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4 曲者ぞろい

  左僕射エイ·カンウ。
 水の帝国第三位の権力者。平民の出でもある。腰の低い態度と温和な人柄で、昼行灯とも呼ばれるが、その人柄のまま宰相に次ぐ地位に上り詰めたのだ、という事実を軽視する者はおしなべて毒を飲んでいる。
 彼は決して傑物ではない。
 彼の下に怪物がいるだけだ、と、彼を軽んじて毒を飲んだものは口角泡を飛ばして主張するのだが――その真実は、はたして。
 左僕射の影で暗躍するその怪物とやらを検めてみよう。
 

 彼の麾下には出自あやふやなものが多い。左僕射自身は生粋の帝国人だが、平民出、混血児に移民。年齢性別も様々。百歳だと主張する幼女もいれば、吾輩は女であると嘯く巨漢もいる。共通点は、実力でそこにいる、という一点だ。
 そして左僕射に近しいほど、穏やかで、物腰柔らかく、ともすれば群衆の中にうもれそうな体になっていく。
 その最たるは左僕射の文官のひとりであるスクネだ。
 黒髪黒目の混じり気ない帝国人の風貌の彼は、なじられても罵られても反論すらせず、唯々諾々と仕事をする彼の姿を犬だと嗤うものもいるが、その実、雑務を一手に引き受ける実務家である。上に代わって陳情を聞き、あらゆる事務手続きや面会予定の差配を担う。
 彼に是と言われなければ、下々は左僕射に意見すら述べられないのだが、気づかぬ者は多い。阿呆は彼に異国出身者たちの口さがない話をする――たとえば、この国は、古くは神の血すらひく英雄の末のもの。皇后、宰相をはじめとして、異国のものが幅を効かせすぎている。それをどうにかしないか、だとか。
 さて、スクネというこの男の妻は、あまり知られていないが、皇后からも信頼厚い女官である。つまり皇后を貶すことはスクネの逆鱗を踏み抜くことであって、そのような輩はいつの間にかまぼろばの地へ旅立っていることも少なくない。彼は文官だが、元は暗部の人間である。これも知るものは少ないのだが。
 
 
 左僕射の副官の話をしよう。
 ウル・マキートは、スクネに比べれば取っ付きやすく、飄々と人の間を渡る男である。名家の集まりや、商人たちのちょっとした会合から、井戸端で話を花開かせる御婦人がたや、門番、厩舎人、あらゆる人の輪にするりといて、いつの間にか姿を消す男だった。
 この男、左僕射を公私に渡って補佐している。どこにでも顔を出す一方、左僕射の傍らにはたいてい控えていて、左僕射と面会した者は、おや、と瞠目することが多い――つい先程、遠方で会合に出ているというから、その隙を縫ってきたはずであるのに、欠席したようでもないらしいが、はて。
 あらゆる場に出没し、どのような些細な噂も知る。左僕射を嗤うものたちが、誰も知らぬはずの脛の傷を彼の副官に囁かれたとき、氷が背を這うような悪寒を感じることもたびたびだ。副官は笑顔で人を刺す。暗部の出自に相応しい酷薄さと手際の良さで、愚かな敵を葬り去る。
「そんな曲者ぞろいの手綱をのほほんととれるから、エイは左僕射なんだが」
 と、皇帝は汚職と不敬で処断されたものたちの報告書を机に放る。
「一番の曲者はエイだよねぇ」
 と、皇帝に茶を淹れながら宰相は笑った。