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28 苦手なもの

 火のついたように、という表現は誠であった。
 それほど泣き叫び手の付けられないわが子にジンは絶望的な眼差しを向けた。赤子をあやすシファカと付き添うティアレから向けられる同情の目がとにかく痛い。へらりと笑ってその眼差しを往なし、ジンはどうするかなぁと天井を仰いだ。
 昔から子供は苦手だった。動きに予測がつかないし、手がかかるし、何を考えているかわからない。とりわけまだ物心つかぬ幼子はジンの気配を察すると怯えたように泣きわめくのだ。幸いジンは赤子の世話をする必要のない身分としてうまれていた。旅をしている最中は荒っぽい仕事が大半を占めていたので、子供と関わることなどほとんどなかった。そうやっていままで苦手なものに対峙することなく生きてきたのだ。
 しかし自分の息子となると話は別である。
 ジン自身は物心つく前もついてからも父親であった男と向き合った記憶は皆無に等しい。それが許される身分に今も自分はいる。しかし子に無関心な親でいたくなかった。
 が、こう泣かれると逃げ出したくなる。
 自分の血を継ぐ子なら、と抱いていた淡い期待は無残にも砕かれた。自分は血縁関係なく男女の別なく、とにかく子供には嫌われるらしい。



「子供が嫌いっていう雰囲気を醸し出すのがいけないんだよ」
 泣き疲れて眠り込んだ息子を腕に抱いたまま、シファカはおかしそうに笑って言った。
「やっぱりジンの苦手意識が伝わっちゃってるんだよ。だから怯えて泣くの。そんなかちこちで手を伸ばされたら、普通の大人のひとだってびっくりするよ」
「そうは言ってもねー。さすがに俺もあぁ泣かれてばっかりだと打ちひしがれちゃうわけですよ」
 ジンは未だに息子を抱き上げたことがない。ので、ラルトにはさっさと抱き上げられるようになれじゃないと俺が抱き上げられないだろうとせっつかれている。変な気を回す必要はないのだが、親友は妙なところで律儀だ。
 それで今日も今日とて挑戦してみたのだが、結果は惨敗もいいところだった。
「まぁ、そこに座りなよお父さん」
「んー?」
「胡坐かいて」
「はい?」
 指示通り畳みの上に胡坐を掻くと、その太ももの上に、シファカは無造作に息子を置いた。
「うわっ。ししし、しっふぁかちゃん何すんの!?」
「馬鹿! 大声だすなっ! もー、起きちゃうでしょ」
 膝の上で息子はひくっと震えたものの起きる気配はみせなかった。
「ジン、ぼーっとしてないで。じゃないと落ちちゃうよ」
「え、えーっと、どうしたらいいんですかね?」
「頭支えて。腕も。……いや本当に、普通に膝の上から落ちないようにするだけだよ」
 シファカの言葉は笑いを含んでいた。ジンの狼狽ぶりがおかしくて仕方ないらしい。
 抱き上げる、まではいかずとも、赤子はようやっと膝の上にきちんと収まった。
 ふくふくとした頬や柔らかく薄い髪を恐々と撫でる。
「どう?」
「……うん。ちっさいね」
「そりゃぁ赤ちゃんだからね」
「でも人のお腹ん中で生成するにしてはおっきいよなぁ」
「そうだよ。大変だったんだから。ジンも見てたじゃんか」
「見てた見てた」
 なにせシファカは最初つわりがひどくて大変だったのだ。具合悪そうにうーうー唸る彼女を宥めていた日々を思い出す。
「ありがとうシファカ」
「いーえ。どういたしまして」
 くすくすと笑う彼女の頬に軽く口づけ、ジンは膝上の息子を見下ろした。むう、と眉間をきつく寄せる。
「てか、立ち上がるためには抱き上げなきゃならんよね。どうしたらいいかな」
「今なら寝てるから抱き上げても平気だと思うけど」
「いーや。俺の気配を悟って起きて泣く。絶対泣きわめくよ」
「……そうやって変な確信もつから、余計に駄目なんじゃないか?」