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Stage 3. そんな美しい貴方の事情 3


 隻の言った通り、棗はあれからも取り立てて変わった様子はなかった。少し苛立っている雰囲気はあるものの、それを遊にあたるようなことはなかったし、何かを愚痴たりすることはなかった。
 が、日に日に疲れが見えて、少し複雑だった。
 本当に、隻の言うとおりに、放ったままでよいのだろうかと。


 その日、棗は休みであったらしい。朝食を食べた後、棗は遊に家事をお願い、といい置いて部屋に引き篭もった。かちゃかちゃと食器の洗い物を捌いていきながら、遊は大丈夫かなぁと天井を仰いだ。台所の丁度二階が、遊や棗の部屋の位置にあたるのだ。
 洗い物を片付け、洗濯物を干し終わり、しこしこと高校編入の為の問題集に勤しむ。が、いまいち気分が乗らない。この胸に去来するもやもやの正体はわかっていた。
 仕方なく遊は腰を上げ、口にくわえていたシャープペンを筆箱に仕舞いなおして、二階に上がった。集も隻も音羽も、留守にしている。しんと静まり返った廊下。棗の部屋からも、まるで人の気配がしない。
 躊躇いがちに棗の部屋をノックすると、陰鬱な表情で頭を押さえる棗がすぐに姿を現した。
「どうしたの? ユトちゃん」
「えーあーまぁなんとなく。というか棗ねーさん大丈夫? 頭痛そうだけど」
「偏頭痛よ」
「偏頭痛……?」
「色々立て込むとなったりすんのよね……」
「ごめんなさい。もしかして寝てるところ……?」
 棗の部屋は片付いていたが、明かりは消されている。ベットメイクだけが為されていない。今まさに起きだしてきたといわんばかりの様子だ。
 棗は笑って手を振った。
「大丈夫。目は覚めてたから。何か用事?」
「いえ。そうじゃないんだけど……」
 遊は暗い部屋の中を一瞥しながら、言葉を続けた。
「なんというかその……ストレス解消とかどうしてるのかなぁって」
「ストレス溜まってるの? ユトちゃん」
「い、いやそうじゃなくて」
 手をぶんぶん振りながら、遊はどう会話を進めようか途方に暮れていた。足元に視線を落としつつ、うーんと呻く。そんな遊を、棗はひとまず招きいれることにきめたようだ。
「ま、入れば?」
「は、はい」
 大人しく部屋に招かれる。棗はベッドに腰を下ろして、頭を苛立ちあらわに掻いた。
「なんか、私イライラしてた?」
「えぇ……まぁ。あ、でもなんかそれで私が嫌な気分になったとかそういうことじゃないんで」
「じゃぁ何なの?」
 押し殺していたものが出たのか、棗の声音にはとうとう険がこもり始めた。遊は慌てて、言葉を捜した。相手を励ますつもりでやってきて、苛立たせていては意味がない。
「ストレス溜まってるなら、身体動かすとか、歌で大声だしてみるとか、したほうがいいと思う。部屋に篭ってると、余計にしんどくないかなって、私は思って」
 余計なお世話だったかもしれないが。
 少なくとも、遊は欝の時は友人と大騒ぎするにかぎると思っている。一人になりたいときもあるだろう。けれどストレスは、一人で抱え込んでいてもどうにもならないときが多いのだ。
「私も、また付き合うし! だから、ゆっくり休んでね。棗ねーさん」
 早口で告げると、遊はじゃ、と踵を返した。その場を早足に立ち去ろうと、一歩踏み出し。
「待って」
 棗の制止がかかった。
 怪訝さに振り返る。棗の、魔性のという形容詞がぴったりな微笑を見て、遊は、何かとんでもないことをやらかしたのではないかという気になった。
「じゃぁ、付き合っていただこうかしら」
 一瞬、それは杞憂に終わったかに思えた。
 が、これが遊の、とんでもない一日の始まりだったのである。


 唸るエンジン音。窓の外、風切る音を響かせるかのように流れていく景色。専ら鼠色に塗りつぶされているそれらは、日本国民の血税がここぞとばかりにつぎ込まれている高速道路と呼ばれるものだった。
 真っ直ぐ伸びる灰色の道を、道路交通法違反確定の勢いで駆け抜けている。重力が付加されているように感じられる車体。遊は冷や汗が背中を滑り落ちていくのを感じ取りながら、努めて横でアクセルを目一杯踏み込む女を見ないように心がけていた。
 のだが。
「ユトちゃんなんでこっちをさっきからみないわけ?」
 ものごっつう不思議そうな声音で尋ねられた。
「きききき、気のせいですよ見ていないなんて棗ねーさんほら今見てる。見てる」
「そうよね……まぁ私なんてその程度の人間よね」
「…………あ、あの、棗ねーさん?」
 明日編入試験なんですけれどという訴えも無視され、車上の人となった遊は、いつの間にか車のスピードが上がるにつれてエキサイトし始めた棗を見て冷や汗をかいた。
「どうせどいつもこいつも都合のいい家政婦程度にしか思ってないんだこのやろー」
「あのー」
「あったら便利な掃除機ぐらいなんでしょう!ざけんな私だってそれなりに意志があって悩んだり苦しんだりするのよそれを!」
 拳を振り回しながら棗は叫び、車は高速道路を蛇行していく。慌ててそれを止めようと棗の腕をとり、遊はその呼気に混じった特殊な匂いを嗅ぎ取った。
 恐る恐る、尋ねてみる。
「……お、酒、呑んでます?」
「あはははははははははははははは」
「ぎゃー! 飲酒運転飲酒運転! な、なつめねさ、きゃ―――――――――!!!」
 スピード違反だけではなく、飲酒運転でもあったらしい。今警察に見つかれば、逮捕間違い無しである。何時、酒など飲んだのだろう。朝方だろうか。
 遊の悲鳴を聞き取って、救いの手を差し伸べてくれるものは無論誰もいるはずがなかった。
 酔っ払った棗と死のドライブは、一時間弱の長さだ。
 それでも、遊の精神を疲弊させるには十分すぎるほどだった。


 昼、帰宅した音羽を待っていたのは、居間で寿司のチラシを眺める隻と叶であった。
「……店屋物?」
「んー冷蔵庫の中空っぽだったからねぇ。なんかあったら俺ありあわせのもので作ってたけど」
「この際だから高いもの頼んじゃおー? あ、僕これがいぃー」
 きゅっと油性マジックでチラシに印をつける叶。まるで囲まれた寿司には特上寿司セットとある。
 鞄を足元において台所へ目を向ける。明かりの消されたそこは静まり返っていた。
「早速家事放棄なのか?」
「んー? ユトちゃんのこと? 違う違う」
 携帯電話を片手に、空いた手を振るのは隻。寿司屋への注文に忙しい彼の言葉を引き取って、叶が音羽の問いに答えた。
「棗のお守りみたい。僕入れ替わりに帰ってきたんだけど、なんかユトちゃん泣きそうな顔で棗の車に乗ってたよ」
「棗の……?」
「棗の部屋に一升瓶隠してあったからね。彼女、酔っ払ってる可能性大だよ」
 苦笑しながら、隻が叶の言葉を補足する。音羽は絶句した。
 それは。
 なんというか実に。
 たとえ遊相手でも。
 気の毒な。
「酔っ払ったって、朝から飲んでたのか?」
「さてね。朝は出かけてたし知らないよ。東京でなんかあったみたいで、最近不機嫌だったじゃないか。今日は仕事が休みだから、朝から自棄酒かっくらってたんじゃないかな。……あ、すみませーんいつもお世話になってます。お寿司の配達頼みたいんですがぁ」
 手際よく特上寿司セットを注文していく長兄を見つめながら、音羽は嘆息した。
 磯鷲遊は音羽にとって、所詮突然家の中に転がり込んできた厄介者に過ぎないが、酔っ払った棗の相手をさせられていることには同情する。棗の酒は絡み酒。兄弟たちも逆らうことができない。父の集でさえ、そそくさとその場を退出するぐらいだ。
「音羽も特上寿司セットでいいの?」
「どうでもいいが、誰が出すんだその金」
「棗」
「なら食べる」
「寿司セットやっぱり三人前でお願いいたします。はーい」
 隻の能天気な声を聞きながら、今頃瀕死の目にあっているだろう少女に、音羽は胸中で合掌した。


 酔っ払った棗との死のドライブは一時間弱の長さに及んだ。精神的疲労のため幽体離脱しかけた遊が連れ込まれた先は、カラフルなライトを点滅させて客を呼び込む機械が並ぶ照明のおとされた空間――ゲームセンターだった。
 ひゅっ、と空気を裂く音と共に、遊の前髪がはらりと切れる。なんという風圧であろうか。というか現実世界にこんなことをなしえる人間がいるなんて。ひらひらスローモーションで落下していく、元前髪の一部を視線で追いつつ、遊は蒼白になった。
 どがん!!!!
 一瞬遅れてサンドバッグのひしゃげる音が響く。預かっていて、と棗から押し付けられたヒールとハンドバッグを遊は思わず抱え込んで目を閉じた。
 街で一番大きなゲームセンターであるらしい。ビルの二階と三階を堂々と陣取ったフロアには、コインゲームから3Dを用いた体験型ゲームまで様々なものが設置されている。棗がまず向かったのはオーソドックスな射撃ゲームやレーシングゲーム機が並ぶ区画で、その隅にある機器を迷うことなく選んだ。サンドバッグの吊り下げられたそれは、キックボクシングマシーンと名づけられている。
 そのマシーンに棗が向かい合うこと数秒。遊が目撃した光景が、先ほどの信じがたいそれであった。
 恐る恐る片瞼を持ち上げた遊は、ぎちぎちと音を立てる鎖と、今にも千切れてしまいそうな勢いで揺れているサンドバッグを目にした。その向こう、威力を測る電子機器がぽぽぽぽぽん、と「計測不可」の文字を表示する。
 パンツスーツで蹴りを繰り出す美女。が、オーラは相変わらず電撃を纏っている。なかなかお目にかかれないほどの美女がキックゲームを行うということで、最初は物見に集まっていた野次馬たちも、はじき出された結果に遊と並んで顔を青ざめさせていた。
 誰一人としてその場所を後にしないのは、単に腰がぬけているからであろう。
 ふーと息を吐き出した棗が、くるりと遊のほうに向き直る。遊は肉食獣に射すくめられた子ウサギよろしく、びくりと体を震わせた。
「じゃぁ次はパンチゲームね」
「……あ、あ……あの」
「なぁに? あ、靴頂戴。ハンドバッグはもっていてね」
 そろそろ酔いがさめていてもよさそうなものであるが、棗の目は据わっている。何もいうなという脳内の警告をひとまず無視し、思わず遊は訊かずにはいられなかった。
「……な、なにか武道とか、やってたんですか?」
 すっと細い指が伸びて、遊の顎を捉える。ぴかぴかの爪が飾る細い指が、遊の顎の線を確認するかのようになぞっていく。
 ぞわぞわぞわ、と二の腕が粟立った。
 にっこり笑って、棗は言った。
「敬語は、ナ・シ」
「…………はひ」
 遊の顎を離れた手は、そのまま棗自身の顎へ。黙考の構えもモデルのようだ。
「そうね。大学生の頃ダイエットもかねてボクシングとムエタイをしていたけれど」
 絶対この人には逆らわないでおこう。
 心の中で拳を握り、遊はそう決めた。
「じゃぁ次いくわよユトちゃん」
 ローヒールのパンプスを遊の手からうけとった棗は、軽くそれに足を突っ込み、横に並んだパンチゲームのほうへと嬉々として歩いていく。
 遊はしぶしぶそれに従った。
 結局ゲームセンターを後にしたのは、太鼓、腕相撲ゲーム、パラッパ、ダンレボ、パンチゲーム、シューティング、ありとあらゆるものでパーフェクト、もしくは最高得点をたたき出した後のことであった。


「これと、あれとーこれとーこれも着なさいね?」
 足を踏み入れることにすら躊躇いを覚えてしまう高級ブティック。
 試着室に立たされた遊は、窒息しそうなほどの量の衣類を腕に押し付けられた。たかが衣料といえども量が量だ。その重みに重心が傾く。背後に壁、もとい鏡がなければ、そのまま転倒していたことだろう。ふら付く足元では、棗がひょいひょいと試着済の衣服を回収していく。それを横に控えている店員におしつけた棗は、遊ににっこりと笑った。
「はやく着替えなさい?」
「はひ……」
 扉をしめて、少し広めの試着室にぐったりと服と共に崩れ落ちる。さきほどから、ずっとこの調子なのである。
 最初はとっかえひっかえ服を着替えていたのは棗であった。遊は疲労感を覚えながらもそれにひとつひとつコメントを付けていくだけでよかった。感想を述べている最中はメンドクサイと思ったものだが、今の状況よりははるかにいい。
 約三時間をかけて試着した後、棗は気に入ったと思われる衣装の大半を一気に買い込んだ。その金額を皆までいうまい。そこまではよかった。そこまではよかったのだ。
 棗には似合わないと思われる、少し幼い感じの、けれども可愛い洋服に、彼女が目をむけるまでは。
『ユトちゃん。コレ着てみて』
 目の下に疲労が濃く滲み出るほどくたくたであった遊に、彼女がそう告げるまでは。
 一着だけかと思いきや、棗は次から次へと十代向けの衣服を遊に着せ掛けた。ふんとかうんとかあーとか唸って、買い込んだ衣服の包装が全て終わった後も、紙袋の山をそのままにして遊に着せる服を夢中になって選んでいる。
 最初は楽しんでいたが、ここまで衣服の着脱を繰り返すといくらなんでも疲れる。さらにこの衣服、普通ならばブティックに足を踏み入れるだけでも気が引けてしまうブランドものなのだ。
 よろよろと新しい衣服を身につけ扉をあけると、棗がにっこり笑った。
「あら似合うじゃない」
 その感想に遊自身もなんとか笑顔を作ろうとするが、疲労のあまりぎこちなくなってしまう。するとそのぎこちなさを認めたらしい棗が真顔で尋ねてきた。
「なんかやけに疲れてない?」
 他人事のように言わないでください。
 引きつる目元を意識しつつ、遊は一つ提案をすべく口を開いた。
 少し休憩させてもらわなければ身が持たない。
「……棗ねーさん。あの、そろそろどっかで休憩しない?」
 実は昼食も摂っていない。地下駐車場に車を止めて、歩きでうろうろするものであるから、余計に疲労が蓄積されている。そろそろどこかに身を落ち着けたい。必死の眼差しで懇願すると、棗はそうね、と頷いた。
「じゃぁしばらく横になって休みましょうか」
 せっかく案が採用されたというのに、遊はなぜか手放しで喜ぶことができなかった。
 笑顔を貼り付け口を開いたまま、胸中で棗の声を反芻する。
 …………横?
 どうか何事もありませんようにという願いは、やはり神に聞き届けられることはなかった。


 死のランデブーとも思える棗とのデートはその後も続いた。
「いだだだだだ!! いーいーたーいー! いたたたた!」
「だめねぇユトちゃん。普段姿勢が悪いんじゃないの?」
 横に腹ばいで寝そべっている棗が、のんびりとそんなことを言う。同じくうつ伏せで白い寝台の上に寝そべっている遊は、絶えず悲鳴をあげることしかできなかった。
 単なる休憩のはずであるのに、横、という棗が口にした文字に覚えた嫌な予感は、決して遊の気のせいではなかった。次に棗が遊を引きずってきたのは、整骨院である。問答無用で服を着替えさせられ、アレよという間に寝台の上に寝かされた。そうして至ったのが、この状況である。
「だだだ、そ、そんなこといっだぁああぁ! 痛いイタイイタイ!!!」
 ぐぐぐ、と腕を背中のほうへと折り曲げられる。体中の筋肉と骨が悲鳴を上げている。運動もとくにしない遊は、体が硬い。いやしなくても柔らかい人間はいるとは思うが、遊は特に体が硬いほうだ。先ほどから四肢をあらぬ方向に折り曲げられたり、ぐっと押さえつけられたり、かと思えばなでさすられたり。
 一方の棗はゆったりとしたものだ。時々「あ、そこ」などと色っぽい声をあげていたりする。気持ちよさそうにうっとりとして、寝そべったままなのである。もし整骨院のひとがお姉様ではなく殿方であったのなら、間違いなく鼻の下が伸びていると遊は思った。
 ふと、ごき、っと音がする。己の肩からだ。遊は泣きそうになりながら訴えた。
「痛い! いたた」
 今度はわき腹を撫でさすられる。
「……あひっつひゃははははくすぐたった、痛いー!」
「……にぎやかな子ねー」
 棗が呆れ顔でそういい、遊は言い返す気力もなく、ぐったりと口から出て行く魂に、無言で手を振った。


 ひゅごぉおおおおおおおおおおおぉぉ…………
 吹き抜けていく風に髪が舞い上がっていく。ばたばたと風にうねるトレーナーの裾。両手両足を固定するゴムバンドが妙に重い。
 眼下に広がるのは夜景だ。きらきら光るネオンの明かりがとても美しい。特別かっこよくなくても良いので、優しい彼氏とシャンパンを掲げながらこういった夜景を楽しみたい。
 バンジー台ではなく、展望レストランで。展望レストランでなくてもよいので安全な場所で。
 いや、遊は未成年なのでシャンパンは飲めないか。となるとオレンジジュースか。
 思考が意味不明なところに飛びがちである。遊は頭を振って、必死に現在の状況を整理してみた。とりあえず、自分は今窮地に立たされている。今度こそ魂がぬけていってしまうかもしれない。きっと明日新聞の片隅に小さな記事が載るだろう。
 磯鷲遊、遊園地のバンジージャンプによって心臓麻痺、と。
 妹尾棗は絶叫マシーンが好きだった。
 とてもとても大好きだった。
 日暮れ寸前にこの遊園地に入園し、それからいくつ絶叫マシーンを制覇したのだろう。老若男女、泣く子も黙って失神する絶叫マシーンを腐るほど設置していることが売りの遊園地だ。というよりも絶叫マシーンとカテゴライズされない乗り物は、大観覧車とメリーゴーランド、コーヒーカップとおきまりの三つしか発見できないのである。そしてその三つはきちんとさけて、棗は順々に制覇していったのだった。
 遊を道連れに。
 遊自身も絶叫マシーンは好きだ。あの頬を切る風。腹の底から声を出すことによって得られる爽快感。普段なかなか得ることの出来ない空を飛んでいる感覚もいい。
 が、それは度を過ぎなければの話である。
「さぁていくわよ」
 隣で棗が腕まくりをする。このバンジージャンプはペアで行われるものらしい。遊の身体に括りつけられているゴムバンドは、棗の身体に繋がっている。つまり、棗が飛び降りれば否応がなしに、遊も重力に任せて落下していくことになる。
 絶叫マシーンは好きだ。
 だがバンジージャンプのような、身体の固定されていないものはよしてほしい。
 この疲労が蓄積している身体に、文字通り鞭打つような仕打ちである。
 泣き笑いを棗に向けてみたが、棗はそれに気づくことはなく。
(神様仏様精霊様キリスト仏陀マホメットアフラ=マズダ、アーリマン。ダレだっていいんで)
 いたいけな貧乏少女をお守りください。
 祈りながら落下した遊は、次の瞬間には舌を噛む勢いで悲鳴を上げていた。
「ぎゃ――――――――――――――!!!!!!!」


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