あかつき(裏切りの帝国)


 海猫の啼きで目が覚めるのは、既に少し慣れつつあったが、今日はいつもよりも早かった。大きくきられた窓の外をちらりと遠めに一瞥すれば、うっすらと水平線近くが白んでいるようだから、夜明け近いのは確かだ。けれども、まだ夜。
 夜の終わり。あかつき。
 ぽすん、と頬を落とすと、慣れすぎてしまった肌の感触。その震動に意識を僅かにゆりおこされたのか、大きな手のひらが伸びてくる。うぅん、という呻きと、身じろぎ。右手は後頭部。左手は背中。どちらも感触を確かめるかのように幾度か上下往復して、そしてすぐに止まった。また、深い眠りの世界へ戻ったのだろう。
 安らかな吐息が規則正しく響く。
 ほんの少し、顔を起こして、直ぐ傍にある顔を見つめる。潮風に毎日当たっているせいか、少し髪はぱさぱさしているけれども、長い睫毛は相変わらずだし。整った顔は、皺などでちっともそこなわれていない。よくよく見ると額や頬などになどに、うっすらとした傷跡の名残があるのだけれども。
 普段はこうやってまじまじ観察することはない。自分も夜明けと共に目が覚めるほうだが、彼もいい加減早起きで、大抵自分より先に起きている。それに、彼は眠る姿を他人に見せても、大抵それは仮眠程度で、半径いくら、という距離に近づけば、ばっと目を覚ますひとで。自分の傍ではよく眠るが、それでも自分がまず先に寝てしまうので。
 ひんやりとした肌が気持ちいい。何かいい夢をみているのか、ほんのり緩んでいる口元。
 なんだか、得した気分。
 気持ちのいい海辺の街のあかつき。優しく笑って眠る愛しい人。肌を重ねるのは気恥ずかしいけれども、相手が眠っているのならからかわれなくてすむし。ぺったりと頬を鎖骨の窪みにのせて、目を閉じる。
 夜明けにまだほんの少し足踏みしている、あかつきのまどろみを楽しむために。