回復値(金環蝕)


 転移から現出すると、炊事場に立つヤヨイの姿が見えた。
「やよいー」
「あ、ラヴィさまおかえりなさきゃっ……」
 背後からぎゅうぎゅうと抱きしめて彼女のちいさくて柔らかい身体を満喫する。ここ数日、筋肉もりもりな男に囲まれて二六時中いたものだから、ヤヨイ成分が欠乏して仕方がなかった。
 はーと息を吐くと、腕の中でヤヨイが苦しげに身じろぎする。
「ラヴィさま、い、いたい……」
「あ、ごめん」
 力を込めすぎたらしい。ラヴィは腕の力を緩めてやった。
 黒髪を三つ編みでまとめた娘は、軽く口先を尖らせてラヴィを説教する。突然はよしてください、だの、包丁を握っているときに危ない、だの。その言い方が、ヤヨイだよなぁ、と眺めていると、彼女は呆れた顔でため息をひとつ落とした。
「そういえばラヴィさま……」
 包丁を安全な場所に置いて、ヤヨイが洗った手の冷えた指先をラヴィの頬に触れさせる。
「あの……なんだか……おひげのびました?」
 彼女からどうにも照れ臭そうに指摘され、ラヴィは自分の顎を撫でさすった。
「あ、本当だ」
「というか伸びるのですね……」
「あー、あんまり伸びないっちゃ伸びないからなー」
「髪とかはどうなっていらっしゃるんですか?」
「あぁ、伸びるよ。爪とかも、ゆっくりだけど」
 ラヴィは不老不死であり、負傷すれば再生する。だが体毛の類は非常にゆっくりだが伸びる。切ったからといって瞬時に再生することもない。
「髪や爪を切り揃えたぐらいなら再生しないよ。逆に髪が全部焼けたとか爪が剥がれたとかになると回復するけど」
「知りませんでした。回復の速さにも差があるのですね」
「基本的に生命維持に関わるようなものほど早い。斬りつけられただけじゃ回復までに少し遅れが出るかな。切り落とされると一瞬だよ。試したことがある」
「……ためされたんですか……」
 ヤヨイが渋面になった。彼女は腕のいい術師だし、ラヴィの仕事に付き合って戦闘に参加したこともそれなりあるが、血なまぐさいことはどちらかというと苦手なのだろう。
 ラヴィは笑って、彼女の両方の頬を手でうにっと摘まんで伸ばした。もちもちとした感触が気持ち良い。食べてしまいたくなる。
「痣とかも治るまでちょっと時間があるなぁ。ほら、ヤヨイが吸い付いた跡とかも朝ぐらいまでなら残ってるだろ?」
 刹那、ヤヨイは顔を真っ赤に染め上げて、涙を浮かべてラヴィの胸をどん、と叩いた。
「だから! どうしてそういうことおっしゃるんですか!」
 からかいがいがあるからに決まっているが。
 じたじたと暴れるヤヨイを抱きしめて、頬を摺り寄せる。やー! ひげがいたいー! と悲鳴を上げる彼女を笑っていると、背後の扉がどんと叩かれる。
 動きをとめて振り返ると、家主の魔術師が笑顔を浮かべてそこにいた。
「ちょっと……ひとの家でいちゃつかないでくれるかしら……?」


「ヒースたちがいちゃついているのはなぁんにも思わないのになぁ……ラヴィだとなぁんか腹が立っちゃうのよね。爆発してみる? あ、ちゃんとラヴィだけ爆発させるから。ヤヨイちゃんにはなぁんの被害もださないから」
「やめてくれ。爆死させられる経験は一度で充分だし」
「……させられたことあるんですか? 爆死……」