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第六帖 さやけくこひたもう 1


 電話が、かかってくるようになった。


「露子、電話よ」
 母の呼び声に息を呑み、わたしはのろのろと立ち上がる。自宅の固定にかかってくる電話は、和真くんの依頼を受けた友人からのものだ。
「加奈ちゃんから」
 いまどき家の電話を経由して、連絡しようとするひとは滅多にいない。その不自然さを彼女はどうやって母に納得させたのだろう。訊きだす気力もなく、わたしはただ、慄いていた。
「はい。露子です」
『……露子?』
 震える友人の声に、虚脱を覚えた。
 わたしはフローリングに腰を落とし、両足を投げ出した。壁に力なく背を預け、ごつりと後頭部をもたせ掛ける。足の桜色に塗った爪先が欠けて、地の色が少し覗いていた。
「加奈ちゃん……」
 ……――こういうことは、辞めてほしい。
 もう何度繰り返したかわからぬ訴えを、わたしは溜息と共に呑み込んだ。
 その代わりに、やはり幾度となく繰り返した問いを投げかける。
「……和真くんは……?」
 加奈ちゃんは苦渋に満ちた声音で呻いた。
『あんたのこと、今でも好きで、苦しんでるよ』


「露子、大丈夫?」
「うん」
 心美ちゃんはわたしの顔を心配そうに覗き込み、大丈夫と嘯くわたしに向けて、その唇をへの字に曲げる。何度同じやり取りを交わしたのか、もうわからなかった。
「加奈から電話きた?」
「うん。昨日の夜」
「……全く……こんなこと間違ってるのは、あの子もわかってるはずなのに!」
 心美ちゃんが、苛立ち露わに吐き捨てる。
 わたしは彼女を微笑で諌(いさ)め、自動販売機の取り出し口に手を伸ばし、紙パックのジュースを取り上げた。
 ――……加奈ちゃんが最初に電話を掛けてきたのは、あの雨の日の翌々日のことだった。
 ずぶ濡れになったわたしは、またもや発熱して臥せっていて、電話は見舞いの許可を請うものだった。それに、わたしは否を返した。身体を冷やしたことが直接的な原因とはいえ、体調不良が彼女に移りでもしたら困る。そう思ったからだ。
 にもかかわらず、加奈ちゃんはやってきた。九月末に予定されたあの旅行の継続をわたしに――そしてわたしの母に――伝える、和真くんの名代として。
 以来、加奈ちゃんは定期的に電話を掛けてくる。わたしが勝手に中止にしてしまわぬよう、彼女は話題を適度に振りまいていく。姿を見せない和真くんの代わりに。
 バナナミルクのストローを咥えたわたしの手元で携帯が震えた。メールだった。
 差出人は、和真くんだ。
「また和真?」
 嫌悪に眉をひそめる友人を横目に、わたしは黙ってメールの内容を確認する――いつもと同じだ。
 たった一言、『別れない』。
 あれから和真くんと会ったのは一度だけだった。彼はわたしに、諦めない、と言った。諦めない。あきらめないからな。
 拳を握りしめて訴えたその日から、和真くんはこうやって頻繁にメールをわたしに寄越す。
 別れない。好きだ。旅行楽しみにしている――……。
「宿はキャンセルできたの?」
 心美ちゃんの問いに、わたしは首を横に振った。
 手続き一切を和真くんに丸投げしていたわたしは、情けないことに宿泊先を把握していなかった。一緒に見た旅行雑誌に掲載されていた宿だということは覚えている。選べと言われて指差したあの旅館。けれど名前がどうしても思い出せない。雑誌もずいぶん探したけれど見当たらない。
 どれだけ彼に対して投げやりだったか、わかるというものだ。
「露子。わたし、正直言って和真はやりすぎだと思う。こんなの……誰が見たってひどいって。加奈を利用するやり口も気に入らない」
「加奈ちゃんを巻き込んだのは確かにひどいと思う」
 何故、加奈ちゃんが自らの行為に慄いている節を見せながら、和真くんに協力するのかはわからない。
 ただ彼には、無関係な人を巻き込んでほしくはなかった。
「だけどきちんと話せば、和真くんはきっとわかってくれるよ」
「話を聞くつもりがないやつに、いくら言っても一緒だよ!」
 心美ちゃんがだん、とテーブルを叩いた。
「おばさんたちに話そうよ」
「お母さんに? わたしの?」
「そう」
「話してどうなるの?」
 両親はそもそも、わたしにお付き合いしているひとがいたことすら知らないというのに。
「和真んとこの親にも連絡して、仲立ちしてもらう。こんなこと、辞めさせる」
「心美ちゃん、そんなことしたら、ことが大きくなっちゃうよ」
「でも露子」
「サークルだって活動中止になるかもしれない」
 サークルの代表の一人は、和真くんなのだ。
 両親に相談するとなると、ことが必要以上に荒立つこともありうる。その点からも、彼らに相談することをどうしても避けたかった。
 わたしの身勝手さが招いたことで、皆が苦しんでいる。
 これ以上、誰も巻き込みたくなかった。
「わたし、バイトあるからもう行くね」
「露子!」
 荷物を持って立ち上がるわたしを、心美ちゃんが引き止める。
「大丈夫」
 わたしは友人に微笑みかけて主張した。
「もう少し落ち着いたら、きっと和真くんもわかってくれるよ」
 自らに言い聞かせるようにして。
 心美ちゃんは呆けたようにわたしを見つめ、強情者、と低く呻いた。


 講師を務めるバイト先は、かつて私自身もお世話になった進学塾だ。長い付き合いから気安くなった事務員のひとたちが、今日は特にわたしの顔色を案じてくれた。食が落ちたせいかもしれない。月経のせいかもしれない。貧血気味で、黒板に数式を書いている間も、頭がくらくらしていた。
 親に迎えにきてもらったほうがいいのでは、いやタクシーを呼ぼうかという皆の提案を突っぱねて、仕事終えたわたしは塾のビルをそそくさと辞去する。九月も半ばを過ぎると、日が短くなっていることを知らされる。つい先月まで、この時分なら明るかったのに。わたしは一番星瞬く藍色の空に溜息を吐いて、玄関の階段をとろとろと降りた。
 砂を詰めたように重い脚を動かして、ネオンサインに照らされる道を黙々と歩く。
 携帯がポケットの中で震え、メールの着信を告げている。
 何度も。何度も。何度も。
 メールの間隔は、日に日に短くなってきている。わたしが返信をしなくなってから、もうずいぶんと経つ。
 そろそろ返事したほうがいいのだろうか。わたしは携帯のフリップを開いて――……そのまま、躓いた。
 携帯が投げ出され、地を滑る。からからと音を立て、雑踏の合間を縫いながら。
 わたしとの距離をずいぶん開けたそれは、男のひとの革靴にこつんと当ってようやく止まった。
 大きな手が、携帯電話を拾い上げる。
「……アキさん」
 暁人さんは顔を綻ばせ、偶然だね、と言った。
「でもよかった。会いたいと思っていたんだ」
 その率直な言葉に、喜びよりも何故が先に立つ。困惑の表情を浮かべて立ち竦むわたしに、彼は苦笑した。
「この辺りに用があったんだ」
 怯える子をなだめようとする、彼の声は柔かい。
「予定よりも早く用事が片付いてね。何しようかなって思ったときに、露子さんがアルバイトの日だって思い出したんだ」
「それでこっちへ?」
 駅とは反対方向にある塾へ、わざわざ足を向けてくれたのだろうか。
 暁人さんは、うん、と首を縦に振った。
「ちょっと覗いていなかったら、すぐ帰るつもりだったけど」
「連絡、してくださればよかったのに」
 そうすれば迎えに行ったのにと、彼を責めるわたしの口調は媚を帯びる。
 今度は暁人さんが口を噤む番だった。眉をひそめる彼を見て、わたしは自分の失言に気が付いた。
 連絡を取り合うべきではないと、明確に約束しているわけではない。
 それでも気軽に会おうとすることを、わたしたちは敬遠し続けていた。
 わたしが、敬遠し続けていた。
 ――……婚約者のいた彼と会おうとする自分に、歯止めを掛けられなくなることが、怖かった。
 気まずい沈黙を割るように、暁人さんの手の中で携帯電話が震える。おそらく和真くんからのメールだ。この時ばかりは、そのタイミングの良さに感謝した。
「露子さんのだよね? この携帯」
 暁人さんも助かったという顔をする。
「壊れていないといいけど」
「大丈夫だと思います。……ありがとうございました」
 わたしは受け取った携帯電話の表示を一瞥した。ディスプレイに躍り出る文字は、案の定、和真くんの名前だ。
 碌々中身も確認せず、そそくさと携帯を鞄の中に収めようとするわたしを、暁人さんの目が不思議そうに捉える。
「見ないの?」
「あ、はい。そうですね……」
 促され、携帯を開く。メールを確認する。閉じる。
「大丈夫です」
 暁人さんは納得に頷いて、行こうか、と私を促した。
「ここで立ち話もなんだしね」
「そうですね。……暁人さんは、あとはもう帰るだけ?」
 わたしは尋ねながら隣を歩く彼の横顔をそっと覗った。
 片手に鞄を提げたスーツ姿の暁人さんは、営業途中のようにも、このまま帰宅するだけのようにも見える。
「もちろん」
 暁人さんは可笑しそうに笑った。
「じゃなきゃ君に会いにいこうかな、なんて悠長なこと言ってられないよ」
「あぁ……すみません変なこと訊きました」
「大丈夫」
「わたし、本当に気が回らないことが多いんです。結構そそっかしいですし」
 おっとりしている、とよく言われる。
 裏を返せば、ぼんやりしていることが多いということだ。頭の回転が速く、しゃきしゃきとよく動き、人に気を遣うことのできる琴乃ちゃんはわたしの憧れである。
「確かに」
 暁人さんが意地悪く口角を僅かに上げて同意する。我儘かもしれないけれど、そこは否定してほしいのに。
 口先を尖らせるわたしに、彼はだって、と苦笑した。
「この間も電話を掛けて来てたしね」
「電話?」
「押し間違って、電話、掛けてきたでしょう?」
 和真くんと言い合いになった後、心細さから掛けてしまった、あの電話。
 わたしは暁人さんを仰ぎ見た。彼はもう笑ってはおらず、静謐さすら宿す瞳には、案じるような色がある。
 わたしの弁解が下手な嘘だと、彼は気づいていたのだろう。
 それでも騙されたふりをしてくれているところに、彼の優しさを感じる。
「この間はすみませんでした……お仕事中に。……びっくり、されましたよね」
 暁人さんは目元を緩めた。
「驚いたけど、大丈夫。駄目なときは出ないし」
「ならよかったです……」
 胸撫で下ろすわたしを、彼はおかしそうに笑った。
「別にそんなに遠慮しなくても……いつでも、掛けてくれていいんだよ。君なら」
「え?」
 わたしなら?
 わたしが問い返すその前に、暁人さんは視線をついと前に戻した。大通りを行き交う自動車の、ヘッドライトが彼の横顔を時折照らす。テールランプの赤が淡い茶色の瞳に映りこむその様がとても綺麗で、まるで煌めく星のようだった。
「そういえば、もう身体のほうは大丈夫? この間、露子さんが来なくてがっかりしてたよ。義姉さん」
 顔の方向はそのままに、暁人さんが話題を変える。
 わたしが断ってしまった成川夫妻のディナーについてだ。
「大丈夫です。暁人さんは行ったんですよね」
「うん」
「いいな。行きたかったです」
 熱が出たせいで辞退したのだけれど、とても残念でならなかった。わたしも琴乃ちゃんたちとはずいぶんご無沙汰だ。久方ぶりに、大好きな幼馴染とその旦那様の明るい掛け合いを見たかった。
 ヴ、と、虫の羽音に似た音をたて、手の内の携帯電話がメールの到着を告げる。
 わたしは鞄にしまい損ねた携帯を強く握りしめた。
「でもこの間は来れなくて正解だったと思うよ。二人とも酔っぱらって大変だった……」
「そんなに? 二人とも、お酒弱いほうじゃないのに」
 携帯が、また震え始める。
「だから余計に性質が悪いよね。露子さんがいてくれたら兄さんはもうちょっと自重するんだろうけど……」
「ふふ、お疲れさまです、アキさん」
 ヴヴヴ、と、断続的に、また。
 振動し続ける携帯電話を鞄の外ポケットにねじ込もうとしたわたしの手を、暁人さんが押し留めた。
「電話、出てもいいんだよ、露子さん」
「大丈夫。単なるメールです」
「メール? それにしては」
「広告メールなんです。頻繁にくるんですけど、拒否の仕方がわからなくて」
「代わりに設定しようか?」
「大丈夫です」
 そのやり取りの合間を縫うように、振動音が鳴り響く。
 今日は、今までにないぐらい、多い。
「大丈夫です」
 そう繰り返すわたしはちゃんと、笑えていただろうか。
 ふいに立ち止った暁人さんはわたしをじっと見据え、僅かに、瞑目した。
「露子さん」
「はい」
「……ごめん」
「え?」
 謝罪の意味を問い返した刹那、わたしの顔に影が掛かる。
「やっ……アキさん!」
 奪った携帯電話をわたしの手の届かぬ位置まで掲げ、手早い操作で受信ボックスを開いた彼は、驚愕に瞠目し、その動きを一切止めた。
「……いつから、こうなの?」
 俯くわたしに、暁人さんの掠れた声が問う。
「いつからこうなの? 露子さん。この間、僕に電話くれたのもこれが理由?」
 抑揚を殺した声音は、動揺と怒りに満ちている。どう答えていいのかわからずに、わたしは委縮して下唇を噛みしめていた。
 暁人さんがため息を吐き、わたしの携帯を再びいじり始める。
「……なに、するの?」
「ひとまず、迷惑メールに指定して、着信拒否にする」
「や、めて」
「どうして?」
 制止する意図がさっぱりわからないと言わんばかりに、露骨に顔をしかめる彼に縋って、わたしは呻いた。
「和真くんは……友達なの」
「こうなったら、友達も彼氏もないだろう……!?」
 だん、と忌々しげに、暁人さんが足を踏み鳴らす。
 混乱と驚きから、わたしはしゃくりあげた。
 我に返ったらしい彼が、青ざめた顔で宥めにかかる。
「ごめん、つゆこさ……」
 わたしは頭を振り、息を詰まらせた。
 みるみるうちに視界が白く歪んでいく。
 あぁ。
 このひとだけには知られたくなかった。
 知られたく、なかったのに。
 暁人さんがわたしを抱き寄せる。
いつかと同じように、彼の体温がわたしを満たす。好んで使っているらしい、シトラスが薫った。その心地よい匂いを命一杯吸い込みながら、広い胸の中で、わたしは赤子のように声を上げて泣いた。


「とりあえずそういうことにしておいてよ……。は……? ならないよ! だから、頼むよ、義姉さん! ……はいはい、じゃぁね」
 通話を終えた暁人さんは脱力し、シートに背を滑らせた。
「まったく。絶対勘違いしてる」
「……琴乃ちゃんが?」
 勘違いって何のことだろう。
 首を傾げるわたしに、暁人さんは苦笑で答えを濁した。
「……とにかく、露子さんは義姉さんのところで貧血を起こして……その後、たまたまマンションを訪ねた僕が、君を送って帰るっていう筋書きだからね」
「すみません……」
 わたしは謝罪しながら膝の上で組み合わせた手を握りこんだ。テーブルの上では暁人さんの注文した紅茶が湯気を立てている。オーダーストップ間際の喫茶店は静かで、奥のボックス席を陣取るわたしたち以外に、お客さまの姿は見られなかった。
 泣きじゃくるわたしを宥め、近場のビルの二階に位置するこの喫茶店に移動して、暁人さんは、ゆっくりと事情を確認していった。わたしが和真くんに別れ話を告げたこと。その日から始まった電話とメール。
「立ち入ったことを訊いてもいい?」
 コーヒーをひとすすりし、カップをお皿の上に静かに置いて、暁人さんは話を切り出した。
「どうして別れ話を? 話を聞いている限りでは、うまくいってるように思っていたけど」
「そうですね」
 わたしは苦く笑った。むしろ暁人さんに言って聞かせるために、うまくいっているようにみせかけていた、というのが正しい。
「……和真くんと一緒にいるのは、とても……楽しかったです。でも、それはやっぱり恋人といるから楽しいわけじゃないって、わかったんです。和真くんはわたしの好きな男の子だけど、それは友達であって。恋人として振る舞おうとすると、どんどん苦しくなって……それで、別れたいっていいました」
 わたしは上目使いに暁人さんを見た。今回のことと、暁人さんが婚約者を失ったことが無関係であるといえば嘘になる。けれどたとえ彼が妻を得ていたとしても、わたしは遅かれ早かれ和真くんとは駄目になっていただろう。
「こういうのはエスカレートしていくよ」
 暁人さんは断言し、窓の外へ目線を動かした。わたしたちの影が映る窓ガラスの向こうには、ネオン煌々しい、夜の街が広がっている。
「欲しくて欲しくてたまらないものが、ぐんとスピードを上げて遠ざかって行こうとするとき……駄目な方へ駄目な方へ、不思議ともがいてしまうんだ。……冷静になれば、それがあまりにひどいことだって、わかるのに」
 細く息を吐き、彼は静謐な眼差しでわたしを射た。わずかばかり細められた瞼の奥で、茶色の双眸の深みが増す。
 綺麗だった。
 吸い込まれそうなほど。
「今回のことはやりすぎだって、友達も言います。けど、わたし、彼を悪者にして切りたくない」
 魅入られすぎないように目を伏せて、わたしは言った。
「和真くんは、わたしにとって、好きなひとであることにはかわりないから……こんな形で、失いたくないんです」
 それが彼との話し合いに固執する理由だった。
 人間関係が途絶えてしまうとしても、もっと違うかたちで終わらせたい。
 四年前、暁人さんから逃げ出して自ら関係を断ち切ったことを、わたしは激しく後悔した。彼はわたしにとって大事な大事な……いとしいひとだった。つないだ手の体温や、穏やかな声や、ノートをたどる指先、瞬きした時の睫の動き。そんな他愛ないことを覚えていた。ことあるごとに優しい思い出が溢れて、苦しかった。喉の奥を掻きむしりたいようなその切なさに身を焦がし、眠れない夜が幾度もあった。琴乃ちゃんの家にお呼ばれするとき、隣の空虚さをいつもいつも痛感していた。
 わたしはもう、あんなふうに、ひとを失いたくないのだ。
 和真くんとの関係をきちんと修復できたら……わたしも、四年前の夜に戻って、暁人さんにちゃんと想いを告げられる気がするのだ。
 それは暁人さんにとって、邪魔でしかないだろうけれど。
「大丈夫……わたし、大丈夫です」
 暁人さんに心配を掛けたくないと思う一方で、心配してもらえていると知って元気になれるわたしは、とても身勝手だ。
 紅茶のカップで手を温めながら、わたしは微笑んだ。
「ありがとうございます、アキさん」


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