第九章 泡沫の恋人 4
瞼の向こうに、光を感じた。
意識を眠りの縁から懸命にたぐり寄せて、ディアナは目を開けた。肌にひやりとした冷気を感じ、毛布をかき抱いて傍らを見る。昨夜まで確かにあったはずの温もりはそこになく、魔が昼近い時刻を告げたのもあって、ディアナは慌てて周囲を見回した。
(ヒース……)
彼はいた。
身廊を挟んだ向こうの壁際に腰掛け、窓枠に頬杖をついて外を眺めていた。
彼も起きたばかりなのかも知れない。上半身は服に袖を通しただけといった様子で、どこかぼんやりしている。
ディアナはもそもそ起き出して、毛布に包まったまま彼に歩み寄った。
ヒースはディアナに気づいた。無言のまま片腕を広げてディアナを迎える。
ディアナは彼に寄り添い、その視線の先を追った。
やや離れた場所に立つ一本の樹がある。
その陰で馬が草を食んでいる。自分たちの牝馬は堂内に繋がれたままだから、別の一頭だ。視線を下にずらすと、木の根を枕に仰向けに寝そべり、青空を眺める男の姿があった。
遠目でもわかる。
予想の通り、ダダンが来たのだ。
ヒースが指の背でこちらの顎をするりと撫でる。求めに応じて顔を上げると、口づけを受けた。
初めは軽く啄むように。少しずつ吐息を混じり合わせる。
唇を離して、抱きしめ合う。
彼の温度と心音を感じる。とく、とく、とく。規則正しいその音を愛している。
やがてどちらからともなく離れて見つめ合った。
あぁ。
わたしたち、幸せだった。
「行きましょう」
「はい」
太陽が中天に差し掛かろうかというころ、草土を踏みしめる音が耳に届いた。
ダダンは首を巡らせて礼拝堂に視線を向けた。草木の侵食を受けた石造りの建物から、ひと組みの男女が馬を曳いて歩み出てくるところだった。
晴れ渡った空の下、澄んだ空気に舞う塵が、光を乱反射させている。その中をくぐるふたりにも光が散って、きれいだった。旅の最中にどこかで目にした、神聖な誓いの御堂から現れ、祝福される恋人たちの姿に重なった。
ダダンは上半身を起こし、膝に手を突いて立ち上がった。ひと息に跳ね起きることもできるが、これから自分がすることは、この分かちがたいひとつのようなふたりを引き裂くことだ。身体も自然と重くなる。
「よ、久しぶり」
「ご無沙汰しています」
ダダンが軽く手を挙げると、男は微笑んで応えを返した。
「あー、前んときは悪かったな。思いっきり殴って」
「えぇ。本当に。二刻も意識を飛ばしましたよ」
ペルフィリアでこの男を気絶させたことがある。よく眠れてよかっただろ、と、ダダンは笑った。男は半眼で肩をすくめ、何も言わなかった。
ダダンは男の傍らに佇む娘を見下ろした。
最後に会った場所は小スカナジアで、もう一年近く前のことになる。あのころの彼女は性別を感じさせない妖精めいた造りの顔に、驚くほど険のある表情を浮かべていた。黄金の瞳には金属的な冷たさがあった。
いま、娘の目は穏やかだった。顔色から判断するに、健やかさを損ねているといったこともなさそうだ。
「お前も、元気そうで何よりだ」
「ここまで来てくださって、ありがとうございます」
娘が微笑んで礼を述べる。
丁寧に頭を下げようとする娘をダダンは手で差し止めた。
「あぁ、待て。先にお前に訊いておきたいことがある」
「何でしょう?」
「お前はデルリゲイリアに戻ったあと、まずは査問を受けることになる」
ダダンがマリアージュから受けた依頼はふたつ。
娘を連れ帰ること。その前に注意勧告すること。前者はともかく、後者はデルリゲイリアの人間には無理だ。
だからダダンが来た。
娘に驚きの色はなかった。男も同様だった。ふたりはダダンの言葉に耳を傾けている。
ダダンは男を一瞥して話を続けた。
「ペルフィリアの宰相と通じていたという事実は覆らないからだ。で、その査問の結果、どうなるかわからない」
これは宰相ロディマスの言葉だった。遠まわしに極刑もあり得ると告げている。
娘は化粧師だ。マリアージュがどれだけ彼女を必要としていても、その存在の意義を女王が説いたとしても、大勢が無意味と断じる。他国と通じている。その可能性の危うさを重んじる。
なんとも馬鹿馬鹿しい。しかしそれが現実なのだ。
神妙にダダンは尋ねた。
「――それでも、戻るって言うんだな?」
「はい」
娘は即答した。
「承知の上ですよ。戻ることに、意味があるんです」
ダダンは男を一瞥した。何とか言ってやれ。そういう気分だった。だが、ほかでもないこの男が、娘に待ち受ける未来を、予想していないはずがなかった。彼は顔色を変えることもなく、ダダンに言った。
「彼女を頼みます」
――ふたりは、決めたのだ。
わかった、と、ダダンは言った。
「任せておけ。……必ず、連れて帰る」
男がわずかに目を見張る。彼は口を開きかけたが、何も言うことなく首肯した。
馬の支度をして、娘の荷を括りつける。先に騎乗し、娘を背後の鞍に乗せた。
男と娘は別れの言葉すらなかった。微笑みあって、軽く手を振っただけだ。まるで明日にでもまた会えるかのような。行ってらっしゃい。行ってきます。そんなやり取りすら聞こえそうなほどに重苦しさはない。
これから王都へ引き返すという男を置いて、先に出発する。
よい陽よりだった。雲ひとつない蒼穹。大草原の海原が輝きながら波打つ。この分なら多少荒れた道でも泥に馬の脚がとられることもない。
こういうときは終始よい旅となるものだ。
きっとデルリゲイリアにはすぐに着くだろう。
ディアナを見送って最短経路を採って三日。王都へは閉門の刻限ぎりぎりに着いた。
夕日の赤光に染まった外門前で馬を降りる。そこで見慣れた顔を目にして、ディトラウトは思わず瞬いた。
「ゼノ」
「お疲れさん。……いい休暇だった?」
「えぇ。おかげさまで。……なぜここに?」
「そりゃ、迎えに来たんだよ」
ゼノの背後からふたりの人影が現れる。
ディトラウトは呆れた目で彼らを見やった。
「お前たちまで」
「閣下……」
スキピオが声を絞り出す。その隣のマークは無言だが、単に発言を堪えただけだと顔を見ればわかる。
ディトラウトは彼らに言った。
「……彼女は成すべきことを成しに帰った。わたしもそうする。陛下のお許しがある限り」
「ですが……わたしは――……」
マークが下唇を震わせて悔しそうに呻く。
「わたしは、あの方に、あなたを支えてほしかったのです」
マークが、彼の隣で拳を震わせるスキピオが、自分に忠義を尽くしてくれる少なくない数の者が、彼女を主人として認め、よく仕えていたことを知っている。
彼らのこの失望を予測していてさえ、自分は彼らを諫めず利用すらしたのだ。
罪は自分にある。
「ありがとう。わたしたちを助けてくれて」
感謝している。深く追及することなく、ただ、ディトラウトのわがままに付き合ってくれたことに。
実直な騎士はやや置いて、いいえ、と、力なく首を横に振った。
ディトラウトは彼の肩を叩いた。
「さぁ、帰ろう」
――裁きを、受けに。
ダイがデルリゲイリア王城を不在にして、丸一年以上となる。久方ぶりに足を踏み入れた王城は閑散とした雰囲気で、見かけるだれもが仕事に没頭し、騎士に連れられて歩く娘に目もくれない。マリアージュが再び玉座に座して以降、人員整理を行ったようで、皆、山積する業務で多忙であるとのことだった。
ダダンとは貴族街の入口で別れている。検問所でまず衛兵がダイを引き取った。その後、連行役の交代を幾度か経て、城内を歩いている。
ダイは先導する騎士の後ろ姿を眺めた。顔を知ってはいるが、親しいとはいえない。そのような人員を選抜しているらしい。彼らはダイと特に言葉を交わすこともなく、短いようで長きにわたる道程の伴をした。
最後にたどり着いた場所は玉座の間だった。
天井から吊られた装飾照明の眩い謁見の間に配された人の数は驚くほどに少ない。ロディマス・テディウス。アッセ・テディウス。文官に、武官――中でも宰相の信任厚い騎士たちが指折り数えられる程度。アルヴィナの姿もあった。彼女だけがダイと目を合わせ、微笑みを浮かべた。
扉から一本道に敷かれた絨毯が導く先、檀上に据えられた玉座にひとりの娘が座している。
半年強、顔を見ていなかったダイの主人、マリアージュ・ミズウィーリ・デルリゲイリアだった。
自身の塔での蟄居、という名の執務漬けを経て、セレネスティから呼び出されるまでに半月を数えた。
身を整えて、謁見の間へ赴いたとき、檀上の玉座の前に立つ王は憤怒と失意、加えて、無力感、だろうか。様々な感情を内包した複雑な空気を醸し出していた。
国の内情、それも、ゼノたちですら把握していない深部まで踏み込んだ娘を外に放逐した。しかもその幇助を、執務を放り投げてまで行ったとあれば、ディトラウト自身、極刑でもおかしくはないのだ。ただそれをするにはあまりにもペルフィリアは脆弱だったし、ディトラウトがあらゆることを抱えすぎていた。
セレネスティが手を振った。ほんの少数しかいない広間から、さらに数人が退室していった。セレネスティや、梟、ヘルムート、ゼノ。あとは、マークやスキピオといった、あの娘と自分のことを知る者だけが残される。
檀上の玉座へ続く階の下に跪いて頭を垂れる。
面を上げよ、と、王は言った。
「……申し開きはあるか? 宰相」
「ございません」
ディトラウトは断言した。自身の行いに正当性はない。王の求めに逆らったのだ。明らかなる裏切り行為だった。
「あえて言うのであれば、わたくしは以前にも申し上げました。――この地獄へは、自ら足を踏み入れたもののみを、伴うべきです」
征服も蹂躙も虐殺も、この国が生き永らえるためならば行おう。聖女にも弓曳こう。主神すら弑してみせよう。
けれどもその責はこの国を生かしたいと願ったもののみが負えばよい。
セレネスティが拳を握りしめる。
手袋のきしむ音がここまで聞こえてくるかのようだった。
ペルフィリア宰相との密通。これがダイの罪状である。
大陸会議からの嫌疑に加えて、この国に戻るために彼の手を借りた。内々に、というところが問題だった。ペルフィリアから公式な保護の宣言を受けて帰国であれば、こうも物々しくはなかったのかもしれない。ペルフィリア宰相とかねてより連絡を取り続けていたか。大陸会議の最中は何を話したのか。タルターザで行方を晦ませて以降、どのようにして彼と接触したのか。いままでどこにいて、何をしていたのか。
ダイは隠さなかった。尋ねられたことはすべて正直に答えた。セレネスティのそば近くに控えていたことまで。
彼の性別については答えなかった。訊かれなかったからである。セレネスティがダイの出国を渋り、ディトラウトと共謀して外へ出た。ロディマスの審問はそこまでだった。
「……アスマには会ったの?」
それがマリアージュの第一声だった。ダイがロディマスの追及を受ける間、彼女は玉座に頬杖を突いて目を伏せていた。いま、彼女は同じ体勢をとったまま、ダイを真っすぐに見下ろしていた。
「はい、陛下」
「……あんたのこと、心配していたでしょう」
ダイは息をのみ、はい、と、再び首肯した。
『――こんのっ、馬鹿娘っ!』
会って早々、アスマは怒鳴った。ダイを続いて平手打ちの衝撃が襲った。目の前に星が飛んで頭がくらくらしたが、すぐに我に返った。アスマがその場に膝を突いてダイに縋りつき、あわれもなく泣き始めたからだ。
彼女は小言を次々と口にした。あんたは、人の気も知らないで、心配ばかりかけるなとか、そんな言葉だったように思う。ダイの肩に押し当てた口元はくぐもっていて、はっきりとは聞き取れなかった。だが、アスマがそんな風に泣き出すことも、ダイを抱きしめることも、かつてないことだった。
茫然としていたダイの下に、親しかった芸妓たちが次々と現れて、やいのやいのと騒ぎ始めた。ばかばか、どこへ行ってたの、大変なことに巻き込まれちゃったんでしょ。怪我はないの。大丈夫ならさっさと手紙ぐらい出してよね。もー、心配かけちゃだめよ、云々。あけすけで、にぎやかな芸妓たちが、背後からダイに圧し掛かったり、無事でよかったと泣き出したり、泣き顔のアスマをからかったりする。
うるさいよ、と、顔を上げたアスマは芸妓に怒鳴り返して、今度は胸にダイを抱いた。
彼女たちが、母の面影を追いかけていたことは確かだ。
けれども、自分を、見ていなかったなんてことはなかった。
自分は真実、守られて、愛されて、育てられた。
ダイは震える手でアスマを抱き返して呻いた。
『……おかあさん……』
「わたくしからもよろしいでしょうか」
立ち尽くしたままのセレネスティに、ディトラウトは尋ねた。彼は低くかすれた声で応じた。
「……なんだ?」
「我々の捕縛を試みなかったのはなぜですか?」
あの最後の旅は拍子抜けするほど平穏そのものだった。むしろ検問所で旅をする男女に何かしらの優遇を促していた跡すら伺える。
「……下手に追いかけまわして、お前に怪我でもされたらことだろう」
「にしても、放置しすぎです」
自分と別れたあとの娘を追跡させた様子もない。
玉座に腰を落として、セレネスティが目元を抑える。
「……どうして、戻ってきた?」
「不思議なことをおっしゃいます」
王の問いにディトラウトは返した。
「地獄の果てまでもと、わたくしは誓ったはずです」
「……武力で隣国を攻め滅ぼすこともある。前のように。……そのとき、彼女が立ちふさがったとして……お前はどうする?」
想像する。帰国したばかりのころ、幾度となく繰り返した妄想を。
デルリゲイリアの王都を襲撃する。女王を抑える。あの、利かん気の強い娘の傍らにはきっと、化粧師がいるだろう。女王を貶めんとするすべてのものを、月色の瞳で挑むように睨め付けてくるさままで思い描ける。
ディトラウトは微笑んでセレネスティに宣言した。
「あなたが必要というのなら、その心の臓を差し出してご覧にいれましょう」
沈黙が、満ちる。
その前にディトラウトは続けた。
「なぜ、わたしが戻ったか。答えはたったひとつです。わたしはすでに選んでいた。わたしの王。わたしの主人。わたしの、たったひとりの」
世界でもうひとりしかいない。
わたしの血族。
「きょうだい。あなたを。セレネスティ」
そう名乗らざるをえなかった、弱くて繊細な気性をひた隠して、性別も何もかもを捨てて、孤独な玉座に座り続ける、弟を。
――ヒースの野の故郷で、父を除いてたったひとり、純粋な思慕で自分の存在を救い続けてくれていたのは、彼だったのだから。
「わたくしがペルフィリアの宰相に心惹かれたことは真実です」
ダイは檀上のマリアージュへ告げた。
「ですがわたくしはあなたへの忠誠に悖ったことはございません。その証明に、わたくしは戻って参りました。……お供いたします。最後まで」
秘匿するべきことをペルフィリアに漏らしたことはない。
しかし所詮、どのような御託を並べても、かの国でディトラウトといたことに変わりはない。
マリアージュもまた玉座に在る限り、他者の死を命じなければならないときがくるのかもしれない。
ダイはタルターザでそう予見したことがある。
ならば。
「けれども、あなたが、それを許さない。……わたくしの忠義を、疑われると、そう、おっしゃるのなら」
――その最初を賜ろう。
殺せばよい、と、言うべきだったし、死も覚悟している、と、告げるべきだった。言えた。以前なら。
だが、はく、と、口を動かすが、声が出なかった。
涙ぐみながら訴えられた、友人の言葉がよみがえる。
『……自分を粗末にしたら駄目だよ』
(あぁ……)
『こんのっ、馬鹿娘っ!』
(いやだなぁ)
『ディアナ』
(死にたくないなぁ)
だってようやっと。
愛に気づいたのだ。
「陛下っ!?」
焦燥の滲むロディマスの声でダイは我に返った。玉座から立ち上がったマリアージュが衣装の裾をからげて階段を下りてくる。そして瞬く間にダイの眼前で両ひざを突いた。
ぱぁん、と、肉を叩く音が頭蓋に反響した。
マリアージュがダイの頬を両手で引っ叩いた音だった。
「マリア」
「痛いでしょ」
ダイの頬をその手で挟んだまま、マリアージュが顔を覗き込んで言う。
唖然としたまま、ダイは主張した。
「そりゃ、痛いですよ」
マリアージュ渾身の攻撃だ。挟まれるだけでも骨がみしみしするのに、これだけ全力で叩かれたらあとで絶対に腫れ上がる。いまも衝撃に遅れて、徐々にじんじん疼痛が広がり始めている。
マリアージュが下唇をかみしめて震えている。
こんなふうに悔そうに涙をためる姿を久々に見た。
「まり、あ」
「痛いなら、泣きなさいよ」
二の句を告げずにいるダイにマリアージュが怒鳴る。
「あんたはわたしにただいまってそれだけ言えばいいのよ。――いいから、泣け!」
「もう……もう」
主人の背に腕を回して、その肩に瞼を押し付ける。
ダイは叫んだ。
「なんなんですかぁあぁ……」
ダイは鼻水と涙でぐしゃぐしゃになりながら泣いた。
マリアージュも、泣いていたと思う。
ばん、と、扉が壁に当たって跳ねた。
セレネスティは駆け込んだ自身の寝室で、円卓の上に置かれた水差しを横殴りにした。
筆記具、本、枕、脱いだ靴。あらゆるものを投げ捨て、布は力任せに引きちぎる。最後に薄布ごと装飾品をむしり取って鏡に叩きつけた。放射状に亀裂が広がって、部屋の景色をゆがませた。
遮光幕の引かれた部屋は暗い。その一等、闇の濃い部屋の角で膝を抱えて蹲る。
間をおいて、するりと人影が入室した。梟のものだった。
彼女は扉を閉じて施錠しきった。暗闇の中、砕けて絨毯に散乱する花瓶や茶器を器用に避けて、足音もなく歩み寄ってくる。
梟はセレネスティの前に片膝を突いた。
「……陛下」
「……がう」
鼻をすすって、セレネスティは呻いた。
「ちがう。……ちがうんだ。違う! 僕は……ぼくは、兄上に、あんな顔をさせるために、こんなことをしているんじゃないっ!」
兄はシンシアを愛していたはずだ。きっとそう彼女にも囁いたはずだ。その口で彼女の心臓を抉り出し、捧げて見せるという。王が望むのであればと、曇りない笑顔で宣言してみせる。
違ったのだ。少なくとも最初は。自分のちっぽけな手に残された領民を、やさしいひとたちの生きる土地を、守りたかった。それだけだ。それだけのはずだった。
目的を見失ったのはいつからか。
兄の忠誠を引き受ける覚悟を本当に自分は持てていたのだろうか。
「……ちがうんだよ……」
「陛下」
泣き伏せるセレネスティの手を梟が握りしめる。
彼女は囁いた。
「あぁ、わたくしが、魔術師などにならなければ……」
すべてをかわることが、できたのに――……。