97 好きにしなさい
娘のひとりに跡を継がせ、田舎に——正確に述べるなら、生家の領地にひきこもることを決めたときだった。
「えっ、わたしもついていきますよ、当然」
と、化粧師は言い、ちょっと不安げに眉尻をさげた。
「まさか、王都に残れっておっしゃるんですか?」
「そんなこというつもりはないけど」
マリアージュは口ごもった。
「あんた下の子がまだちいさいじゃない。王都のほうが教育もしっかりできるでしょう」
「教育だけなら夫がするから問題ないですよ」
ねぇ、と夫妻が顔を見合わせる。
そうね、そのとおりよ。この子がついてくるならこいつもついてくるわ。
それが嫌なのではない。決して。領地を任せていた親族より近しく、濃く、長い付き合いのふたりだ。マリアージュが退位を決めて、辺境の、それも王都からもっとも遠い西の領地に隠居するときまったときから、化粧師は迷わずついてくることを選んだし、その従順な犬たる夫がついてこないはずがない。
ただ、化粧師の末娘はまだ幼かった。片手の数にも満たない年である。上三人はマリアージュの娘たちとほぼ変わらない年で、王都の要所で働き始めて久しいが、この末娘のことを思えば、王都に残らないのか念押ししておくべきのような気がしたのだ。
「王都育ちのマリアージュ様が思われる以上に、地方にも子どもの心を豊かにするものはありますよ。上の子たちが学力や教養、人心の操り方を十分に学んでくれたので、あの子には違う土地で違う見方を養ってほしいのです」
だから憂いなくついていきますよ。
好きになさいよ、とマリアージュは言った。
後日、花季に芽吹いた緑の丘で馬を囲んで笑う夫婦とその末娘を、屋敷の露台から眺めながら、マリアージュは呟いた。
「ほんと、仲良しなんだから」
共に茶を喫していた夫がぷっと吹き出す。
睨んだマリアージュに、夫は穏やかに笑って言った。
「僕からすれば、皆さま等しく、仲がよろしいですよ」