幸福な時間(女王の化粧師)

  わたしは今、聖女さまにお仕えしています。宰相さまのお姫さまーーシンシアさまは、とても賢くて、とても美しくて、なのに気性はさっぱりしていらして、そして、おかわいらしい方です。
「ラスティ、香油をとってください」
「だから、そこまではいいと」
「はいはい。これはわたしの練習のためです。もっと言えばあなたの陛下のためです。実験台です。大人しくしてください」
 もすっ、と、宰相さまの額を自身の膝上に押さえつけて、シンシアさまはもう片方の手をわたしに延べる。
 寝台の上、シンシアさまに膝枕されて仰向けに寝そべる宰相さまは、眉間に皺を寄せて小難しいお顔をされている。あれはね、照れてるんだよ、たぶん、と、わたしに耳打ちなさるのはゼノさまです。ゼノさまは、たいそう愉しそうなお顔です。
 シンシアさまは上機嫌で、手のひらにごくごく薄く香油を伸ばし、宰相さまの瞼の上をてのひらで温めはじめられました。
 次に、目頭と、眉がしらを指圧して、額や、髪の生え際をほぐす。小さくて、やわらかな指先で、宰相さまのお顔を愛でるように。宰相さまも次第に息を深くされ、ゆったりとシンシアさまに頭を預けてしまわれる。
 そんなとき、シンシアさまはとてもうれしそうに、くしゃくしゃの顔で、愛おしそうに、いまにも口付けたそうに、宰相さまをご覧になるのです。その、シンシアさまの、愛らしさときたら。あぁ、なんて。幸福そうに微笑むのでしょう。
 日頃、シンシアさまは、さっぱりとしたお方です。宰相さまとも口論するような激しさだってお持ちです。立ち振る舞いは清廉で、ただただ苛烈で美しいもののようにみえるのに。
 宰相さまを甘やかすときだけ。とてもとても、かわいらしい、女の子になってしまわれる。
 そんな聖女さまのお側にお仕えして、親しくしていただけていること。わたしには、身に余る幸福に、思えるのでした。