王冠(黒き森の祭典)


 本当にこれでよかったんだろうか。私は、選択を間違ったのではないだろうか。
 ルゥナは繰り返し自問した。
 属領ではなく、国を目指す。そう、宣言した。大国相手に。それに、大勢の村人たちを巻き込んだ。
 ドッペルガムは森の奥地に存在する村である。町ですらない。城どころか大きな屋敷もない。虐げられるばかりで、ただつつましく生活を享受することだけを祈っていた人々をすべて巻き込んで、独立。この森すべてを領地として。
 祭り騒ぎに似た熱が引き、冷静になればなるほど、自分はとんでもないことをやらかしたのではないかと、ルゥナは思った。村の片隅にある納屋に引きこもり、膝を抱えて煩悶する。怖くて怖くて、手が震えた。
「ルゥナ?」
 納屋の扉がそっと開き、聞きなれた声が暗闇に響いた。まだ若い、少年といっても差し支えないような男の声だった。
「セイス」
 セイスは納屋の扉を後ろ手に閉め、この暗闇の中、何かにけ躓くようなこともなく、滑らかな足取りでルゥナに歩み寄ってきた。膝を抱えているこちらの目の前に、腰を落とす。男の手がそっと伸びて、髪に触れた。
「セイス。あたし、とんでもないこと、したのかな?」
 頭を撫でてくる男に、ルゥナは涙ぐみながら尋ねた。
「どうしよう。侵略とかされたら。今回は追い払えたけど、次、たくさんの兵士つれてこられたらどうしよう」
「侵略されないための、独立だよね?」
 そう。こんな侵略と搾取はこりごりだと思ったのだ。姉は恋人と引き裂かれ、陵辱されて殺された。幼馴染も死んだ。気のいい農夫達もたくさん死んだ。畑は荒らされ、川は汚される。しばらくは、飲み水として使うことができなくなるだろう。
 こんなことは、たくさんだと思った。どんな国も自分たちを守ってくれないのなら、自分たちが国として立てばいい。そう、思った。
「でも」
「大丈夫」
 セイスは断言し、懐から何か光るものを取り出した。闇の中にあって、なおも細かく煌いている。
 小さな、冠。
 それを、セイスはルゥナの頭に載せた。
「……セイス?」
「さっき作ってみたんだ。招力石の屑で。宝石でもなんでもない、小さな冠だけど。少しは女王様っぽいかなって、思って」
 魔を封じ込めた招力石のかけらたち。それによって創られた小さな冠は、きらきら、きらきら、銀の光を宿して、ルゥナを照らす。
「ルゥナ。大丈夫。自信をもって。君の選択は間違ってない。だれも、恨んでない。あの時、誰もが望んでできなかったことを、君はやり遂げたんだ」
 搾取されない国がほしい。自分たちのためだけの国。
 それを、口にした。誰も恐れて口にできなかったことを、ルゥナだけが。
「僕が君を女王にしてみせる」
 君が僕を助けるために、命をかけてくれたように。
 奴隷の身分にあった魔術師の男は、ルゥナの手を強く握りながら、熱を込めて言う。
「そのときは、君の頭に、こんな屑の冠でなく、宝石で飾った金の冠を載せてみせるよ」
 ルゥナは下唇を噛み締め、頭を振った。
「これでいい」
 ルゥナは頭に飾られた小さな冠に触れた。そこには、彼の温かさが宿っているかのようだった。
「これでいいから。このままでいい。けれどその代わりに、地獄に付き合って、セイス」
 セイスは微笑んだ。彼が感情を表立って表すことは滅多にない。けれど、微笑んだ。その微笑が、とても力強いものだったので。
 ルゥナは笑った。もう。迷わなかった。
 これから自分たちは、茨の道を、歩いていくのだ。