仕方ないなぁと彼女は笑った(女王の化粧師)

「もしも生きていたら」
 目覚めの唄を小鳥が歌う朝ぼらけ。
 山間から顔を出した日の斜光を受けて、淡いばら色に染められ往く墓石を見ながら、ディアナは呟いた。
「あなたといるわたしに、ユマは怒るでしょうか」
 生前のユマはそもペルフィリア自体に半ば敵意を抱いているような感じだったから、いま自分の隣で共に彼女の墓石を眺める元ペルフィリア宰相の男を見て、何というだろう。
 彼は僅かに視線をこちらに落としただけで何も言わない。
 王城内にある共同墓地は美しい庭園で、有事のとき以外は公園として開放されてもいるから、日中はそれなりのひと通りがある。しかし開園にはまだ早いこの時分、見える人影は自分たちふたりと、その少し後方に控える護衛たちのみだ。時折、小鳥が朝食を探しに低木の根元に潜り、揺れるは朝露に濡れる緑と、綻び初めの花ばかり。
「本当は、話したかったんです。ユマに、あなたのこと」
 この静穏で清浄な場所に落ちる自分の声はどこか遠い。
「一度、ユマがあなたの……ヒースのことに、興味を持ったことがあって。どこまで話すかはわたしが決めていいって、マリアージュ様はおっしゃいました。けれど、踏み切ることができなくて――結局、何も話せないまま」
 彼女の友情への感謝すら告げることすらできずに。
「ユマは逝ってしまった」
 自分を軽んじるなと、自分を叱ってくれた。
 大切なともだちだった。
「わたしには怒るでしょうね」
 と、ヒースが口を開いた。
「あなたを踏みにじった側ですし、事情を述べたところで、納得できるものは少数でしょう」
 実際、ユベールやランディたちといった、女王の化粧師に近しい者たちが、ヒースに何も思わずにいることは難しい。当人の手前、納得したように笑ってくれてはいるが、複雑な感情を抱いているはずだ。
「わたし自身、自分でよかったのか、と、あなたに問いたくなる」
「……仕方ないじゃないですか」
 少し呆れの滲む男の言葉に、ディアナはため息を吐いた。
「命を懸けても、あなたが欲しかったんですから」
「……あなたがそう言ってくれるなら、この方も、わたしがあなたの隣にいることを、許してくれるでしょう。あとはわたしが、あなたの隣にいるにふさわしいのだと、証明できるように、振舞っていくだけです。それこそ、命を懸けてね」
 ヒースが囁いて、こちらの身体を軽く抱き寄せる。早朝の清涼な空気に、彼のぬくもりが心地よい。
「もしもこの方があなたを叱るというのなら、わたしがすべてその怒りを引き受けるから」
「やめてくださいよ、そういうの。わたしたち、ふたりで等分するんだって決めたじゃないですか」
 過去も贖罪も幸福も。
 そうでした、と、男は笑って、頬をディアナの頭に摺り寄せた。
 陽が登り、墓標の並ぶ緑の丘に光が満ちる。
 白い墓標を囲む花々の纏う雫が、きらめいて、とてもきれいだった。