欠落(女王の化粧師)


「リヴォート様はお元気なのですか?」
 前触れのないキリムからの問いにマリアージュは紅茶の入った茶器を取り落としかけた。
 ヒース・リヴォート。当主代行としてミズウィーリ家を支えていた男。
 白皙の美貌を持つ非常に有能な青年は、マリアージュが女王として選ばれた日の夜、何者かの襲撃に遭った際に姿を消した。
 ミズウィーリ家の内情に詳しかったためか襲撃者たちに拐かされた。以来、行方不明。
 そのようになっている。
 男の正体を明らかとすることはよろしくない。マリアージュの地位を揺るがしかねない。死去の報を出してもよかったが、あまりに色々ありすぎて、そのままとなっている。
 本当に久方ぶりにミズウィーリの本邸に帰り、なつかしい顔ぶれに取り囲まれて気が緩んでいた。
 不意を衝いたキリムの問いにマリアージュは顔を取り繕うことを忘れていた。
 キリムは父が幼少のみぎりより付き添っていたという。父がヒースにミズウィーリの家のすべてを任せるよう遺言しても、反意ひとつ見せずに補佐してきた男だった。彼とヒースがどのような関係を築いていたか、マリアージュは知らない。ただ、ヒースが姿を消したとき、この男はひどく胸を痛めているように見えた。
 キリムはマリアージュを見下ろし、表情を変えぬまま、言った。
「やはり……生きておいでなのですね」
「キリム」
「しかし戻られぬということは、何か事情がおありなのでしょうな」
「……キリム」
 マリアージュは語調を強めた。
 しかしキリムは口を閉じない。
 暖かな日差しに満ちた外へ、ついと視線を移した彼は、淡々と独白のように語り続ける。
「ダイが訊きに参りました。彼がどのようにこの家を回していたか。どのようにあなたを押し上げていたか。ダイをこの家につれてくるまえと、その後のときのことを。死者を悼む様子はなかった。行方不明となった者を案じるでもなく、かといって記憶が風化したようでもない。……生きている彼に会ったことがあるのだとわかりました」
 誰にも申しません、と、キリムは言った。
「どんな事情があれ、生きているのなら喜ばしいことです」
 知れば、誰もがきっと喜ぶでしょう。
 皆、安否を案じておりましたから。
 キリムは穏やかに言った。
「マリアージュ様と、ダイと、リヴォート様が、お揃いでないこの家を、わたくしはどこか物寂しく感じてしまうのですよ」
 あの日々は。
 たった半年ほどだったのに。
 おかしいですね、という、キリムが苦くささやく。
 マリアージュはため息を吐いて、そんなことないわ、と、返した。