songさんの日記
2011.01.25 20:28 Thursday
はやくおわって
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いよいよ明日試験です
アンリアルに参加しながらテスト勉強すごくしんどい…。
完璧アンリアル中毒です。
ものすごく展開についていけない!
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日常
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コメント
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慧: 2011.01.25 Wed 20:30 [削除]
お疲れ様です!私もまだ試験中なのでおいてけぼりです。
初日記すらまだ……。
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rococo: 2011.01.25 Wed 20:31 [削除]
試験がんばってください。そして私も中毒ですよ。おそるべしアンリアル……。
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poppo: 2011.01.25 Wed 20:32 [削除]
私もついていけてないです。勉強がんばってくださいね。お疲れ様です!


「レス、はやっ!!!!」
 萌は驚愕に叫んだ。詩織が書いたばかりの日記に、もう返信が寄せられている。萌が参加しているSNSでも、これほどまでに早く誰かがレスを付けるなどありえない。
 過去の日記を読み返しても、すぐに誰かの返信があったようだ。この反応のよさなら、誰だってアンリアルに傾倒してしまうだろう。書いた日記に即座、コメントがあることの楽しさを、萌も知らぬわけではない。
「コーヒー入ったよ」
 両手にマグカップを持った詩織が、台所から戻る。なみなみとコーヒーで満たされたカップを炬燵の上において、彼女は首を傾げた。
「萌ちゃんミルクいる? 牛乳しかないけど」
「うーうんいいありがと。ねー詩織すごいねー! なにこのレスの早さマジびびんだけど」
「いっつもそんな感じだよ。すごいよね」
 詩織は微笑んで、カフェオレに口を付けながら、教授が課題範囲として突きつけた彼の著作のページをゆっくり捲っていた。付箋が貼られ、ところどころラインが引かれた本。ちなみに萌のものは手付かず新品もいいところである。
「えらいね、詩織。ちゃんと勉強してるんだ」
 パソコンから話した目を、萌は詩織の前に広げられたノートに移す。几帳面な文字の並ぶノート。
「萌ちゃんも、勉強しないと」
「やっぱりしなきゃ駄目なんだね……」
「一緒に勉強するために泊まるっておばさんに説明したんじゃないの?」
「そうだけど」
 くすくす笑う詩織に、萌は口先を尖らせて自分のノートに向き直る。授業中、バイトの疲れで居眠りばかりしていた為、みみずの這った跡ばかりが見られるそれに、萌は過去の自分を呪いたくなった。
「あーめんどくさ……」
 しゃきんっ……
 溜息を吐いた萌は、突如部屋に響いた硬質の音に、シャープペンへ伸ばしていた手をびくりと止めた。
「……え、なに」
 しゃきしゃき……しゃきんっ
「しししし、しおり」
 萌はシャープペンを握り締めながら詩織に訴える。
「はさみのおとがきこえるんだけどこれなに」
「え? あ……! ごめん!」
 問題に集中していたらしい詩織は、パソコンを引き寄せるとマウスを弄った。
「tendonさんのブログ、開きっぱなしだった」
「天丼さん?」
「この人ね」
 そういって詩織は黒背景のブログを表示させる。とても不気味な印象を受けるブログだった。夜九時を過ぎると、鋏の音が鳴り出すらしい。不気味もいいところだ。
「フォントインアイコンを読んだことがあるっていう人。多分キャラアカ。キャラアカについては説明したよね?」
「うん」
 アンリアル企画者が、登録している架空のアカウントである。
「このブログ、すごく気持ち悪いコメントで終わってるでしょ? フォントインアイコンを追いかけてる誰かに襲われたんじゃないかって」
「フォントインアイコンを追いかけてる誰かって?」
「多分、その誰かを当てることが、このアンリアルの趣旨なんじゃないかなって、私は思ってる」
 フォントインアイコンとは、オキルオベというサイトに置かれている小説だ。事実を基にしていると、作者の都々紗は述べている。とはいえ、おそらくそれは萌の生きる現実を基盤としたものではない。
 少しややこしいが、フォントインアイコンは、小説の世界の事実を基にした、小説。こういうものを、作中作というらしい。
「フォントインアイコンって大体どういう話なの?」
「まだ出揃ってないからよくわかんない。読んでみる?」
 詩織がクリックした場所は、アンリアル総合の「【オキルヲベ】フォント イン アイコン本文【突撃成果】」というトピック。そこに、発見された順番でフォントインアイコンのテキストが並べ置かれていた。
 確かに、読んでみても意味不明だ。
「うーん、全然わかんない……」
「でしょ。私もさっぱり……あ」
「どうかしたの?」
 小さく声を上げて、カーソルをしきりにどこかに合わせ始めた詩織に、萌は尋ねた。
「話が動いてる。新しいフォントインアイコン見つかったみたい」
「え?」
「フラッシュバナーの中だって」
 詩織はアンリアル企画概要のページに置かれた、動くバナーを指差した。じっと目を凝らすと、不気味な赤の手形に続いて、URLが一瞬だけ浮かび上がっている。
「このURLから飛んだところにあったんだって」
「このURLからって……一瞬しか浮かび上がらないのにどうやって読み取ったの? どんな動体視力よ?」
「スクショとったみたいだよ」
「……すくしょ?」
 ちんぷんかんぷんだと言外に匂わせた萌に、詩織は苦笑を浮かべた。
「後で説明するね」
「……ううん、いいよ」
 説明されたところで、わかりそうもない。
 後ろ手を突いて、パソコンの画面を眺めた萌は、ふと画面の上に表示されたフォントインアイコンの文字に気がついた。
「ねぇ詩織、そんなところにフォントインアイコンって書いてあったっけ?」
 指摘を受けて詩織が画面の上部に書かれたメニューに視線を寄せる。ホームに戻る、日記を書く、メンバーリスト、グループリスト、といった文字に並んで、フォントインアイコンと書かれている。
 詩織は無言でその文字にカーソルを合わせてクリックした。
 赤の飛沫が、画面に散る。
「わ!!」
 萌は驚きに叫んでいた。詩織も大きく目を開いて瞬いている。
 ――ディスプレイの上に、血飛沫が浮かび上がっていた。
 その血飛沫を、詩織が恐々クリックすると、黒い画面に飛んだ。
「フォントインアイコンだ」
 内容は、作中の登場人物が、何かの現場――明言されていないが、おそらく、殺人現場――を目撃してしまったということ。
 萌は唸った。
「ま、ますますわかんない……」
「完全に置いてけぼりな感じだね」
 詩織は理解を諦めたのか、パソコンを押しやり、ノートを手元に引き寄せている。試験勉強を再開する心積もりらしい。萌も仕方なく、教授の著作に手を付けた。
 時々詩織がSNSをリロードして、状況を確認する。また新しいフォントインアイコンが見つかる。キャラアカ同士が不穏な会話を交わし、最後には、管理人が行方不明に。
 勉強に音をあげ、萌が先に風呂を借り、詩織が入れ替わりにシャワーを浴びるその間にも、事態は着々と進行していた。
 文字通り、目を逸らすこともできない。
「なんか、すごいね」
 濡れた髪をバスタオルで拭きながら今に入ってきた詩織を視界に捉えると同時に、萌は呟いた。
「何がすごいの?」
 詩織は首をかしげながら萌の隣に座った。
「いや、これ、本当に……単なる創作なんだよね? 全部一人で考えたのかなぁ」
 萌自身、サークル活動でイベントの企画に携わることがある。けれどせいぜい十数人が関わるものばかりだ。一方、このアンリアルには三百人以上が参加している。そのうち数人には企画者をサポートするスタッフが紛れ込んでいるとしても、その数に近い人が参加し、時にイレギュラーなアクションを取る。
 そして参加者を予告なしに巻き込んでいく、イベントの数々。
 それは、単純な創作物の域を超えている。
「大体は一人で考えたんだと思うよ」
「頭の中どうなってんだろー。こんなこと思いつくっていうところが既にすごいわ……」
 萌はどこにでもいる、ごく普通の大学生だった。友達と遊び、バイトをし、しぶしぶ勉強をし、サークル活動に勤しむような。母親のお小言に耳を塞ぎながらも、出てくるご飯はありがたく頂戴し、時折父親にお小遣いをねだったりもする。
 そういう生活をしていれば、まず思い浮かばない。そんなことを考え付く人がいるということ自体に驚きだ。
 萌にとって、全く、未知の世界。
 頬杖を突きながら、萌は片手でバスタオルを抑えながらパソコンを弄る幼馴染を眺めた。垢抜けないものの、素朴で、真面目な顔。
「萌ちゃん?」
 視線を訝んだのか、詩織が顔を上げる。萌は苦笑した。
「ううん。御免」
「どうかした?」
「うーん……別に大したことじゃないんだけど。小さい頃から、ずーっと一緒にいたじゃない?」
 彼女が転校してしまうまでは、毎日のようにこうやって過ごしていた。互いの実家に泊まりあうことも珍しくはなかった。そんなにべったり一緒にいて、飽きないの? と母にからかわれるほど。
「そうだね」
 詩織は頷いた。
「いっつも一緒だった」
「私、けっこう飽きっぽいっていうか、友達とも同じ子と立て続けに遊ぶことってそんなにないんだけど。詩織とは一緒にいて、全然そんなことなかったなぁって思って」
 詩織は萌にとって、気疲れとは無縁の友人だった。それは萌のあるがままを受け止めてくれる、詩織の性格的な面もある。だがそれ以上に萌を飽きさせなかったものは、詩織がこんな風に見せてくれる新しい世界だった。
 幼い頃から、詩織は言葉数少ない代わりに、気に入ったものを萌にそっと差し出した。例えば萌の知らぬ面白い本や、切ない歌や、見たことのない景色。面白いおもちゃ。美味しいお菓子。
 詩織ははにかんだように微笑んだ。こんな風に一緒にいて全く飽きない友人を、何故今まで蔑ろに出来ていたのか、萌は自分が不思議でならなかった。


 二十九日、企画終了。
 主人公役キャラクターアカウントである「のきこ」が書いた最後の一文に、これが虚構のものであると知りながらも、萌は鳥肌を立てた。
 萌の隣に座る詩織も、どこか興奮した面持ちでディスプレイを凝視している。
 一週間以上に渡って行われた企画は、確かにミステリー風味のホラーだった。企画中に起こった様々なイベントの黒幕はフォントインアイコンが示していた殺人犯でもなければ、作中作で舞台になった高校の関係者でもない。
 それを装った、幽霊めいた、何者か。
 それが提示され、謎をぶちまけたところで、企画は終わった。
「こわぁああぁあぁああぁあ」
 叫んだ萌の隣で、詩織が胸に手を当てて息を吐く。
「最後でこうくるとは思ってなかった……」
 さすが、と、詩織は企画者の名前を口にした。
「あーもーどういうことなのかわかんない! てか最後のnonfictionの見てるよほらってこわぁぁあああ」
 企画が進むにつれて、font in iconのタイトルでフォントインアイコンと非常に混同しやすい別の断片が掲載されるようになっていた。やがてそのタイトルはnonfictionに挿げ替えられる。このnonfictionの主人公こそ「のきこ」であり、彼女が行った罪が記されていた。font in iconとは、nonfictionのアナグラムだったらしい。
 黒幕の存在が提示されたところで新たに追加された一節には、「のきこ」が何かに襲われるシーンが描かれていた。
 本当に、ホラーだ。
「もう一度流れ明日おさらいするよ!」
 興奮冷めやらぬままに叫んだ萌に、詩織は瞬いた。
「最後は私よりも萌ちゃんの方がアンリアルにのめりこんでたね」
「だって面白かったんだもん。なんかこう……金田一になったみたいで」
 インターネット上とはいえ、自分が現場に居合わせたかのような臨場感だった。
 否、確かに自分は、その場に立っていた。ただ、フィールドが萌のいつも立っていた場所とは違うだけなのだ。
「萌ちゃん今度の旅行どうする?」
「いくよ」
 萌は背後にばたりと倒れながら答えた。
「今度のゴールデンウィークとかどう?」
「サークルは平気?」
「平気」
 本当はゴールデンウィーク中にサークルの集まりがあったが、最近はやたらめったら手伝いに借り出されるばかりで、サークル仲間との会話も話題性にかけて、つまらなくなり始めていた。これを機会に、やめようと思っている。
 そして、もう少し、自分が大事だと思っている人に対してきちんと向き合っていこうと思っていた。
「ミステリーツアーにいく?」
「ミステリーツアー? よくJRがやってるやつ?」
「うん。私一度参加してみたかったんだー」
 せっかく、アンリアルに参加して、ミステリー風味の醍醐味を味わったのだ。今度は現実でミステリーツアーに参加してみるのも、一興かもしれない。
「いいよ。そうしよう。明日、買い物がてらに駅行ってパンフもらってこようよー」
 萌の提案に、詩織は微笑んで頷いた。
「詩織」
「なに?」
「……ごめんね」
 ずっと、ずっと。
 手紙も、メールも、約束していた旅行も。
 萌の謝罪に詩織は小さく首を横に振った。
「大丈夫。……私、お風呂はいってくるね」
「うん。いってらっしゃい」
 萌は既に一番風呂を借りている。
 詩織を見送った萌はシャットダウンをクリックしたパソコンを棚の上に避けて、炬燵を片付けた。ここに、布団を敷く。勉強を口実として、アンリアルが気になってここ連日詩織の家に泊まりこんでいる萌に、母は呆れた様子で、ちゃんと片付けとか手伝うのよと口をすっぱくして言い含めていた。
「ちゃぁんと、手伝いぐらいしますよー」
 空っぽのマグカップも避けて、荷物もまとめて。
 寝る準備を整え、よし、と満足に頷いた萌は、ふと聞こえた音に目を見開いた。

 しゃきん

 金属の擦れ合う。
 硬質の。
 鋏の音。
「え?」
 萌は背後を振り向いた。音源を捜して彷徨わせた視線が棚の上に置いたパソコンのディスプレイを捉える。
 そこには、この数日で見慣れたアンリアルのマイページが表示されていた。
「……あれ、私、シャットダウンクリックしなかったっけ?」
 気のせいだったか、と萌は布団を踏みしめながらパソコンに歩み寄った。

 しゃきんっ……

 再び聞こえた鋏の音に、マウスへ伸ばしていた手が止まる。
 にもかかわらず、画面上でポインターが静かに動き始めた。
 萌は、目を見開く。
 白い矢印が、画面の上部、メニューの方へと移動する。そこには、ホームに戻る、日記を書く、メンバーリスト、グループリスト、といった文字に並んで、フォントインアイコンの文字――……。
「これ、消えたはずじゃ」
 メニューリストのフォントインアイコンの文字は、そのリンク先がトピック記事から直接飛べるようになってからは消されていたはずだ。
 そもそも、この聞き覚えのある鋏の音は、tendonブログを開いていないと聞こえないはずで。
 ポインターが、文字をクリックする。飛び散る赤の飛沫。残された血痕。そこを、クリック。
 現れる、黒い画面。
 そこに打ち込まれる。

font in icon

赤の文字で。

font in icon font in icon font in icon font in icon font in icon font in icon font in icon font in icon font in icon font in icon font in icon font in icon font in icon font in icon font in icon font in icon font in icon font in icon font in icon font in icon font in icon font in icon font in icon font in icon font in icon font in icon font in icon font in icon font in icon font in icon font in icon font in icon font in icon font in icon font in icon font in icon..

 誰の手も借りずに次々打ち込まれていく赤い文字。
 やがて画面がズームアウトし、文字の群れはドット画のように、一つの単語を描き出す。

 画面いっぱいに、描き出す。

 赤い文字。


UNREAL


 しゃきん、と萌の耳元では鋏の音が。
 ぶつんと何かの糸を断ち切って、ディスプレイ画面は沈黙した。


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