一体何の確証があってそんなことをいうんだ!」
「一般論を言っているまでだよ。シファカちゃんだってわかっていただろう?」
「……あんたが、賢人議会の一人じゃないっていう保証は、どこにあるの」
 シファカは急に思い立って呟いた。ジンの手がゆっくりと離れる。彼はぱちぱちと目を瞬かせ、眉根に深い皺を刻んで、震える声で問うてきた。
「なんだって?」
「そうだよ。ねぇ、あんたが、そう、じゃないの? あたしに近づいて、情報を、流してるの? 国を、奪うため、あたしの、そばに、いた?」
「シファカちゃん」
「こっちこないで」
 こないで。
 伸ばされる手、眼差し、優しさ、守るよということば。
 判らない。何が真実で、何が嘘で、何が指針で。
 ロタは嘘をついていた。王国の嘘。悪だと信じていたものは実は被害者。臭いものに蓋をする、国の実体。
 兵士が死んでいく。どうして毒のことを彼らに言わなかったの。言ったら死なない人もいた。しんじていたのに。たよっていた。あぁばかな、じぶん。
 信じていたものが、全て揺らいでいく。
 ただ、荒野にしみこんだ記憶だけが確かだから、それに従って歩けばいい。
自分に与えられた意味はただ一つ――妹を、守り抜くこと。
 それを邪魔するのなら、信じない。
「こないでジン」
「シファ」
「あんたなんか嫌い」
 嫌い。
「どう、もう、無駄。やさしくなんか、してくれなくても、あんたは情報を流せないから。エイネイを殺していたら、本当に許さない。どっかいって。どっかいって。ジン、どっか」
「俺はこの国のごたごたになんか一つも関係してない。賢人議会なんてものとは無関係だよ。この国の行く末がどうなろうと、俺は実際知ったことじゃないから。情報なんか、流していない。流す先なんてない。落ち着いてシファカちゃん。本当に、城が襲われたときに殺されなかったというのなら、妹さんは生きていると思うから。今助けに向かったところで、どうなるものでもないよ。あとで成功するかもしれないことを、事を急いでつぶしてしまうのは愚行だ」
「女だからって馬鹿にしてる。あんたはいっつもそうだ。無意識に、私のことを馬鹿にして――そうやって、そうやって、あんたは」
「誰がいつどこで馬鹿にしているっていうんだよ!」
 がん、と近くの柵に拳を叩きつけて、ジンが苛立ちをあらわに叫ぶ。シファカはしゃくりあげながら、唇を噛み締めジンと対峙した。
 珍しくジンは怒りをあらわに、歯をかみ鳴らしていた。いつも微笑んでいた彼の、顔が怒りに歪んでいる。見守るようであった視線は鋭く細められて大地に、いつも優しく触れてきてくれた手は拳として、血の気を失って震えている。
 シファカは泣いた。この男の前では泣いてばかりだと思う。けれどももう、そんな体裁を気にしているほど余裕がなかった。
「ご、ごめん怒鳴って」
 ジンが慌てて謝罪してくるが、一度転がりでた涙は止まらない。
「もうやだ」
 なんで邪魔をするの。
 いいんだ。別に、エイネイを守れなくったって。
 守ろうとして、死ねる。そのことが大事なんだから。
 もう生きていたくないんだ。この荒野の土に返りたい。泥のように眠りたい。剣も、握りたくなんかなかった。血なまぐさい世界なんかで生きたくなかった。本当は、強くなんかなくて、強くもありたくはなくて。
 妹のようにころころ笑って、甘えていられたら。
 手のひらをみる。ジンの手のひらと同じように、爪の中に血が入って赤黒い。

 ひとをころしてばかり。
 いのちをうばってばかり。
 なにもうまず。
 なにもそだてず。
 こんないのちにかちはない。

「シファカ」
 泣かないで、と。
 柔らかく名前を呼ばれる。シファカは伸ばされた手を振り払って、背中を向けた。が、肩をつかまれて抱きすくめられる。その体温を拒絶しようと、シファカがもがく一方で、ジンの腕にはさらに力をこめられた。息ができない。苦しい。頭の後ろにジンの手が回り、くん、と顔を上げさせられる。
 そして、離してという前に。
 唇が強引に塞がれた。
「んっ……ん……んん!?」
 目の前にあるのがジンの顔で、唇に触れるのはジンの唇で。呼吸するのも忘れてシファカは呻いた。突然のことに光速で瞬きを繰り返す。その肩に手を突き身体を押し返した。が、唇は逃さないというふうにさらに押し付けられる。やがて口付けは奪うようなものからついばむような優しいものへ。上唇を挟み込むように幾度も角度を変えて口付けられる。支えられる頭。身体そのものを救い上げられ、膝の上に乗せられた。初めての感覚に、意識が鈍化していく。
 ジンの唇はシファカの唇を一頻り貪り、そのあと顎と、頬と、瞼の上に移動した。涙を掬い取るようにそれは触れて、最後に、頭を抱きかかえられる。
 彼の腕はシファカを強く抱きしめ、その手は絶えずシファカの髪を撫で。
 くぐもった声で、ジンが呻いた。
「……泣くの、やめて」
「ジ」
「前にも言ったでしょ。俺シファカに泣かれるのに、弱いの。泣くのやめて。俺がどうにかする。どうにかするから。だから、泣くのやめて」
 お願い、と真摯に呟かれる。髪に口付けされては、何度も撫でられた。もう一度口付けされて、微笑まれる。
「どうにかするから、笑ってシファカ」
 笑え、といわれても――。
 この頭が凍結した状態では笑うどころか涙すら引っ込んでしまっていた。大事なもののように抱きしめられる身体。とくとくという心音。呆然となりながら、少し痛む唇を動かす。
「……どうにか、するって……どういう、こと」
 ジンは曖昧に笑い、シファカの頭を肩に押し付けるようにして抱いた。衣服から、かぎなれた血の臭い。それにかすかに混じって、夕立のような匂いがする。
 この男はいつも、水の匂いがする。
「馬鹿だ俺」
 泣いているような響きに、シファカは面を上げた。が、頭を押さえつけられていて、上手く彼の顔を窺い知ることができない。ただ繰り返し髪をなでてくる手が温かった。
「おいジン?」
 セタの声が馬舎に響き、天幕の入り口に影が射す。ジンがシファカの身体をそっとその場に下ろして、立ち上がった。ぼんやりと、シファカはその姿を見上げた。ジンの口元には皮肉めいた微笑が浮かんでいて、鋭く目を細めて彼は言った。
「……人をとりあえず集めてくれる? 副団長」
 何が一体とりあえず、なのやら。
 ジンの突然の言葉に、セタが困惑顔で目を瞬かせる。首をかしげ、彼はジンに問うた。
「は? お前何を言って」
「今からお姫様王子様奪回作戦を練るからね」
 一方ジンは、冗談めかしにそう口にして、小さく付け加える。
「具体的に行動を起こしてみちゃおうかと思いまして」
「……ジン?」
 何をするつもりだ、とシファカは名前を呼んだ。にこりと微笑がおちてくる。差し出された手を半ば反射的に握り返すと、身体を引き起こされた。
 ジンは言った。
「じゃぁ一頑張りするから、付いてきてよお姫様」


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