Simple Site

36 でばがめ

 すぱん、と、教室の戸が勢いよく開き、中にいた全員が一斉に面を上げた。
 美形ふたりが立っている。青臭さの抜けきれない高校生の中で、ひときわ際立った美貌の男子ふたり。扉を開けたひとりは人を寄せ付けがたい険しい顔で教室に踏み込む。もうひとりは面白がる顔で先頭の友人について歩いていた。
「遊」
 づかづかと距離を詰められた遊は、箸から逃げ出したソーセージを慌ててお弁当の蓋で受け止めた。机に両手を付き、その実にお美しい顔を寄せてくる居候先の次男を、何事かと見上げる。
「……ど、どうしたの音羽、うちの教室まできて」
「先生に、修学旅行を欠席するときいたが」
「え、うん。だって旅費を出せないし?」
 何だそんなことか、と、遊はほっとして肯定した。お弁当に彼の嫌いな野菜を詰めたことを咎められるかと思った。
 一方で、音羽は遊の回答が不満らしい。ひゅっと周りの温度が下がる。
「撤回しに行くぞ」
「はぁ!? ちょっ、音羽、わたしまだお昼をたべ」
 小脇に抱えられるようにして、強制的に遊は教室から連れ出される。
 あぁああああぁ、と、遠ざかる悲鳴を聞きながら、日輪はそっと遊のお弁当に蓋を被せた。
 遊の席に取り残された音羽の連れ――笠音がよいしょと座る。
 彼は机に頬杖を突いて、いたずらっぽく笑った。
「情報提供ありがとね、日輪」
「わたし、遊とちゃんと旅行いきたい」
「そーだね。俺もあの二人セットじゃなきゃやだなー。不機嫌な音羽の世話なんて御免だよ。俺は日輪とふたりの痴話げんか見てたい」
「守里くんはいなくてもいい」
「キミさ、自分の彼氏にそれはひどない?」
 日輪はちらと机を挟んで座る笠音を見た。自分の「彼氏」とやらに収まって一年ほど。手をつなぐことも、キスすることもない。仮初の彼氏だ。でも、彼と共にじゃれ合う(多分あれはじゃれ合う)音羽と遊に、突っ込んだり、茶々を入れたり、喧嘩を仲裁したり、といことはなかなか楽しい。
 遊と音羽は彼氏彼女ではない。遊は複雑な家庭事情で音羽の家に引き取られた家無し子らしい。最初こそは他人行儀を装っていたが、遊を痛めつけようとした女生徒を殴り飛ばしたりなんなりしているうちに、遊と音羽の仲は実に親しいと知られるようになった。
 実際、彼らの仲はよい。
「本音は?」
「好きな子に振り向いてもらえずもだもだする音羽を一等席で見たい」
「人の恋路はおもちゃじゃないよ」
「あれ、日輪にまともなこと言われた」
「じゃないと刺されるよ、背中から」
「それはこわい」
「だってユトちゃんがらぶらぶハッピーだったら、日輪もそれに感化されてくれそうじゃん?」
 意外な意見に、日輪ははたっと目を丸めた。
 笠音は微笑んで日輪を見ている。宗教家の家に生まれ、陰気臭く育った、本だけが朋だった少女を。
 日輪は黙って本を開く。ごす、という重量感のあるハードカバーだ。
 タイトルは、「しつこい恋人を撲殺する方法」。
 ひくっと重音が口の端をゆがませる。
(ユトちゃんたちのことがなくても、一緒にいたいって、いってくれたらいいのにな)
 けれどそれは決して日輪の口からは言えない。友人たちの恋の事情を、笠音と共に覗き見する。それだけが、唯一、素直に日輪ができる恋人らしいことなのだ。