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序章 旅立ち


 妹は、いつ見ても愛らしい。

「お姉さま」
 侍女とともに衣装合わせの最中であった妹は、こちらの姿を認めて、華やかな笑顔を浮かべて見せた。誰もが引き込まれずにいられない笑いだ。この乾いた国において、彼女の微笑は潤いである。
 シファカは手を振りながら妹に歩み寄る。かつかつという乾いた靴音が石造りの部屋に響いた。
 部屋のほとんどを砂帳[すなとばり]が覆っている。その薄い戸布を持ち上げて、シファカは足を踏み入れた。
 時折靴音に混じって、砂がこすれる音がした。黄砂である。これが吹くということは、そろそろ湖の移動の時期なのだろう。床をうっすらと覆い隠す淡い黄色の粉を、シファカは視界の端に入れた。
 妹がふわりと笑う。
「……もう行かれてしまうのですか?」
「うん」
 ちらりと妹の傍らに佇む兵士を見やる。自分の役の引継ぎを行った彼は、両手を後ろで組んだまま、ただ目配せのみを送ってくる。彼に苦笑を返してやりながら、言葉を続けた。
「いく」
 傍らに置かれた荷物。旅に一体どんなものが必要なのか、あの怒涛のように流れた月日の間、話を聴きながら遊ぶように、よくよく学んでいた。それに従い物を詰めた鞄は、最小限度のものでしかないはずだというのに、かなりの重量がある。
 両手を広げて、妹と抱擁を交わす。可愛い、たった一人自分に残された家族。けれどもその存在をこころから憎く思った時期も確かにあった。
 自分と同じ、華奢な、しかし女らしく柔らかい身体。この身体を強く羨んだこともあった。
 女としては酷く中途半端な自分の身体はやせっぽっちで、それを厭ったときもあった。
 でももうそんなことは思わない。この、どこへでも歩き出せる身体があるから、自分は今日飛び出せるのだ。
 遠ざかってしまった背中に、追いつくために。
「お気をつけて、お姉さま」
 寂しげな眼差しを寄越しながらも、気丈に笑い送り出してくれる妹に、シファカは微笑んだ。
「元気で、エイネイ」


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