彼と彼女の
あーもうなんで僕がわざわざ話してやらなきゃいけないんだよ。みちるの奴に聞けばいいだろ?
え? あまり話したがらない? そんなこと僕のしったこっちゃないよ。え? 僕の為だろうって? なんだよそれ。
……あぁ、そうか、確かにみちるの観点からあのことを話したら、僕のことを悪くいうみたいだもんね。
いいよそんなに聞きたいなら話してあげるから佐々木。そのから揚げは僕のね。
「転校生を、紹介します。散里みちるさんです」
小学三年の冬だった。クラスに季節はずれの新しいメンバーが加わった。担任が紹介したその女の子は、やせっぽっちで、目の下に隈ができていて、髪の毛も適当にお下げにしただけだった。身につけてる服も、襟元がよれたシャツと色あせたジャンパースカートだったよ。目がねは曇っていて、そのグラスの中から覗く彼女の瞳はかなり陰鬱だった。その瞳は無邪気さの代名詞のような子供のものではなくて、人生に絶望している人間のものだと気付いたのは、多分僕だけだった。
「ちるさと、みちるです」
そういって、彼女は頭を下げた。
「宜しくお願いいたします」
みちるは席に移動するときに僕の横を通り過ぎて、僕と目が合った。彼女は驚いた風に目を見開いたけど、それだけだった。
後から聞いたところによると、芸能人がいる、と思って驚いたらしいよ。佐々木、そこは笑わない。確かに、みちるらしいけどさぁ。そこをいくと君も相当変わってるよ。僕を見て、頬を染めなかったのは君とみちるぐらいだよ。え? ナルシスト? いやいや、だって本当のことだもん。
でもその日から、散里みちるは僕の中でクラスメイトと少し違う人間としてカテゴライズされた。あんな絶望した、無感動な目の人間を、僕は一人しかしらなかった。
僕だ。
あの頃の僕は、一人で鏡を覗き込むとき、あんな目をしていた。僕は絶望していた。佐々木、子供だって笑うことも許さないからね。君にだって覚えがあるだろう。みちるに会うまで、君だって未来に絶望してたんだしさ。
そう、僕は確かにあの頃、絶望してた。毎日がすごくすごく、息苦しかった。
みちると僕は、何か似ている。
確かめたわけじゃなかったけど、僕はなんとなく確信を持っていた。けど、わざわざみちるに声をかけるようなこともしなかった。見ることも嫌だった。同属嫌悪っていう言葉あるよね。あんな感じだよ。
それじゃあどうして会話するようになったかって? まってよ、ちゃんと話すから。
「あのね、コレ、叶君の為につくったの」
バレンタインデーって誰が作ったんだろう。妹尾家ではバレンタインデーは一大行事。何せ女の子たちがこれでもか! という勢いで、チョコやプレゼントを手渡してくる。もういいよ、って毎回思う。逃げるんだけど。逃げ切れない。
小学三年生にして大人が指咥えて羨ましがるぐらいの量のプレゼントを、僕は周囲の女の子たちから受け取っていたよ。コレだけの量を、小学三年の細腕でどうやって持って帰れっていうのさ。僕はいつもそう思っていたけど、受け取ってしまった分は、引きずってでも、ひとまず持って帰ることにはしていた。
僕のことを本当に思って作ってくれているんだと思えば、一度受け取ってしまったものは捨てられなかったんだ。純情でしょ、小学生の僕。
けどさ、偶然僕は耳にしちゃったんだよね。
「え? 由佳子、妹尾君にチョコ渡したの!?」
清掃時間中、校舎の裏をゴミ拾いしながら歩いているときだった。草むしりをサボっているらしい女の子二人組が、腰を落として会話していた。
「そぅよー」
「だって由佳子、好きじゃないっていってたじゃない」
「んーでもさぁ、妹尾君ともし付き合えるようになったら、皆に自慢じゃない?」
「えぇ!? あ、そっか! 自慢できるね!」
「やっぱり、自慢できる男の子と付き合わなきゃだめって、お姉ちゃんがいってたんだー」
「うわぁー! 由佳子って、やっぱり大人だなー! そうだね! 自慢できる男の子と、お付き合いしなきゃだめなんだよね!」
「そうそう。まぁどうせプレゼントつったって、お父さんからのいらないお土産だからさー」
「あぁ、一石二鳥だね!」
馬鹿かと思った。
こいつら、本気で馬鹿だと。
いや、彼女らの姉とやらが馬鹿なんだろうかってね。僕を馬鹿にしてるもいいところじゃないかソレって。自分たちは大人ぶってそんなこと言ってるだけかもしれないけど、全然大人じゃない。あほらしい。小学生の無知さ、丸出し。今ならまずシカトだよ。
だけどその頃の僕は子供で純情だったんで、腹が立ってさぁ。その足で教室まで戻って、その日にもらったチョコやらプレゼントやらの入った紙袋を持って、しかもご丁寧にゴミ箱の中にいれてカムフラージュして、下に下りたわけ。
プレゼントの中には多分本当に僕のことを思って、作ってくれたものもあったんだと思う。だけどそんなものを分別する余裕もなかったわけなんだよね。子供だったし。
で、プレゼントの入った紙袋ごと、僕は焼却炉に突っ込んだんだ。一応傍に先生がいるんだけど、ゴミを捨てにきましたぁって言ったらあっさり捨てさせてくれた。教師は他の生徒たちの監督に忙しくって、僕が何を捨てようとしているのか確認なんてしなかった。
めらめら燃えていくチョコレートとかプレゼントの包みを見ながら、僕はざまぁみろって思った。
僕ってさ、佐々木とかみちるにはナルシストってからかわれるだろうけれども、いや実際からかわれてるけど、綺麗じゃん。下手な女の子よりも綺麗で、顔が整っていて、高校になったら背も伸びたし、それでなくとも、小学生の頃からモデルやらないかって声かけられたりだってするぐらいだよ。性格だって悪くない――あぁそんな顔しない、佐々木。ここでいう性格っていうのは外面ね。僕自身、自分の本性が捻くれてるっていう自覚ぐらいはあるよ。本当か、だって? 本当だよ。
……うん。なんで僕は自分で自分を捻くれてるっていわなきゃいけないんだ。
えーっと、なんの話……そうそう。顔の話。
で、僕はよくモテっていう自覚はあったけど、同時に、この人たち、僕の綺麗な形だけが好きで寄ってきてるんじゃないかっていつも疑ってたよ。小学生の頃から? そう。そうだよ。
小学生の、頃から、いや、もっと、前からかもしれない。
僕の兄弟は皆、僕と同じだ。怖いぐらいに見目がいい。寄ってくる人間は、ほとんどが外面に騙されて、中身を確かめもせず美辞麗句を並べ立てるやつらばっかりだ。僕の兄弟たちは皆そのせいで、かなり長い間ひとりぽっちだった。
僕だって、判ってた。
兄弟と同じことが、僕にも当てはまるんだってことが。
でも、当時僕は子供だった。僕は多分、まだ、僕の周りに集まっているのは、ゴマスリしにきてる人間じゃなくて、僕のことを本当に好いてくれてる人たちばかりなんだって思ってた。
けど、その掃除時間にうっかり耳にした言葉は、僕の希望をあっさり打ち砕いてくれたわけだよね。別にソレは、やっぱりって納得した部分があって、かまわなかったんだけど。
その、帰り道にさ、間が悪いっていうかなんていうか。
こっそり、教室に戻ろうとしたときに。
ばったりだよ。
ゴミ屑が命一杯つまったゴミ箱を抱えて、すっごく驚いて、僕のほうを見てるみちるに鉢合わせしたの。
彼女は校舎の曲がり角に立っていて、僕の位置からは死角だけど、彼女の位置からは僕のしていることが見える位置だった。多分偶然、みたんだろうね。
彼女は、僕に言った。
「さい、てー」
お互いなんとなく相容れないんじゃないかとは思ってたけど、それが決定的だった。これが原因で、みちるは僕に最悪な印象を持ってるってわけ。みちるは今だって、僕はいらないと判断したプレゼントとかは焼却炉に放り込んだりするんだって信じてるよ。佐々木、言っておくけど、僕が他人からのプレゼント、焼却炉に放り込んだのはあれ一回こっきりだからね。
でも僕は確かに、皆が思っているような、誰からも好かれる善人な弟キャラじゃない。本当はみちるの言う通り、他人を簡単に切り捨てられる冷たい部分だって持ってるんだ。
え? それでも、抗弁しないのかって? メンドクサイ。いいよみちるはあのまんまで。僕に厳しいまんまでさ。僕が冷たい人間って、思ってていいよ。実際そうなわけだし。
何はともあれ、あれ以来僕はもうみちるとは二度と話したくないって思った。何せ嫌なところばっちり目撃されちゃったわけだし。
だけどやっぱり、みちるは無視できない存在だった。
無視できない上に、僕の入ってたサッカーチームの監督がみちるが住んでるパン屋の店長と親しいもんだから、しょっちゅう顔合わせる機会があって。で、顔を合わせれば無視できないから、口論になってた。
それが今となっては喧嘩はするけど、ご飯一緒に食べたりしてるわけだから、人生ってわけ判らないよね。
はい、これがご要望のみちるとの馴れ初め。このから揚げ、僕がもらうよ。
……え? それから今まで? うん。そうだよ、ずっと喧嘩してる。
そうだって。だから、小学三年の頃だって、さっきも言ったよ、僕。
……もしもし? 佐々木奈々子さん? どうしてそこで笑うの。
そうだよ、七年間、ずっと喧嘩してるんだけど。
それのどこが、そんなにおかしいのさ。