BACK/TOP/NEXT

間章 枝葉を広げる 5


 アーダムから告げられた言葉に、ダイは視線を思案に彷徨わせた。
 重量感ある石造りの暖炉や木目の美しい調度品で揃えた一室は、品よくまとまっていて眺めるだけで楽しい心地にさせてくれる。現実逃避に陥りかけた己を叱咤してダイはアーダムに向き直った。
「小スカナジア宮の大陸会議……って、あれ、ですよね。クランが主催するっていう」
「そうです」
対面の長椅子に腰掛ける壮年の貿易商は重々しく頷いた。
「詳細については聞かれましたか?」
「まだ……ですけれど」
「ではまだ届いていないのかもしれませんね。ですが、近日中には議題に上るのではと思いますよ。……デルリゲイリアも、参加なさるのでしょう?」
 アーダムが訳知り顔でダイに問いかける。ダイは無言で彼を見返した。
 旧メイゼンブル本国領、小スカナジア宮で大陸中の国々から代表者を集め、意見交換のための会を催す。
 その連絡をデルリゲイリアはダイたちが帰国してから受け取った。船での件の謝罪状と共に、クラン・ハイヴから送られてきたのだ。
 打診より二か月後を予定していたらしいが、収集された国々も即座には対応できず、計画を煮詰めるべく日程を延期されていた。
 実はマリアージュの国政の安定が急務になった理由のひとつもここにある。この大陸会議には女王と宰相の参加が推奨されている。他国との結びつきを強める絶好の機会とはいえ、国内の基盤が不安定では安易に出かけられない。
 アーダムは神妙な口調で告げた。
「本会議の日からひと月前に、小スカナジア宮は開放される。できればマリアージュ女王陛下におかれましては、早日の宮入りをお願いしたいのです」
「そしてあなたの国の宰相閣下に誰よりも先にこっそり会えと」
「お会いしろではありません。お会いしていただけないか、と、お願い申し上げているのですよ」
 端的に述べれば。
 貿易商アーダム・オースルンドは、大陸南部を領地とするゼムナム、その宰相からの遣いであるという。
 ダイは背後に視線を走らせた。ダイの護衛としてアッセの副官がひとり。補佐として文官がひとり。ふたりともペルフィリアやクラン・ハイヴへの旅に同行し、難解な状況の経験を積んだ者たちだ。しかし揃って困惑の表情をしている。
 ダイはアーダムに再び問いかけた。
「……あなたは本当に宰相閣下からの遣い?」
「そうであると、ダダンが先ほど証言しましたよね」
「確かにダダンはそれが事実だと請け負いましたよ」
 ゼムナムの遣いだ、とアーダムが身の上を明かしたとき、驚くダイたちにアーダムの証言は真実だとダダンは述べた。
 しかし、だ。
 ダイはアーダムの斜め後ろに立つダダンを一瞥した。王城の離宮で再会したときのようなお仕着せ姿ではない。旅装にも見える軽装だ。その砂色の目は笑っている。ダイの次の発言の予想が付いているらしい。
 ダイは彼と目を合わせて笑った。
「彼はデルリゲイリアの人間ではありませんから」
 アーダムが天井を仰いだ。
「ダダン、君は意外に信用されてないな」
「ばぁか。言ったろ。俺を引っ張り込んだところで、信用されるかどうかはまた別だってな。こうやってダイをひっぱりだせただけでも、上々としておくんだな」
 ダダンは嫌々ながらこの会合に参加しているらしい。これで女王(マリアージュ)から旨い酒をおごられる機会がパァだ、と、呻いている。
「そういえば、伺い損ねていましたけど、オースルンド氏とダダンの関係はどういったものですか?」
 ダダンは神出鬼没な男だ。その人脈は幅広い。なにせドッペルガムの要人たちの知己でもある。ゼムナム宰相の遣いと知り合いであったところで驚きに値しない。
「俺が八年前にここに来たときに一緒にいた」
 ダダンが気怠そうに親指でアーダムを示す。
「解散したあと、こいつはゼムナムで船を手に入れて海運業を始めた。いまじゃゼムナム商工協会のえらいさんだ」
「あー、そういうことですか」
 そこまで説明されればダイにも関係性は見えてくる。
 つまるところアーダムは《深淵の翠》ドッペルガムの独立運動に付き添った人間なのだ。けれども彼はダダンと同様にルゥナ――フォルトゥーナ女王の膝下に残らなかったのだろう。ゼムナムで商人として地位を確立したのちに、かの国の宰相と誼を結んだとしても、おかしくはない。
「ダダンの言う通りだったとしてですよ」
 ダイはアーダムに語りかけた。
「どうしてこちらと連絡を取るのに、あなたを通す必要があるんですか? 正式な書面を通して申し入れればすむだけの話です。こんな回りくどい方法を取る必要がどこに?」
 アーダムの隣ではブルーノが沈黙を守っている。彼もまたダダンと同様に巻き込まれた者のひとりである。
 ダイは詰問を続けた。
「そもそも、目的は? そしてこの要望に従ったとして、私たちにもたらされる利は?」
 アーダムは目を細めてダイを見た。ひとのよい笑みを湛えた男はここで初めてダイを観察しに掛かっていた。
「……それを正直にお話しせねばなりませんかね?」
「話さなくてもかまいませんよ。私はここであったことをそのまま陛下に奏上するだけですし。あとはゼムナムへの警戒を強めればいいだけの話です」
「それはこまった」
 まったく困ったそぶりなくアーダムは言った。ダイは生温い目を向けて首をかしげる。
「どうします? 話を切り上げますか?」
「いえ。いえ。……あなたの問いにお答えしますよ。宰相閣下はこうお考えなのです。ペルフィリアに対して共闘したいと」
 ダイは眉をひそめた。
「ペルフィリアに対して共闘……? 隣人とむやみに争う予定はないですよ」
「むやみでなければあるのでしょう。あなたがたは戦っているはずだ、と、私は宰相閣下に伺いました」
 文官たちの強張りをダイは気取った。
 それを打ち払うように、にっこりと笑いかける。
「そうですね。国力はまだまだ及びませんけれど」
 政治的にしのぎを削っている相手である点は否定しない、と、ダイは言外に匂わせた。
「ただ、どうしてゼムナムがペルフィリアを注視していらっしゃるのですか?」
 ペルフィリアは北端。ゼムナムは南端を国領とする。二国の距離は大陸中で最も開いている。影響力は少ないはずだ。
「目を逸らしたくとも逸らせませんよ。ペルフィリアはゼムナムを除いた唯一、無補給船が寄港する国ですから」
「無補給船……あぁ、なるほど」
 招力石を動力源とする高速長距離船。国に人と財をもたらす船だ。それを用いれば大陸を七日足らずで横断できるという。結果として、かの二国は立地的には最も遠く、交流の速度は大陸内で随一早い。下手をすれば、デルリゲイリアからの移動日数と変わらない。
「陸の隣国と海の隣国で共闘したい。そう宰相閣下はおっしゃられていると」
「さようですね」
「ペルフィリアの隣国でなくとも興味があるって言ってもらえたほうが嬉しかったですけどね」
 デルリゲイリアは芸技の小国。工芸品や美術品が特産だ。他大陸に向けた卸しの打診ではなく、目的が隣国とは。
 アーダムの顔が笑顔のまま固まる。
 ダイは微笑んだ。
「それで、もしもお誘いにのったとして、安全であるという保証は?」
「セトラ様は宰相閣下がマリアージュ女王に害成すとお考えで?」
「だって秘密の会合のお誘いでしょう? 何をしたって内々に処理すればわからなくなってしまいますから」
 ペルフィリアにクラン・ハイヴ――正確にはルグロワ市。二回も襲われれば嫌でも学習する。
 アーダムが今度こそため息を吐いた。
「おっしゃる通り、これは正式な招待ではございません。ですので、会う必要などない、と、判断されるならそれでもかまわない。そう、閣下は仰せでした」
 奇妙なことだ。密会はしたいが熱望しているわけではないらしい。回りくどい手段を用いているにもかかわらず。
 セトラ様、と、アーダムがダイに呼びかける。
「私は単なる伝達係です。信じる如何はセトラ様のご自由。ですが閣下にデルリゲイリアへの害意はなく、スカナジアで決して皆様を傷つけない」
「それはゼムナムとしての総意? それとも宰相閣下の派閥のみ? あるいは、閣下おひとりの考えですか?」
 仮に宰相閣下個人に敵意はないとしよう。
 しかしその周囲まではわからない。
 アーダムが瞠目してダイを見る。
 ややおいて彼はやおらダダンを振り返った。
「女王の側近は化粧師ではなかったのか?」
 ダダンがアーダムを詰る。
「化粧師は女王の側近だっつったろ。何を言ってんだこの馬鹿が」


「若輩のころ、私はゼムナムにおりまして。アーダムにはその頃に世話になりました」
 宿の部屋から馬車回しまでダイたちを見送る道すがら、ブルーノ・オズワルドは告白した。
 アーダム・オースルンドはこの場にいない。本来なら見送りに出て然るべきだが、ダイ自身が断った。ブルーノたちから事情を聴くためだ。彼は今回の会合に一枚噛んだことを恥じ入っているようだった。
「このような大ごとになるとは……」
「思っていませんでしたか?」
 ダイの問いかけにブルーノは苦笑した。
「いえ、多少は思っていました」
「釣り餌にされて、こっちはとんだ迷惑だ」
 ブルーノの隣でダダンが毒づく。ダイは不思議に思って尋ねた。
「ダダンとオースルンドさんの繋がりはわかりましたけど、ゼムナムから一緒だったんですか?」
「あぁ。アーダムの奴が組織した商隊の護衛に雇われたんだ。下町で解散するかと思いきや、あれよあれよという間にこっちに引き摺ってこられた」
「断れなかったんですか?」
 先導して歩くダダンは渋い顔をダイに向けた。
「乗船の権利を盾にされたんだよ。くっそ。ひとりでこっち来ればよかったぜ」
「……もともとこっちに来る予定だったんですか?」
「……まぁな。様子を見に」
 ぼりぼりと頭を掻くダダンの背を見つめながら、ダイは嬉しくなった。この男はダイたちのことを忘れていなかったのだ。
「でも、迂闊でしたね。私たちと知り合いだって話してしまうなんて」
「話すかそんなこと」
「あれ、そうなんですか?」
 ダダンが肩越しにダイをひと睨みする。誇りを傷つけられた顔だった。ダイは申し訳なく思った。いっときでも疑ったことに対して。
「ゼムナムの宰相は抜け目ねぇぞいっとくが。あちこちに網を張っている。いろんな情報を継ぎ合わせて知ったか……。なんにせよ、食いつくほどの知り合いならいいし、そうじゃなくても構わない程度だったんだろ。こちとらいい迷惑だ」
「そういうことですか……」
 ダイは納得に呟いた。
 ゼムナムがデルリゲイリアと接触を持ちたがっている点は理解した。現地での訪問を以て誘いの返答とする。
 そう述べたダイにアーダムは構わないと言った。
『私も当分はあちらに戻りませんから……』
 これからアーダムはオズワルド商会に付き合って方々を回るらしい。そうして見聞したことをゼムナムの宰相に報告する。彼はダダンの言うところの、かの人の目や耳であるのだ。
 ゼムナムの宰相はアーダムのような人間を大勢抱えている。
「それで、あいつの誘いには乗るのか?」
「さぁ。それを決めるのは私じゃありません。……利があると見れば利用するでしょうし、そうでなければあえてこちらから出向くこともありません。すべては陛下と宰相が、お決めになることです」
 淡々と答えたダイをダダンが再び振り向いた。
「……何かあったか?」
 彼の顔は険しい。だがその声色はダイを案じる響きを有している。
 ダイはきょとんと瞬いた。
「何がですか?」
「……いや、いい」
「それにしてもやはりセトラ様は陛下に望まれた御方なのですね」
 ブルーノが感嘆の声を上げる。ダイは視線を上げた。肩越しに笑うブルーノと目が合った。
「アーダムが呑まれていましたからね」
「文官でもなんでもない私に、油断してくださっていたからでしょう。……いえ、侮っていたふり、かもしれませんし」
「いいえ。あれは本当に驚いていたんだと思いますよ」
 と、彼は請け負った。
「私も常々思っております。セトラ様はとても鋭い。リヴォート様もそうでしたが……」
 ブルーノが口をふいに閉ざした。
 会話が途切れる。
 足音は絨毯に吸収されて響かない。一行の衣擦れの音が奇妙に沈黙を深めている。
 隣を歩く護衛が当惑の顔をダイに向ける。
 ダイは平静さを保ってブルーノに問いかけた。
「……彼をご存知で?」
「もちろんです。……私も女王選に関わりましたから」
 女王選の折には商人たちも支援する候補者がより衆目を集めるよう力を尽くした。あの男を知らぬはずがない。
 ダイが話題を変えなかったことで、失言を免れたと安堵したらしい。ブルーノは傷ましげに話を続けた。
「賊に襲われて行方が分からないと聞いたときは本当に残念でした。私はてっきり一度ペルフィリアに戻っているのかと思いましたし……」
「……ちょっと待ってください」
ダイは足を止めてブルーノを見つめた。眉間に皺が寄る。
「……ペルフィリアに戻る?」
「え? あぁ……。いえ。見かけたことがありまして」
「……どちらで?」
「国境の……山裾の街です。何年前だったか……」
 ブルーノは思案に視線を落とした。
「そう、たしか、十年は前でした。私が修業で父とあちこちを回っているころです。ペルフィリアに抜けるときは東の山道をよく使っていたのですが、たいていその先の町に宿を借りていて……。そちらの領主のお屋敷で……」
 ブルーノの語調が尻すぼんだ。
 ダイだけではない。隣に歩くダダンもまたブルーノを注視している。そのふたり分の視線に彼は困惑したようだ。
「まぁ、私の気のせいだったのかもしれません。なにぶん、古い記憶です」
 つまらないことを申しましたと、ブルーノはから笑いを浮かべた。
 玄関広間に到着する。宿の使用人たちがダイたちに丁寧に一礼する。馬車回しには二頭立ての箱馬車がダイたちを待っていた。
 ブルーノが恐縮しきった顔で頭を下げる。
「お忙しいなかご足労いただき、心より感謝申し上げます、セトラ様」
「それは構いません」
 アーダムが城より宿を望んだ理由は推測できる。おそらく彼はダイとの面会の記録を残したくなかったのだ。
 出向くことはかまわない。ダイがブルーノに反省を促すべき点はそこではない。
「ですがオズワルドさん。忘れないでくださいね」
「……何をでしょう?」
 首をかしげるブルーノにダイは抑揚を殺した声音で告げた。
「あなたはわたしと契約した商人だってことを。……商人同士の繋がりも大切ですけれど、今回のことであなたは下手をすると、ゼムナムの間者として見られてもおかしくはないんですよ」
 ブルーノが顔色を変えて押し黙る。
 彼の隣で疲れた顔をするダダンをダイは一瞥した。
「彼はいいんです。誰に味方しようと自由です。けれどあなたは……おわかりですね?」
「……誠に申し訳ございません」
「わたしはあなたを贔屓にしたいし、あなたも私から利を得たいとお思いでしょう。……思われておられない?」
「思っております」
「よかった」
 ダイはブルーノににっこりと笑いかけた。
「忘れないでくださいね」
 ダイの念押しにブルーノがいっそう深く頭を垂れる。
 ダイはダダンに向き直った。
「ダダン、もし時間があれば、ミゲルのお店に顔を出してあげてください」
「……ミゲルの店? 再開してんのか?」
「えぇ。場所は同じです。……お酒を一本、預けてありますから」
 あぁ、と、ダダンは目元を緩めた。強張った顔を無理に解したようなぎこちなさで。
「ありがとよ」
「今日はすみません。ゆっくり話できなくて。何かあればアスマに連絡を」
「わぁった。……ダイ」
 ダイは箱馬車の段に足を掛けたままダダンを振り返った。
 頭を掻いて目を泳がせたのち、彼は厳かな声でダイに告げた。
「……無茶すんな」
 ダイは微笑んだ。
「大丈夫ですよ」
 文官が乗り込む。彼が対面に座すまで待って、馬車が出発する。
(大丈夫)
 マリアージュたちへの報告をどうすべきか。文官と討議しながらダイは胸中で唱える。
(だいじょうぶ)
 馬車は一度、ミズウィーリ家に。城からの交代要員と待ち合わせている。
 アーダム・オースルンドとの面会に同席した文官は一足先に城へ帰す。代わって乗り込んできた文官はカースン家の内情に詳しいということで選ばれた。これから化粧の講習に向かうかの家で、ダイを補佐できるように。また、化粧の助手として女官もひとり。計三人を乗せて馬車はカースン家に。
「ようこそおいでくださいました。セトラ様」
 リリス・カースンは侍女たちとともに、花の綻ぶような笑顔でダイを出迎えた。ダイの腕をとって軽やかな足取りで屋敷の奥へと案内する。
「お待ちしておりました。本当にとても光栄ですわ。お許しくださった女王陛下にも、どうか感謝の意をお伝えくださいましね」
「こちらこそ。この国の大きな柱であるカースン家の皆様の存在を、陛下はいつもありがたくお思いですよ」
 ダイの言葉にリリスは頬を上気させて笑った。
 彼女の姉メリア・カースンは女王選出の儀以後は領地にて領主の教育を受けている。それはメリアだけではなく、クリステル・ホイスルウィズムやシルヴィアナ・ベツレイムといった他の候補者も同様だ。後者ふたりは今の社交の時季にあわせて都に戻ってきていたが、カースン家はリリスのみらしい。彼女はダイの出自など知らぬかのように笑って、茶会や晩餐会のあれやこれやを陽気にしゃべった。
「次から次に新しいひとと出会うのですもの。もう大変。お父様は次々に人をお呼びになるし……。あぁ、セトラ様。申し訳ありません。今日は思ったよりたくさんの方が集まりましたの。よろしいかしら?」
 かまいませんよ、と、ダイが了承すると、リリスは安堵した様子で胸を撫で下ろした。
 化粧の講習の会場となる広間は、玻璃をはめた大きな窓に囲まれ、陽光がたっぷり射しこんでいた。ダイが事前に要望していた通りの明るい部屋だ。侍女を連れたカースン家ゆかりの娘たちが集っている。彼女たちの中央に、ひとりだけ男がいた。
「セトラ様、お父様のお友達なのです。今日のことを聞かれてぜひにって」
 リリスが男を紹介する。
 とりたてて目立たぬ凡庸な顔立ち。けれども物腰は柔らかで、流れるようにそつなくダイに一礼した。
「お初にお目通り賜ります、セトラ様。レジナルド・エイブルチェイマーと申します」
 男に引き続き、次々と娘たちの紹介を受ける。ダイはひとりずつとにこやかに挨拶を交わした。その間にカースン家の侍女たちが茶の支度を整えていく。
 リリスがダイに耳打ちする。
「これほど大勢の方の前で緊張なさらない?」
「大丈夫ですよ」
 ダイは請け負った。
 大丈夫だ。問題ない。
 ダイはリリスに心から告げた。
「これほどまでにたくさんの方をお集めくださり、ありがとうございます」
 初めは興味本位でかまわない。会う回数を重ねてマリアージュへの好意を引き出す。その目的の為にはまず紹介してもらわなければ始まらない。
 女官が所定の位置にダイの化粧道具を並べ終わったと告げる。ダイはリリスの傍を離れた。
 光あふれる広間の中央で集まった者たちの顔ぶれをしばし眺め、ゆったりと微笑む。
 この身の存在意義をかけ、マリアージュを真なる女王とするべく。
 さぁ、人脈を広げよう――枝葉を広げるように。


BACK/TOP/NEXT