酒宴(女王の化粧師)


「あ、ダイにお酒渡したらだめよ」
 ダイに飲み物を選ばせた後、酒を注ぐためにマリアージュの元に戻ったヒースは首を傾げた。
 安息日の夜。ささやかな酒宴。使用人にも酒を許された夜。
 ダイが手に取ったものは、確か見た目も甘い果実酒だったはずだ。
「は? どうしてですか?」
「あの子酒てんでだめだから。様子見てきなさいよ。廊下でばったり倒れてるかもしれないわよ」
「なんで先に仰ってくださらなかったんですか!?」
「面白そうだったから」
 一口でも顔が赤くなるし、一杯でも飲みきればくにゃくにゃになって面白いのよね。
 淡々と告げる主人に、最悪だ、と苦い顔を返して、ヒースは来た道を引き返した。
 捉まえた侍女にダイの所在を聞く。どうやら彼女は手水場に行くと広間を抜けたらしい。
 彼女を探して廊下を歩くと案の定。
「ディアナ」
 階段に腰掛けてぐったりと壁に寄りかかっている化粧師の少女を見つけた。
「うー」
 ヒースが腕を取ると、ダイは顔を真っ赤にしたままこちらを見上げた。
 目の、焦点が合っていない。
「大丈夫ですか?」
「ひーす」
「すみません。酒が駄目だなんて知らなかった。何杯飲んだんですか?」
「なんはー?」
「杯に」
「にー?」
「二杯?」
「いっきに、のんで……こほこほいって……また、もらったのが、おみず……ほしかったのに、おさけ」
「で、また飲んだ、と。匂いで気づいてくださいよ」
「だって、ね、いーにおい、だった」
 少女はえへへ、と笑う。駄目だ。完璧に酔っ払っている。
「立てますか? 部屋に行きましょう。もう休むといい」
「うーらめ。たてない……」
 普段はとにかく自分でどうにかしようと動く彼女が、今に限ってはぐだぐだだ。腕をとるこちらに、彼女はいやいやと子供のように首を横に振る。
 どうすべきか、と思案していたこちらに、細い腕が伸びてきた。
 ぎょっとなりながら寄せられた華奢な身体を支え、首元をくすぐる黒髪に当惑しながら声を掛ける。
「……ディアナ?」
「ねむいー」
「ちょ、ま、ねないでください」
「やー。ねる。ねる」
「ディアナ。お願いだから」
 自分で立って、と懇願するが、少女は首を横に振り、頭をこちらの身体に擦り付け、首に回した腕にぎゅぅ、と力を込めてくる。
 成長が止まっているせいで、華奢で幼くありながら。
 しかし確かな柔らかさを宿す肢体。
 ぞ、と背筋を這い登ってくるものを覚えて、ヒースは慌ててその身体を離そうとした。が、少女はちっとも離れない。
「ひーす、ひーす」
 舌足らずに、名前を繰り返す。返事をするまでこのままなのだろう。仕方なく、その場に腰を落として問い返す。
「……何ですか?」
「あのね……」
 何かを言いかけ、少女がふわ、と笑った瞬間。
 がくりと、身体が崩れ落ちた。
「うわ」
 階段から身体が落下しないように腕だけで支えるのは骨が折れた。
 眠りの世界へ落ちてしまった少女の身体を膝の上に落として嘆息する。ダイは膝の上で丸まり、頬を幸せそうにこちらの胸に寄せて夢の世界を旅している。
「ディアナ、起きてくださいディアナ」
 軽くその頬を叩いてみても、反応はなし。
 むしろもぞもぞと身体を居心地の良い位置に押し込めて、身体をさらに寄せてくる始末だ。
 口元に浮かぶ、幸せそうな笑み。
 駄目だこれは。完璧に熟睡している。
 ヒースは思わず天井を仰ぎ、仕方なく少女の身体を抱き上げて別館の部屋へ運び入れたのだった。



 後日。
「すすすすす、すみませんヒースが運んでくれたって聞いたんですけど本当にすみません!」
 ダイが涙目で謝りに来た。
「貴女、あのときのこと覚えてないんですか?」
「す、すみません。実は最初のお酒飲んだところで記憶曖昧で……多分ティティにもう一杯お酒のまされたんだろうなって思うんですけど」
「全然覚えてないんですか?」
「うぅ。もう完璧、記憶とんじゃってます……私、何かしました?」
「いえ……」
 酔っ払って、寝ていただけだ。
 たいそう、こちらには苦行を強いてくれたが。さすがに少女一人を腕に抱えて長距離移動するのは痺れた。
「ちびちび飲んだらまだ大丈夫なんですけど……一息に連続で飲まされると私本当に駄目で……」
「まぁ、貴女に酒を飲ませてはいけないということは、よく判りましたよ」
 少なくとも、他の男の前では。
(……ん?)
 ふと胸中を過ぎった自分の考えの不可解さに首を傾げたが、続けてダイが酒の弱さについてあれこれと並べ立てるものだからすぐに意識はそちらに引っ張られ、何を考えていたのか忘れてしまった。

 平和な日の一幕である。