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第八章 墜落する競争者 7


 ばんっ、と。
 背後で山小屋の扉が乱暴に閉じられる。走り通したせいか、荒い呼吸は一向に落ち着く気配を見せなかった。脇腹がひどく痛み、肌寒い気候だというのに汗が噴出す。
 床に手を突き、アリシュエルは空気を求めて肩を揺らした。呼吸を整えるためだけに時間を費やすことしばし、扉を閉めた男が歩み寄ってくる。
 傍らに膝を突いた彼は、労わるようにこちらの肩に触れた。
「大丈夫かい? アリシュエル」
「ロウエン……」
 頷き返して、アリシュエルはロウエンの腕に縋りついた。
「大丈夫。……ごめんなさい」
「いいよ。無事で、よかった」
 ロウエンはその場に腰を落とし、アリシュエルをその腕の中に招き入れた。慣れた体温に安堵の吐息を漏らす。ここだ。この男の腕の中に帰ってきたかった。力強い腕に抱きしめられながら、アリシュエルは歓喜に心震わせる。
「……ヒースは、無事だろうか」
 アリシュエルの髪をゆっくりと撫で付けながら、ロウエンが呟いた。
「……多分、大丈夫だとは思うけれど」
「お父上は一心不乱にこちらへ来ていたからね」
 先ほどのバイラムの様子を思い返しているのだろう。ロウエンの口元には苦い笑みが浮かんでいる。
「すまない。僕らがお父上をこちらへ呼び寄せてしまったんだね」
 後を追ってくる馬車にもっと早くに気づければよかったと、彼は言う。アリシュエルは申し訳なさに目を伏せ、その肩口で首を横に振ることしか出来なかった。
 逃げる最中に聞いたところによると、ガートルードの屋敷から姿を消した自分の足跡を求め、ダイとミズウィーリ家の当主代行がロウエンを訪ねたらしい。居場所と聞いてすぐにこの場を連想した彼は、ヒースと共にこちらへ馬車を走らせてきた。その後を、アリシュエルの行方を執拗に捜していた父、バイラムが付けていたらしい。
 アリシュエルを先に見つけたのはバイラムの方だった。襲われたアリシュエルは、寸でのところでロウエンたちに救われたのだ。
「……もう、放っておいてくれたらいいのに」
 無関係の者を危険に晒しても、自分を殺さんと息巻くバイラムの心中がわからない。
 ヒースはバイラムの部下を引き付ける為に途中で別れた。自分達がどうにかこうやって山小屋に逃げ込めたように、彼も無事でいるとよいのだが。
「期待を掛けていた分、君が離れたことが信じられず混乱しているだけだよ」
「そんなのじゃないの、ロウエン!」
 アリシュエルは身を起こし、ロウエンに訴えた。
「父は自分の思い通りにならない道具が憎いだけよ! 混乱しているだけなら、剣を振り回して追ってきたりなんかしない!」
 実の娘を殺そうと刃を向ける男を思い返す。血走った目。そこに愛情などひとかけらもなかった。
 長年、父との仲は決してよいといえるものではなかった。父だけではない。母親とも妹達とも。
 父はアリシュエルに常に完璧を要求し、厳しくあり続けた。母は父に従順であったし、妹達は父の期待を一身に背負うアリシュエルを疎ましがって近づこうともしない。
 それでも、アリシュエルは家族を愛していた。特に父を立てることを忘れはしなかった。ガートルード家の繁栄の為に尽くすことを忘れたことは一時もなかった。
 しかし彼らがアリシュエルの身を思いやることは、一度たりとも、なかったのだ。
「父にとって役に立たなくなった人形は、ただ邪魔なだけなのよ……」
 父は率いていた家臣二人に、アリシュエルを殺してしまっても構わないと命じていた。
 そして彼自身も、アリシュエルに剣を振るった。ロウエンたちが間一髪助け出してくれなければ、自分の首は今頃、胴体と切り離されていただろう。
 ロウエンの袖口を強く握り締め、アリシュエルは呻いた。
「……もっと早く、あなたと一緒に、国を出ていればよかった……」
 海を隔てた、彼の祖国へ。
 もっと早くに全てを捨てて、旅立てていれば。
「僕も思う。もっと早くに、君を連れ出せていれば。君を、攫(さら)えていれば」
 アリシュエルの髪を撫でながら、ロウエンが囁く。
「だけどね、アリシュエル。僕は何の罪悪感もなく、君から家族や国を奪えるほど強くはなかった。それに、言い訳のように聞こえるかもしれないけれど、僕は君が家族との仲を修復できるものと信じていたかった」
「……あの人たちは、何度も私の期待を裏切ってきたのに」
「知っている」
 苦笑を浮かべた彼は、アリシュエルの頤(おとがい)に手を添えた。柔らかい黒の目が、自分の姿を映し出す。
「それでも、僕は信じずにはいられない」
 彼は吐息と共に囁きを落とした。
「君が芸技とそこにある精神を、美しさを尊ぶ国の民であるように……僕もまた、何度裏切られ踏み躙られても人を信じずにはいられない、人の可能性を信じてしまう国の民なんだ」
 そうしてゆっくりと触れる唇を受け入れて、アリシュエルは目を閉じる。
 混ざる吐息。重なる体温。自分を愛しむ手。
 ――……それらが、私を人にした。人形であった私に、命を吹き込んだ。
 呼気が再び二つに分かれた後、アリシュエルは笑った。
「お人よしね」
 哀しいぐらいに、お人よしだ。
 けれど彼のそんな部分に、救われたのだ。
 そして彼のそんな部分を、愛したのだ。
 ロウエンは肩をすくめる。
「よく言われる」
 アリシュエルの身体を一度離し、彼は膝に手を突きながら立ち上がった。
「暗くなってきた。火を灯そう」
 そういってロウエンは傍を離れる。戸棚の中のランタンを取り出して火を入れる男の背中に、アリシュエルは尋ねた。
「父に見つからない?」
「さぁ。雨戸を締め切って明かりが漏れないようにすればしばらくは平気だろう。隙を見て逃げ出さなければならないけれど……休憩が必要だ。君はもう体力の限界だろう?」
 揶揄するような響きに、アリシュエルは頬を膨らませる。
「そんなにやわじゃありません」
「おや、それは知らなかった」
 おどけるように笑って、ロウエンはランタンの金具を閉めた。玻璃と金属が擦れあう音がきしりと響く。
「ヒースが上手く逃げていれば、助けを呼んでくれる。ダイもミズウィーリ家に戻って報告を入れているから、案外早く応援が来るかもしれない」
「うん」
「だからきっと大丈夫。……アリシュエル、雨戸を閉めてくれるかい?」
「はい」
 アリシュエルは立ち上がり、窓に歩み寄った。遮光幕は既に引かれているものの、ちらちらと外の明かりが漏れている。夕暮れの甘い緋色。その色を眺めていると、以前ロウエンとこの小屋で一晩明かした時のことを思い出す。
(マリアージュ)
 迷惑を掛けてしまった。
 ロウエン以外で唯一存在鮮やかだった、同じ女王候補の少女を思い出す。
(私はこの国のことを考えられない。この国の未来も何も。どれだけ考えても、ロウエンの生まれた土地に行って、彼と一緒に生きる。それだけしか、もう、考えられなかったの)
 ロウエンの故郷に辿り着いたとして、思い馳せるこの国での温かい記憶は、おそらくロウエンとのことばかりだろう。
 今しがた夕日の残照を見つめて、彼との思い出しか浮かばなかったように。
 そんな人間に、女王は務まらない。
 女王には、この国の未来を考えられる少女がなるべきだ。
 遮光幕を指先で押しやり、雨戸に手を伸ばす。
 枠に硬くはまり込んだそれは、なかなか思うように閉じてくれない。
 古い木材がようやく動き、顔を綻ばせたアリシュエルは、ふと窓の外を過ぎった影に視線を移した。
 そしてそこに血走った目の男を見つけ、声にならぬ悲鳴を上げたのだった。


「ヒ」
「ダイ」
 ダイの呼びかけをヒースが制する。
(あぁ、そうだ)
 線引きしなくては、ならぬのだった。
 ダイはヒースの傍に駆け寄り、彼の包帯の巻かれた方の手を見た。それは泥砂といったもの以外で赤黒く汚れている。ダイを庇って受けた傷が明らかに開き、血が滲んでしまっていた。
 その手に触れながら、ダイは彼を見上げる。
「大丈夫……なんですか?」
「えぇ」
 ダイの手を振り払うようにして腕を引き、ヒースはそっけなく頷いた。
「……で、何で貴女と……マリアージュ様までいるんですか?」
「それは、まぁ、色々と……」
 返答を濁したダイに、ヒースは呆れ交じりの溜息を落とす。大人しく待っていることも出来なかったのかと、いわんばかりである。
 いたたまれなくなって目を伏せるダイの横をすり抜け、ヒースはマリアージュの下へと歩いていく。その背を、慌てて追いかけた。
「ヒース、アリシュエルはいたの? あんた、あの子の恋人とかいう男と一緒にあの子を探してたんじゃなかったわけ?」
「アリシュエル嬢はいらっしゃいましたよ」
 マリアージュの詰問に、彼は答える。
「ただ、ちょっと危険な状況ですね。バイラム氏が剣を持ってアリシュエル嬢を追い回している。ロウエンは彼女と一緒に逃げました」
 そして厳しい表情で、彼は集まる警備の男達を見渡した。
「あとバイラム氏の護衛として、二人ほど付いてきています。こちらに引き付けたつもりですが……すぐに応援に行く必要がある」
 ロウエンの身の危険を知らされ、ダイは身体を強張らせた。いくらロウエンが苦境を潜り抜けてきた男だとはいえ、彼も傭兵ではない。人の命をやり取りする専門職相手に、アリシュエルを守りながら逃げ切れるとは思えない。
「ヒース、あんた傷の手当してきなさいよ」
 ヒースの包帯に視線を落として、マリアージュは命令した。
 彼は嗤う。
「マリアージュ様、私の他の誰が案内するのですか?」
「それは、そうだけど」
「でもお前、顔色悪いぜ。とりあえず俺達が教えられた道を先に行くから、お前少し休んでいったほうがいいんじゃねぇか?」
 ダダンの指摘に、ダイは同意して首を振った。ヒースの顔色は悪すぎる。今すぐ倒れてしまいそうなほどに血色がない。瞳の焦点もどこか曖昧だ。傷が開いてしまったせいで、発熱しているのではないだろうか。
「平気です」
 ダダンの忠告を受け流し、ヒースは言った。
「暗くなります。三人は付いてきて、マリアージュ様たちはこちらで待機を」
「嫌よ!」
 警備に指示を出したヒースに、マリアージュは食って掛かった。
「私も行くわ。あの子を張り倒すために、私はここまで来たんだから」
「マリアージュ様! こんな時まで我侭はおよしください!」
「平気よ!」
 そういって、彼女はダダンの腕を引き寄せる。
「この男が守ってくれるらしいから」
「お、おおいおいおいおいっ!」
 先ほどまで言い合っていた相手に突然頼りにされ、ダダンが狼狽を見せる。マリアージュは彼の腕にしがみ付いたまま、半眼で唸った。
「何よ? あんた女一人守れないぐらい弱いわけ?」
「んなこたねぇよ! ……じゃなくて、いい加減状況弁えろよ! 大体なぁ、俺は傭兵じゃなくて情報屋が本職なんだよ!」
「そんなことどうだっていいわ。守れるの? 守れないの?」
「……ああぁぁああぁクソっ!!」
 マリアージュの手を払いのけて、ダダンは頭をかき回す。
「このじゃじゃ馬め!」
 忌々しそうに毒づき、彼は叫んだ。
「出来る限りはやるけどな! 死んだって俺の枕元に化けて出てくんなよ!」
「……ヒース、わかったわね? 私も行くわよ。なんとしてでも」
 二人のやり取りに忘我していたらしいヒースは気を取り直し、唖然とした面持ちでこめかみを押さえた。
「……仕方ありませんね……」
 これ以上何を言っても聞かないし、時間の無駄だと思ったのだろう。
 顔を上げた男の蒼の瞳がダイを捕らえる。彼が何かを言う前に、ダイは主張した。
「私も行きます」
「……ダイっ!」
 憤怒に声を震わせた彼は、ダイの肩を乱暴に掴んだ。
「貴女までっ! いい加減にしなさい! 大体どうしてこっちまで来たんですか!?」
「マリアージュ様が行くっておっしゃるのに、事情を知る私が一人ぬくぬく待っていられますか!!」
「迷惑です!!」
「でもここまでもう来ちゃってますから、私ここで待ってろって言われても結局一人ってことでしょう!? マリアージュ様が行かれるってことはみんな護衛についていくってことなんですから! 私一人誰が襲ってくるかわからないところでぼっと待ってるのも、みんなと一緒にいくのも変わらないでしょう!? 違いますか!?」
 最初、ヒースは四人中三人の手勢を率いていこうとした。それはここにマリアージュとダイが残る前提の話だ。一人を自分とマリアージュ二人の護衛としてあてがい、馬車のもとへ帰すつもりだったのだろう。
 だが、マリアージュがヒースたちに付いていくのならば、警備を厚くする必要がある。ダイのために、人員を割けない。
「違いますか?」
 ダイの確認に、論破されたヒースは押し黙ったままだった。
「私も行きます。ロウエンが心配です。大丈夫です。危険が迫ったら、守ってもらわなくても逃げます」
 きっぱりと宣言し、ダイはヒースを見上げた。
「……さっきみたいに、守ってくれなくてもいいです」
 自分を守って彼が傷つくのは御免だ。何かあったときは、捨て置いてくれればいい。
 蒼い目を苦渋に細めた彼は、ダイの肩から手を外して歯噛みする。
「……貴女は時々、驚くぐらい頑固だ」
「知らなかったんですか? 職人は往々にして頑固です」
 それがこの、芸技の国の民の性質だろうに、今更何を言っているのだ。
 あくまで冷たく自分を遠ざけようとするヒースに、ダイは半ば意固地になりながらそう思った。
「さぁーて、皆で行くってことが決まったわけだな」
 ぱん、と手を叩いてダダンが出発の音頭を取る。
「行くぞ。案内してくれ、ヒース。手遅れになる前に」
 ダダンが木々の隙間から差し込む斜光を見やる。茜色の空。もう夕刻なのだ。城壁の遙か向こう、白砂の丘陵の彼方へ、太陽は眠りにつこうとしている。
 間もなく、夜になる。
 視界が利かなくなる前に、アリシュエルたちを探し出さなければならない。
 ヒースが踵を返す。
 ダイたちは口元を引き締め、彼の後に続いた。


「やめてお父様!!」
 ロウエンの前に立ちはだかりながら、アリシュエルは叫んだ。血に濡れた剣を提げて嗤う男に、この行為が無意味でしかないとわかっていても、叫ばずにはいられなかった。
「女王になるから! もう我侭言わないから! 言うこと聞くから! ロウエンは関係ないでしょう!?」
「煩い!」
 バイラムがアリシュエルを恫喝する。
「意のままにならんお前などもういらん!! こいつも私の邪魔をした時点で、同罪だ!! 跪け!! さもなくば皆死んでしまえっ!!!」
「お父様!」
「どけっ!!」
 バイラムはアリシュエルの身体を蹴り飛ばし、その背後に横たわるロウエンの腹部を踏み抜いた。
 幾度も、幾度も、幾度も。
 アリシュエルはロウエンの身体に再び縋り付き、悲鳴を上げた。
「やめてやめてやめてっ!!! お願いぃぃいっ!!!」
 自分たちの姿を見つけたバイラムは、まず入り口の傍にいたロウエンを襲った。背後から腰部を剣で貫かれた彼は息あるものの、床に崩れ落ちたまま微動だにしない。
 アリシュエルの手を、ぬるりとした赤いものが染めていく。
 爪の中まで、彼の血が染み込んでいく。
 バイラムはその足で、ロウエンの傷口を抉った。圧迫されるたびに、彼の青白い顔が苦痛に歪む。その頭を抱いて、アリシュエルは泣いた。どうしてこんなことになってしまったのだろう。
 女王になれぬと思った。父にそれを告げた。それがせめてもの礼儀だと思った。同時に、この思いをわかって欲しかった。
 それが、悪かったのか。
 彼はただ激昂し、罵った。殺意の眼を向けた。アリシュエルは逃げた。あの殺意は本物だったと、その時点でわかっていた。
 ロウエンともう会えぬのなら、せめてもう一度だけでも、彼との思い出を掻き抱きたかった。
 それが――……どうしてこんなことになってしまったのだろう。
 ぐ、と、頭が踏みつけられる。
 霞む視界に呻きながら、アリシュエルは父を見上げた。
「……最初から、この世界が間違っているのだ」
 バイラムは言った。
「私は、女王の息子だぞ!? エイレーネより先に生まれた!! なのに何故男というだけで、玉座を与えられんのだ!? 何故エイレーネのものになるのだ!?!? 私のほうが優秀なのに!! 私のほうが力があるのに!! 何故!!!」
 父の足に込められる力が更に増していく。
 朦朧とする意識の中で、アリシュエルは彼の狂気の叫びを聞いた。
「ようやっと……ようやっとここまで漕ぎ付けた! 長かった!! お前をようやっと女王に据え、私を玉座に据えなかった愚かしさを、見せ付けてやれる! そう思っていたものを……!!! だというのに貴様は!!!」
 ふいに頭から圧力が消え、頭を髪ごと引き上げられる。その乱暴な扱いに、アリシュエルは思わず手を頭に当てて悲鳴を上げた。
「貴様は、私の全てを台無しにした!!」
 唾を吐きながら吼える父を、ぼんやりと見つめる。
 嗤いが、漏れた。
 アリシュエルは嗤った。自分の愚かしさに。何故、もっと早くこの男を見限らなかったのだろう。何故、彼の愛情を信じたりしたのだろう。この男に父性を求めるなど、それこそ愚かしいことだった。
 それでも、彼の心のどこかで、父としての愛情があることを、信じていたかった。
 ロウエンが、信じていたから。
(ロウエン、私は貴方の国の民になれないかもしれない)
 彼のように信じ続けることなど、もうできない。
 それでも。
 彼の傍に在ることは、許されるだろうか。
 また、彼と会えたのだから。
「……だって、私は……この男と一緒に、生きたいの」
 早く、手当てをしないと。
 血が、たくさん、溢れて。
 怪我を、手当てしないと。
 そうして、一緒に行くの。
 彼の国へ。
 そして、一緒に生きるの。
「私は、利用されるばかりの人形ではなく、この人と生きる、女でありたい」
 彼に寄り添い、彼と共に生きる、一人の女でありたかった。
 自分の望みは、ただ、それだけだ。
 それだけ、だった。
 涙を零して、訴える。
「私、この人を、愛しているの――……」
 女王の座など、自分は要らない。
 バイラムがアリシュエルの頭を身体ごと投げ捨てる。ロウエンの身体から引き離されたアリシュエルは、勢いよく戸棚に叩きつけられた。
 その衝撃で油壺が傾ぎ、中身を床にぶちまける。灯したばかりのランタンが、油の泉へ吸い込まれるように落下していった。
 響く、玻璃の破砕音。
 炎柱が、上がる。
 その影でロウエンに向かって振り下ろされる銀の刃を見つめ、アリシュエルは叫んだ。
 ――……助けて!!!!!


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