よいこの家族計画(女王の化粧師)

「薬を貰えるように、医師に話を通しておいてもらえますか?」
「いいですけど、何のお薬ですか?」
「避妊薬」
 ディアナはヒースの胸元から顔を上げて、ぱちぱちと瞬いた。彼はこちらの腕を取り上げて矯めつ眇めつ眺めている。暖炉の火がくすぶる彼の部屋。時刻は夜で、もうすぐ消灯。自分は寮に戻る支度をしなければならないのだが、男と離れがたくて、寝台の上、同じ布団にくるまって寝そべったままでいる。
 しばらくして彼は呟いた。
「ほそい」
「……に、肉が付かないのは元からです……」
「知っていますが、もう少し太らないと」
「……そっちの方が好みです?」
「そんな話はしてませんよこのままだと、妊娠に耐えられないでしょう。わたしはあなたを失ってまで、生きるつもりはありません、ということです」
「あー……それで、お薬、ですか」
 ヒースは宮廷医から投薬を受けている。味覚と睡眠障害の治療だ。自分は診察に同席しないが、担当医から報告を貰っている。彼の治療に不要な薬は、こちらが許可を出さなければ処方できない決まりだった。彼はディアナが先に医師と話しておくことで、次回の診察までに薬を貰いたいのだろう。
 ぽて、と、彼の胸元に頬を落として、わかりました、と、ディアナは答えた。
「明日には伝えておきます。……うう、ちょっと恥ずかしい」
「何をいまさら」
「そうなんですけど。……でも、よかった」
「何が?」
「んー……ヒース、欲しくないのかなって思ってましたから」
「子どもを?」
「そうです」
「優先順位が違うだけです。子どもとあなたならあなたを取る。わたしも足場を固めたいですしね」
 マリアージュの配慮で公の立場は確立されたが、ヒースはペルフィリア出身の平民の出だし、ディトラウトとしての顔を知る諸外国からもいい顔はされない。人脈を構築し、情報を得て、揺るがない地盤を築く時間がほしいとヒースは言った。
「いまのわたしにはあなたと、生まれた子どもを守るだけの力がないから」
「……できたら、うれしい?」
「もちろん」
 するっとお腹を撫でられて、くすぐったさに身をよじる。
 くすぐり返し、ふたりでけらけら笑っていると、外の扉がどんどんと叩かれた。
「ダイー、そろそろ消灯だぞー」
 外で警備の番を務めているランディだ。自分の近衛は新人だから、彼が急かす役を請け負ったのだろう。
 ディアナは灯っていた招力石を消して、扉の方へ声を上げた。
「いまいきます!」
 ヒースが身体を起こす。いつも通り見送ってくれるらしい。
 身支度を整えて、ほどけていたこちらの髪を手櫛で梳き、結い直してくれる。
「ヒースは今日は眠れそう?」
「おかげさまで。あなたもゆっくり休んで」
「はぁい。……おやすみなさい」
「えぇ、おやすみ」
 就寝の挨拶に口づけながら、この温度が傍らにあることが、早く当然になればいいと。
 逸る気持ちで思った、平和なとある夜。