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第二十一章 墓標の果てより 2


「久しぶりに会ったっていうのに、つれないね」
 冷ややかに、ジンは笑った。鉄格子の向こう側に腰を下ろす男は、こちらの皮肉に対しても無言のままだ。男は頑として口を開こうとはしない。見ようともしなかった。
「どうして、シファカを手に入れようとしたの? 君は、シファカを愛していたわけではないんだろう?」
 男の片目はすでに光を失っていたが、視力を失っていないほうの目もまた、どろりと濁って深淵を湛えていた。その瞳が、わずかばかり動いてジンの姿を映し出す。
「これからの尋問もこんな風に無言だと、薬を打たれることになるよ。彼らは俺のように優しくはない」
 しかし男は答えない。
「シルキス」
 結局彼は、ジンの問いに答えぬままであったのだ。

 イルバの立ち位置は非常に不安定だ。シルキスとの会談以後、右僕射候補ということになっているがあくまで候補に過ぎない。宮廷内をうろつくことに不快感を覚えるものもいるだろう。そう思って、ヒノトもいることだし、しばらく部屋から出ていなかったのだが。
(なんだ、こりゃぁ?)
 宮廷内は、奇妙な緊張感に満ちていた。女官も文官も衛兵を筆頭に武官たちも、どこか顔を強張らせながら忙しなく動いている。周囲を歩いていた文官を捕まえて、何かあったのかと尋ねても、彼らは一様に首を振った。彼らもこの緊張の意味を理解していないらしい。上官の神経が張り詰めているからだと、武官の一人が答えた。この異様な雰囲気は、上層部の人間たちの緊張が伝播した結果であるようだ。
(皇后様がどうにかなってるっつうヒノトの推測、間違っちゃいねぇかもな)
 あまり考えたくない予測だ。無論、死んではいないだろうが、皇后がそれに近い状態であることは間違いないだろう。
 途中で女官を捕まえながら、シノの場所を訪ね歩く。ようやく見つけ出したシノは、やけに明るくイルバを迎えた。
「あらイルバさん、引きこもりはやめられましたの?」
「たまには外の空気すわにゃ、身体に悪いしな」
 シノの明るい声に面食らいながら、イルバは呻く。シノは軽やかな笑い声を立てたものの、それ以上会話を続ける意思を見せなかった。まるでイルバを避けるように、では、と彼女は踵を返す。
「すみません、今忙しいのでこれで」
「おいシノ」
 イルバは慌ててシノの肩口を掴む。そしてぞっとした。その肩が、記憶しているよりずっと痩せていたからだった。
「おい、お前、ちゃんと食ってんのか……?」
 つい先ほど、ヒノトがエイに向けた言葉そのままを、イルバはなぞる。シノはもちろんです、と笑顔で応じた。だがそれにしては、記憶にある彼女よりも線が細すぎる。
「質問変えるぞ。寝てんのか?」
「寝ておりますよ」
「じゃぁその目の下の隈はどういうこった? 嘘つくんじゃねぇよ」
 エイの顔がそうだったように、シノの顔色にもまた疲労の度合いが濃く表れている。しかしシノはイルバの問いにより一層、笑顔を明るくしてとぼけてみせた。
「嘘だなんて人聞きの悪い。もうよろしいでしょうか? 私今本当に忙しくて……」
「てめぇ自分で自分の顔鏡で見てみろ! なんなら今手水場に引きずっていってやろうか!? はっきりいって最悪だぜ!」
「自分の体調ぐらい自分で管理できます! 忙しいと申しているでしょう! 放っておいてください!!」
 怒鳴り返したシノが、我に返ったように息を詰め、口元を押さえる。狼狽にか視線を彷徨わせた彼女は、謝罪に目礼してきた。
「申し訳ございません。つい……」
「みろ。余裕のなさが前面にでてんじゃねぇか」
 怒鳴られたこと自体、さして気になりはしない。イルバが気になるのはむしろ、いつもならイルバの口煩[くちうるさ]さも軽く笑顔で受け流すであろう彼女が、怒鳴り返さなければならぬほど追い詰められている、その原因についてだった。
「……悪いのか?」
 盗み聞きを警戒して主語を抜いたイルバの問いを、シノは理解したようである。視線を僅かに逸らした彼女は、一度下唇をかみ締め、重々しく口を開いた。
「……陛下が、常についていらっしゃるほどに」
 本当に、イルバですら聞き取ることが難しいほどの掠れた声で、シノが囁く。ラルトが皇后の下を離れないとは相当のことだ。危篤なのではないだろうか。予想通りといえばそうだが、最悪の状況にイルバは舌打ちした。
 エイがあそこまで疲弊していたのは、皇后についているラルトの分の仕事まで背負い込んでいるからだろう。
「……お前、とりあえず休め」
 肩を落として、イルバはシノに言った。
「このままだったらお前、倒れるぞ。薬でもなんでも調合してもらって、眠っておいたほうがいいぜ。皇后が今のお前みたら、泣くだろうよ」
「……そんなにひどい顔をしていますか? 私」
「ひでぇよ。最悪だ」
 とたんに、シノが渋面になる。嘆息して、彼女は首を傾げてみせた。
「そもそも何故イルバさんはこちらに? 外の空気を吸いに来るだけでは、こちらに来る必要などないでしょうに」
 彼女は全てを見透かしているかのように、口の端を曲げてみせる。この周辺はイルバの部屋から離れた場所だ。散歩をするだけならば、部屋近隣の庭先で事足り、そしてイルバも身をわきまえて大抵そのようにしているということを、シノは知っているのだ。
 仕方ない、いうつもりはなかったが、と、イルバは呻いた。
「左僕射の兄ちゃんから頼まれたんだよ。お前が寝てねぇから、様子を見てきてくれってな」
「まぁ」
 余計なことを、という呻きが微かに聞こえ、その忌々しげな響きにイルバは笑った。
「余計なことをっていうまえに、しっかり休むんだな」
「あの方も人のことを言えないでしょう。今どちらに? 今度は私が様子を見てきて差し上げます!」
「まぁ落ち着けって。今あいつはヒノトの嬢ちゃん連れて、どっか行ったぜ?」
「ヒノト様を? あぁでしたら、シファカ様に会いに行かれているのですね」
「シファカ?」
「えぇ」
 聞き慣れぬ名に首をかしげたこちらに、シノが頷いてみせた。
「ティアレ様を助けるために囮になって下さった方だそうです。長い間行方不明になっていたのですが」
「なるほど、無事見つかったっつうわけか」
 それでエイはヒノトを呼びに来たのだろう。その見つけだしたシファカという人物に、ヒノトを引き会わせるため。
 それにしては、エイの表情に引っかかるものがある。ヒノトを連れて行くといった彼には、妙な気迫があった。何か異常な事態が起こったのではないかと、逆に案じてしまったほどなのだ。
「無事というには、語弊がありますが」
 まるでイルバの胸中を読み取ったかのようなシノの言葉に、思わず眉をひそめた。
「あん? どういう意味だ?」
 しかしシノはこちらの問いに応じない。喉の奥に何か物が挟まったかのような面持ちだ。
「シノ?」
 イルバが顔を寄せて追求すると、彼女は躊躇を見せながら言った。
「実は」


 シファカが見つかった。
 ウルが見つけ出して、水の帝国に連れて帰ってきたのだという。エイがヒノトを訪ねてきたのは、シファカの部屋へと案内するためらしかった。
「良かった! 無事だったのじゃな!」
 エイの傍らを歩きながら安堵に声を上げたヒノトだったが、ぎこちない男の微笑に思わず眉をひそめた。
「……エイ?」
「あまり無事とは、いえないかもしれません」
 エイの声音はひどく硬い。表情も僅かながら強張っているように思える。ヒノトは少し歩調を速めながら、エイの顔を覗きこんだ。
「怪我でも、しておるのか? シファカは」
「怪我はしていませんよ」
「なら、何……?」
「会えば判ります」
 それを最後にエイは口を噤み、ヒノトも彼に倣って口を閉ざした。耐え難い沈黙の中、急いた靴音だけが響き渡る。廊下を歩き、たどり着いたのは迎賓館にある一室だ。
 その部屋の前で一度足を止めたエイが、ヒノトの手を取り、黒い粒を落とした。
「一応これを飲んでおいてください」
「……気付け、薬?」
「はい」
 エイが寄越してきた薬は、ヒノト自身もよく調合する気付け薬である。
 睡眠薬や麻薬など、様々な薬に対して効果がある。エイが携帯しているものはヒノトが護身用として彼に調合したものである。渡してきた薬も無論、ヒノト自身が調合したものに違いなかった。
 一体どんな意図があってこれを渡してきたというのだろう。問いかける間もなく、エイは警備の兵に扉を開けるように指示し、一足先に部屋の中へと入っていってしまった。ヒノトは仕方なく言われるまま気付け薬を飲み下した。自らが調合したとはいえ、その苦さに閉口する。びりびりと痺れる舌に渋面になりつつ、エイの後を追った。
 刹那、部屋の中に充満した薄紫色の靄と甘ったるい匂いが、入室者を拒むように、ヒノトを取り巻いた。
「なんじゃ? この匂い……」
 花や菓子の類ではない甘い匂いだ。腐敗臭。いうなれば、そう、死に往く人が纏う匂いに似ている。
 入室早々立ちすくみ、口元を押さえて呻いたヒノトは、ふとこちらを見下ろしてきた男と目があった。この宮城の住人ではないが、見覚えのある男だ。
 亜麻の髪と瞳。西方人の甘い整った顔立ち。
「やぁ、またあったね」
 ダッシリナで会った、シファカの旅の連れだという男は、軽く微笑んでヒノトに挨拶をした。ということは、本当にここにいるのはシファカなのだ。
「シファカは……?」
「あっちだよ」
 微笑んで、男が部屋の奥を指差す。エイの言葉を疑っていたわけではないが、あぁ本当に、彼女は助かったのだと実感し、ヒノトは足を進めた。
 が。
「なん、じゃ?」
 男の向こう側、寝台に横たわっているシファカは、まるで死人のように固く目を閉じている。両手足を絹の布で寝台の隅に固定された彼女は、まるで魔術か何かの生贄にされる乙女のようだった。
「……なん、なのじゃ? シファカは、どうしたのじゃ?」
 寝台に歩みより、傍らに膝を付く。握り締めたシファカの手は、飛び上がるほどに冷たい。胸元がゆっくりと上下していなければ、躯だと思っただろう。
「月光草です、ヒノト」
 ヒノトの問いに答えたのは、シファカの連れの男の傍らに並んでいたエイだった。
「正確にいえば、アレをもっと改造したもののようなのですが……」
「ダッシリナで流行っておるとかウルがいっておったやつか」
「そうです」
 処方箋が生み出され、一時流行の収まった月光草だが、近頃またそれを改造したものが出回り始めているという。入手した麻薬でブルークリッカァ側も研究を進めているが、まだそちらの処方箋は完成していないのだと、リョシュンが以前言っていた。
「……シファカは、それに?」
 エイが沈黙したまま顎を引く。ヒノトは再びシファカに視線を移して、彼女と繋ぐ手に力を込めた。
 ではこの部屋に充満している甘い匂いは、シファカを沈静させるために焚いている水煙草か何かのものなのだ。だから、エイは気付けを飲めといったのだろう。
 普通、初期症状で意識が昏睡するなどありえない。短期間に多量の毒を吸わなければ、このようなことになるはずがない。
 サブリナを、思い出す。リファルナの王であるイーザの幼馴染。緋色の髪が美しい、月光草によって心を壊してしまっていた少女。
 ヒノトの養母が書いた処方箋により解毒薬が作られて、サブリナはどうにか持ち直した。しかし身体の一部に麻痺が残ってしまったし、上手く呂律も回らぬらしい。
 シファカも、そのようになるのだろうか。最後に覚えているシファカは、自分たちを逃がすためにウルと共に襲撃者を引き受けて微笑んでくれていた。単なる通りがかりで、彼女こそ、真っ先に逃げるべきだったのに。ヒノトはシファカに甘えて、彼女を置き去りにしてティアレと逃げてしまったのだ。
 あのとき、自分にはそうすることしかできなかったと判っている。けれどどうしても、後悔が付きまとう。
「シファカ……」
 握り締めたシファカの指先は、血が通っていないかのようだった。
「失礼いたします」
 入室の挨拶と共に姿を現したのは、エイと共にブルークリッカァに戻る折、ダッシリナで別れたウルだった。
 思わず立ち上がって、ヒノトは彼の名を呼ぶ。
「ウル!」
「ヒノト様」
 ヒノトの呼びかけに応じて、ウルは早足に歩み寄ってきた。
「いつ戻ってきたのじゃ!?」
「昨日の夜です」
 ヒノトの問いにウルは微笑む。疲労の色は相変わらず濃いが、別れた頃よりかは血色が良くなっている。あの頃のウルは、病みあがりだったのだ。いくら彼がダッシリナ王宮の世話になると言ってはいても、ヒノトは怪我から体力の衰えた彼を一人異国に残しておくことが心配でならなかった。だが、ヒノトの心配は杞憂であったらしい。
「戻った挨拶もなく、申し訳ありませんでした」
「それはよいが……ウル、シファカは」
「その話については、また後ほど……」
 詳細は後で話すということなのだろう。申し訳なさそうにヒノトとの会話を打ち切ったウルは、エイとその隣の男に向き直る。
「カンウ様、閣下」
 呼びかけに応じて二人がウルに向き直る。その姿を見て、ヒノトははて、と首を傾げた。
 ウルがエイのことを状況に応じて閣下と敬称で呼ぶことは知っているが、わざわざ並べて呼ばなくてもよいのではないかと思ったのだ。いや、それ以上に不自然だったのは、閣下と呼ばれて、エイの隣の男のほうが反応を示したことである。
 脳内に疑問符を浮かべているヒノトの前で、男たち三人は声を潜めて会話を始めた。
「やはりシルキス・ルスは知らないの一点張りです」
「自白剤は?」
「使いましたが、本当に何も知らぬようです」
「質問の内容を変えてみる?」
「これ以上変えようがありません」
「なら、当初の予定通りイルバにいってもらったほうがよさそうだね。……今イルバは?」
「女官長のところへ行っていただくように頼みました。面会が叶ったら、また戻ってくるようにとは伝えましたが」
「え? シノちゃんのとこ? なんで?」
「先ほど会いましたら、女官長もこの状況にかなり追い詰められているようでしたので。イルバ殿相手だと、多少弱音を吐けるようなのですよ、女官長。イルバ殿のほうが年上だからでしょうか」
「へぇ……なんか俺のいないうちに、変な人間関係ができてんだねぇ」
「では、イルバ殿と合流してきます」
「待ってウル、俺も行こう。俺の口から、まず状況を説明しないとイルバに失礼じゃんね」
「あぁ、ですね」
「ちょ、ちょ、ちょ、待たんか! おんしら!」
 男たちの会話を耳にしながら、ヒノトは自らの顔色が変わるのを止められなかった。そう、驚きに。
 シファカは傭兵だった。連れの男と二人で北の大陸から旅をしてきたのだという。当然、エイとウルに面識があるはずなど、ない。しかし。
「その男、シファカの旅の連れだと妾は聞いておる。なのに、何故、おんしらは――……」
 エイとウルは親しげに男と言葉を交わし――というよりもむしろ、皇帝と相対するときと同じような敬意を払っているようにすら思えた。ウルの『閣下』という呼びかけに、シファカの連れの男のほうが反応したように見えたのは、間違いではないようである。三人は視線を交わして小さく笑い、まず、シファカの連れの男が動いた。
 彼はこちらに歩み寄り、右手を差し出してくる。
「改めて、ジン、っていうんだ。よろしく」
「……ヒノトじゃ……」
 男の手を握り返す。彼は今のシファカほどではないが、ひやりとした手をしていた。
「おんし、この国の……いや、この城の、人間じゃったのか?」
 シファカが言っていた。連れの男は、水の帝国の出身なのだと。だが、まさか。
「うん」
 少し寂しげにすら見える微笑を浮かべて、ジンと名乗った男は頷く。
「生まれも育ちもここだね。ラルトとは幼馴染。ハトコか又従兄弟か、あんま考えてないけど遠縁に当たる。乳兄弟でもあるよ。乳母が一緒なんだ」
「……はぁ!?」
「ヒノト、この国の宰相閣下が、長年不在だったのは知っているでしょう?」
 すっとんきょうな叫びを上げたヒノトは、苦笑を浮かべながら問いかけてきたエイに、ぎこちなく頷いて見せた。
「知ってはおるが……」
「その宰相閣下がこちらの方……ジン・ストナー・シオファムエン閣下です」
 驚愕に。
 声が、出ない。
 大口開けて顔を強張らせているヒノトに、ジンは言った。
「詳しく話したいところだけど、また落ち着いてからにさせてくれるかな」
「……それは、よいが……おんし、シファカに、そのことは話しておったのか?」
「俺の出自のこと? ……話してないよ」
 そうだろう。シファカはそう言っていた。彼は何も話さない。出自も、過去も。
 それが寂しいと、彼女は言っていた。
「何故……話してやらんかったのじゃ?」
 思わず、ヒノトはジンに尋ねた。ジンに歩み寄り、その衣服を掴む。当惑に目を剥いたエイとウルの姿が視界の隅をよぎったが、ヒノトは無視した。ジンはヒノトのその行為に失礼だと手を跳ね除けることも、身を引くこともしなかった。どこか悲しげとも取れる眼差しで、ヒノトの行動を穏やかに見守っている。
 ヒノトは叫んだ。
「何故、話してやらんかった!? シファカはそのことで、おんしと喧嘩をして、妾たちと出会ったのじゃろう!?」
「ヒノト」
「おんしがシファカに話しておったら、シファカは巻き込まれずにすんだじゃろうに!」
「ヒノト!」
 背後からエイに引き剥がされ、抱きすくめられる。自分の荒い吐息が耳につき、歯がかちかちと鳴っていた。ヒノトを拘束するように重ねられたエイの手が、強く、ヒノトの手を握りこむ。
 見下ろしてくるジンの顔色は変わらなかった。むしろ彼はにこりと笑って、言った。
「知ってる」
 ジンが浮かべる表情は確かに笑みであるのに、まるで泣いているかのように、ヒノトの目には映る。
 何も言えず、ただエイに拘束されていたヒノトの横を、ジンは足音も立てずにすり抜けた。何をしているのかと、ヒノトは肩越しに背後を一瞥する。シファカの寝台の隣に佇んだジンは、何気なく彼女の髪を一房すくった。
 やはり、泣きそうだ。
 泣きそうな、目をしている。
 ジンが上半身を屈め、指先に絡めたシファカの黒髪に口付けを落とす。そして踵を返しながら、彼は言った。
「ウル、いくよ」
「……はい」
「またね」
 ウルを従えた彼はヒノトに軽く手を降り、部屋を静かに出て行く。
 シファカが良く眠れるようにとでも言わんばかりに、本当にそっと、閉じられる扉。その静かな音を聞きながら、ヒノトは八つ当たりせずにいられなかった自分に、泣きたくなった。


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