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第六章 造反 3


 病院から出ると、既に日は落ちかけていた。
 薄桃と紫が入り混じった色彩が水平線に熔け落ちている。赤紫の雲が尾を引いて、空の彼方へ伸びていた。まずいな、とラルトは舌打ちした。今晩は会食が入っている。急いで戻らなければ間に合わないだろう。
 何はともあれ、これで視察は終了だった。見て回った施設の数は医療施設を含めてかなりになる。傍らを見遣れば、憔悴した様子のティアレがぼんやりと視線を泳がせていた。
 彼女の疲労は無理もない。元々出歩くことのほとんどない娼婦。この国にきてからも彼女は奥の離宮を中心とした極僅かな範囲しか行動していない。体力のあるラルトですら、散々歩き回って今日は疲労感を覚えていた。彼女の疲労は目に見えて明らかで、後半はほとんどラルトに寄りかかって歩いているのだがラルトが運んでいるのだかわからない状態だった。
 ぽつぽつと、街灯がともり始める。ランタンを持った子供幾人かとすれ違った。点灯士だ。彼らはそのランタンから火を街灯に移し入れ、夜の街に明かりをもたらすのである。
 日没と同時、潮風が本格的に凍てつくような冷たさを伴い始める。
 ラルトは震える女の肩を引き寄せて、髪を撫でた。
「もう少しだから頑張れよ。もう帰るから」
「はい」
 ティアレは気丈に頷いた。
 肩を放し、彼女の薄布を被りなおさせてやる。それからラルトは自分の外套も頭から被りなおした。水路の船着場へと階段を下りて、宮城の方へ登るための船を見繕う。
船着場は帰宅を急ぐもので込み合っていた。小舟は見る限りすべてが満員らしく、水守に声をかけては断られる。
「上まで? あぁ空いていますけど、相乗りですぜ」
「構わない」
 ようやく二人分の空席を見つけ、ラルトは安堵に胸を撫で下ろした。先に船に乗って彼女の手を引く。二人分の体重を新たに受け入れた小さな小舟は大きく傾ぎ、またもとの位置に戻った。
(本当に、よくも転覆しないもんだ)
 周囲を一瞥しつつ、ラルトは感心した。乗っているのは水守を含めて八人。縁すれすれに水が来ている。ラルトはティアレを抱き寄せるような形のままで、ひしめき合うほかの乗客の中に身体をねじ込んだ。
 ラルトとティアレが着席した頃合を見計らって、水守の手によって鈴が振られる。出発の合図。水の中に櫂が差し入れられ、行きしなに乗った舟より幾許か大きなそれは、ゆっくりと桟橋から離れた。
 ことんと、頭が肩に乗せられる。
 ラルトは弾かれるように左肩に視線を投げた。白い薄布が外套からはみ出し、更に零れ出た赤銅色の髪がラルトの肩に張り付いている。規則正しい小さな呼吸音が耳朶をくすぐって、ラルトは苦笑した。
(あちこち連れまわしたしな)
 観光めいたこともしたにはしたが、殆どが名を伏せての視察だ。一般人として紛れ込んで各施設がきちんと運営されているかどうか見る視察。学校、病院、孤児院、職業の斡旋所、役所。小さな事務所や出張所が各区域にあって、それらの一部を今日は見て回った。歩き回り、船を乗り継ぎ、また、歩いて。
 普通の従者でも弱音を吐く行程を、彼女は文句一つなく付き従った。初めはよろよろとした歩調も次第にしっかりとした足取りに変わって、まるで影のように離れることはなかった。
 本当は、もっとのんびり色々なものを見せてやりたかったのだけれど。
 自分は、皇帝という責務を捨てられない。
 ラルトは前を向いて、深いため息をひとつ、落とした。
 皇帝という責務を捨てる。それは父と同じ道を意味するからだ。自分に従う数百の家臣、数十万人の民、彼らの信頼を自分に向けさせ、自分は決して国を裏切ったりはしないのだと、証明するためにも。
 けれど。
 今この瞬間、ラルトは申し訳なかった。自分の肩に身体を預けている女に。
 そして、かつて自分が愛した女に。
『傍にいるって、愛しているって……』
(ごめんなヤーナ)
 自分は捨てられない。優先させられない。裏切りの国の皇帝として、意地になっても貫かなくてはならないものが、自分にはあった。
 だが呪いに立ち向かう道が、結局は呪いを呼び込んだのだ。呪いの魔力は想いの手を借り、囁きとなって古い宮城に木霊する。それに耳を傾けたものが、自分に刃を向けるのだ。
 そして、その木霊は自分を愛して信頼してくれている人々にしか聞き取れない。
 ラルトは傍らの女の肩を強く抱いた。ティアレは気持ちよさそうにまどろんで、猫のように頬を摺り寄せてくる。狭いのかもしれない。ティアレの傍らには屈強そうな物売りが腰掛けていて、その巨躯が彼女の細い身体を圧迫していた。
(……変だな)
 ふと覚えた違和感に、ラルトは眉を寄せた。客層が、奇妙だ。老いた水守を除けば壮年の男女ばかりだった。それだけならばなんとも思わない。だが船が狭いのは、乗客が皆かなり大柄なせいなのだ。しかも外套の裾から覗く筋肉は、かなり鍛えられたものだ。目が合えばにこりと微笑みかけられる。
 けれども次の瞬間、目が、笑っていない。
 そして誰もが傍らに、獲物らしき布包みを置いている。
 ラルトは周囲に視線を巡らした。もう日没を過ぎて夜の帳が下りている。街灯の明かりが水面に映って揺れている。暗さで、気付かなかった。進んでいる道は、城へ向かうものではない。ずいぶん時間が経つのに、一つも、昇降機を通過していない。
 全てを悟ったとき、ラルトは自分の迂闊さに毒づきながら舌打ちしていた。脚で鞘を固定しながら剣の留め金をはずす。ぱちんと小さく音が響いて、銀色の鋼が鍔と鞘の狭間から覗いた次の瞬間、ざ、っと客全員が立ち上がり、船が揺れた。
「ティアレ、起きろ!!!」
「……っ!?」
 ラルトは剣を引き抜きざま一閃した。飛び掛ってきた一人を返り討ちにして、ティアレの腕を乱暴に掴み上げる。驚愕に言葉を継げずにいるティアレに、ラルトは叫んだ。
「飛び降りろ!」
 ティアレの反応は早かった。運動神経がお世辞にもよいとはいえないことは知っている。泳いだことがあるのかどうかも判らないが、とりあえず不安定な小舟の上にいられると庇いきれない。彼女の薄布が宙を舞い、次の瞬間派手な水音が傍らで弾けた。
 ラルトは続けて飛び掛ってきた小柄な男の喉を一突きして、揺れる船上で身体の均衡を保ちつつ、ティアレに続いて飛び降りようとしていた男の背を斜めに斬り下ろした。船の傾ぎ、さらに血だまりのぬめりで足が、縺れる。刹那、立て続けに水柱が上がった。
(狙いは彼女か!)
 ラルトは外套を脱ぎ去って、ティアレに追い縋ろうとしている二人組みの上に、投げ網の要領で投げ被せた。背後の襲撃者を無視して、その二人に飛び移る。水が、弾けた。身体に水圧が掛かる。
 一人は上手く飛び移りざまに突き殺せたが、もう一人とは水中でもみ合いになった。よく研磨された刃も水中では意味を成さないことが、不幸中の幸いだった。緩慢に自分めがけて突き出される短剣を叩き落とし、ラルトは水上へ上がった。息が、もたない。
「かはっ……は、ぐっ」
 頭を押さえつけられて、水を飲みながら水中に沈む。暗い水の中に、男の笑みがあった。片目のない男。頭を押さえつけられたままで、更に水を飲んで、意識がだんだんと薄れていく。
(やばい……)
 ごぼごぼと細かい水泡が上がり視界を遮る。空気を失った身体に、上手く力が入らない。更に冬の水の温度が、身体の末端を麻痺させる。空気を吐いてしまわないように空いている手で口元を押さえて、足を必死に動かすが、剣そのものの重みもあってだろう身体が徐々に沈下していった。
 もう堪えられないと剣を手放そうとした寸前、突然身体を押さえつけている重圧が掻き消えた。剣の重みで沈みかける身体に渇を入れて、浮上するため手足を動かす。どこが上かも解らない闇色の水中の指針は、遥か上に浮かぶ男の足と、僅かに漏れる街灯の明かりだった。どうやら自分、かなり深いところまで潜っていたらしい。耳が、痛い。
「っはぁっ!!」
 ばしゃ、ばしゃんっばちゃ……
「このっ……」
 浮上に成功したとしても安心している暇はなかった。ラルトは、一体何故自分への“重石”が消え去ったのか理由を知った。ティアレだ。すぐ傍で、片目の男の身体にしがみついて、動きを封じている女がいた。
 ラルトは男をティアレから引き離すと、腕を上げて剣を男めがけて勢いよく突き下ろした。
「あぁあああぁあああっ!!!!!!」
 悲鳴を上げて男が沈む。剣を引き抜いた拍子に鮮血が顔を汚し、また水がそれを洗っていった。と、同時に手首に痛みが走る。無理な、捻り方をしたせいだと、薄れ掛ける意識の片隅で、冷静な何かがラルト自身に告げていた。
 浮き沈みを繰り返すティアレは、意識を手放しかけていた。自分が気絶するわけにもいかない。海藻のように揺らめいて広がった髪を腕に絡めて、ラルトは女の痩躯を引き上げた。浮力に助けられているとはいえども、無茶な使い方をしているせいで腕が悲鳴を上げている。
 ティアレを片腕に抱いたまま、端まで泳ぐ。縁に手をかけて、力を入れてティアレを片腕で押し上げた。彼女は、朦朧としているのか瞳の焦点があっていないにも関わらず、殆ど、本能だろう、自力で地上に上がった。
「ご、げほっげほっごほっ……は。……ら、ると、さま」
 ラルトはその声を聞きながら剣を地上に放り投げ、自分の身体を押し上げた。助かったことからの安堵に、睡魔が忍び寄ってくる。まだだ、とラルトは下唇を噛み切った。まだ二、三人、襲撃者を乗せた小舟が近寄ってきている。
「ティー、走れるか」
「は、い」
 ラルトは剣を拾い上げ、空いた片手でティアレの腕を掴み上げた。水を吸って重くなった外套を捨てさせ、ラルトは彼女の手を引いて走った。


 一体、どれほど暗い夜道を走ったのか。
 ティアレにはもう判らなかった。走る、ということ自体、ティアレにとっては親しみのないもので、ほぼ自動的に感覚もなく動く足が、行く距離を計測できるはずもなかった。
 幾度か裏道を抜け、陸橋を渡り、宮城の方へとただ急ぐ。水路を使わなくても、戻ることはできるらしい。ただそれには、必要以上に遠回りが必要なだけで。
 いつの間にか月が昇っていた。ぽつぽつと石畳を照らす橙の灯をかき消すほど、今夜の月光は明るかった。それは果たして、自分たちにとって敵か味方か。ラルトが道を選ぶ手助けには、なっているのだろうが。
 だがいまだ渇かない衣服から零れる水が、追跡を容易くしているのは否めなかった。一度靴の中の水を捨てたが、それでもぐちゃりという嫌な音と雫が石畳に跳ねていた。
 遠くで、獣の遠吠え。
 時折浮浪者らしきものたちとぶつかる。先導するラルトは歯牙にもかけず彼らをやり過ごし、ティアレは彼に従ってただ走るだけだった。こんなに今まで、走ったことがない。破れそうなほど心臓は鼓動を打ち、肺が引き絞られる。ただ、手が熱かった。ラルトに握られている手が、異様なほどに熱を帯びていた。
 背後の足音は止まない。追尾されているのだ、という自覚はある。だけれど、命のやり取りをしている緊迫感よりも、自分を支配する感覚がある。
 きっと、心臓が痛いのは、走りすぎのせいだけではない。
 前を真っ直ぐ見て、水で濯がれたとはいえ薄く血糊がこびり付く剣を携えて走り続ける背中と横顔は精悍だ。時折、彼はこちらをみて様子を確認してくる。頑張れ、と声が掛かる。勇気付けるように、微笑まれる。それだけで、胸が痛かった。
「つぅ!」
 思考は足首の鈍痛によって突如中断された。捻った拍子に派手に転倒する。膝と腕を思いっきり擦って、走った痛みにティアレは更に顔をしかめた。
「大丈夫か?」
「は……だい、じょう、ぶ、です」
 手を借りて、立ち上がろうと脚に力を入れる。だが酷使した筋肉は、一度止まると再び動くことを完全に拒否した。足首の痛みと、どうしようもない疲労感が身体を包む。
 短く呼吸を繰り返して、肩を揺らす。ふと影がさし面を上げると、ふわりと身体が浮かび上がった。
「ラルト様!!」
「黙ってろ」
 ラルトはティアレの背中と膝の裏に腕を差し入れて持ち上げてきた。剣の柄に縛り付けられている紐を加えて彼は再びよろめきながら走り出す。剣が揺れて、少し、彼の腕を傷つけていた。
(……泣いては、いけない)
 ティアレはラルトの首に腕を回ししがみつくと同時に、ラルトの代わりに剣を腕に抱えた。抜き身の刃は容易く腕に裂傷を作る。じんわりと、滲む血。けれどこの痛みは、一体彼の感じている痛みのどれほどだというのだ。
 狙われているのは自分だと、ティアレは気付いていた。ラルトも、気付いているのだろう。
 どうしてこんなにしてくれるのだろう。どうしてこんなに傷ついてくれるのだろう。やはり、変な人だ。今まで、そんな人はいなかった。里親すら、命乞いに自分をあっさり差し出したのに。
ラルトが立ち止まり、ティアレをそっと下ろした。場所は上の階層に上がるための階段の影。近くを、水が流れている。
 ラルトの息は荒い。額にはものすごい数の水滴が浮かび、首筋を脂汗が伝っていた。それを拭おうと手を伸ばすと、ラルトの手がやんわりと拒絶する。
「いいか、ティアレ」
 絶え絶えの息の隙間に、彼が囁いた。
「もう、ここまで、くると、あとは真っ直ぐ、上に、上がれる。治安も、悪くはない。貴族の、区域に入るからだ。ここで、少し休んで、それで上に上がって、誰でもいい、兵士に、ジンに取り次ぐように言え」
 そういってラルトは、耳飾りを握らせた。いつもしている金の、印章が入った耳朶の縁を包む形の、小さな耳飾りだった。
「リクルイトの印章が入っているから、無視されることはない。見せればジンに取り次いでもらえる。どうせ俺が帰ってこないことで、ちょっと騒ぎになっているはずだ。今日、会議入っていたしな」
 冗談のように微笑むラルトの腕に縋って、ティアレは身を乗り出した。彼の瞳が、狼狽に揺れる。
「ラルト様……ラルト様は?」
「俺はしつこい奴らの足止めにいくから」
 訊きたい事もあるんだ、と彼は微笑みながらティアレの身体を押し返した。いいな、と念を押して、立ち上がろうとする彼の腕を、ティアレは反射的に掴んでいた。
 行かないで、ここにいて、そんな言葉が喉下まで出掛かって消える。彼が行くのは自分のためだ。それなのに我が侭はいえない。彼には彼の、ティアレにはティアレの出来ることがある。ならばそれをやらなければならない。
 けれど。
 ラルトは再び腰を落とした。頭の線に沿って、その大きな手で包み込むようにして髪をゆっくり撫でてくる。
「ティー……」
 まるで、子供をあやすような、甘い声音だった。
 全てを投げて身を任せてしまいたくなる。こんなときだというのに、その腕の中に飛び込んで永遠に眠れたら、どれだけ幸福だろうと思った。けれども事態は逼迫しており、そんな甘い考えに酔う時間は、微塵もない。
 ティアレは、瞼を閉じて震える唇から声を絞り出した。
「……お気をつけて」
「あぁ」
 かちゃ、と鍔鳴りの音がする。立ち上がった彼は振り返りもせず来た道を駆け足で引き返していった。
(……ラルト様)
 死なないで。
 ティアレは膝を抱えた。苦しい。息ができない。
 胸に詰まるものがある。目頭が熱くなり、鼻腔の奥がとても痛い。ぎり、と歯を食いしばって、酷く久しぶりのその感覚に、ティアレは耐えた。
(泣くべきではない)
 彼は戦っている。自分のために、痛みも疲労も全て堪えて、剣を持って走っていった。
 これは果たして呪いだろうか。何のために自分が狙われているのかはわからない。けれどもし彼が、ティアレが因で死ぬようなことがあるならば、きっとそうなのだろう。
 けれど、そんなこと、決してあってはならない。
(呼吸を、整えて)
 脚を擦る。ゆっくりと。どのようにすれば蓄積した疲労が和らぐのかティアレは知らない。だが、筋にそって手で揉み解せば、強張った筋肉が幾らかほぐれていくのが感じられた。
 前を向いて。頭を冷静に保つ。何をするべきか、きちんと整理して。
 呼吸が静まるにはかなりの時間が必要だった。もういいだろう。ちゃぷちゃぷと水路の縁に水が当たる音が聞き取れるようになったころ、ティアレは面を上げた。壁に手をつきながら立ち上がる。
 捻った足首に鈍痛が走るのはどうしようもない。すこし足を引きずりながら回り込み、ティアレは階段をゆっくりと制覇しにかかった。
 階段は、数がかなりあった。下に水路が通っているせいもあって、踊り場が橋のように長い。貴族の区域に入るのなら、それほど探さず哨戒兵を見かけることができるはずだ。
 階段を上りきろうかというところで頭上にふと影が差した。面を上げて、目を細める。ランタンの灯が、酷く目に染みた。
 額に手をかざして、目を細めながら影を見つめる。次第に焦点が合い、自分を見下ろしているのが外套を羽織った男だということが判った。そして同時に、城の兵士であるということも。朝方城を抜け出るときに見た兵士の服装ではなかったが、ティアレはその顔に、見覚えがあった。
「あの」
 男がゆっくりとティアレのほうへと歩を進めてくる。
「お願いします。追われていて、ジン様を、呼んでください! 宰相の――。お願いします。あちらで、ラルト様が――陛下が、戦っていらっしゃるんです!」
 男は、壮年の域に差し掛かった男だ。ティアレをラルトの前に引き出した、デルマ地方併合に一役買った、あのハルマ・トルマを落した将軍だった。かつん、と硬質の靴音が静寂の支配する街中に響く。男が、一歩一歩、間合いを詰めてくる。頭上に殆ど満ちかけた月が昇って、不気味なほど青白く輝いている。
 ティアレは異様な圧迫感に、思わず後ずさりしていた。嫌なものが背を伝い落ちる。男の顔がしっかりと認識できるほど距離が縮まったとき、ティアレは息を呑んでいた。
「――あなた……」
 抜き身の剣を下げた男は、目を細めて嫣然と微笑み、ティアレの訴えに短く答えた。
「――……知っている……」


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