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18 甘いあまい

 朔は甘えることが苦手だ。
 いや、彼女と長い付き合いの棗や、ユトちゃんやみっちゃんには年齢や上下に関係なく甘えている風に見えるから、甘える相手を選んでいる、が正解かもしれない。
 棗たちには自身が甘えることを許している。特にユトちゃんとみっちゃんは、家庭に複雑な事情を抱えている。その年に似合わない老成した部分や、さみしさ、そして他者に寄りかからない強さが、朔に甘えることを許すんだろう。



「――……朔は俺に甘えられてる?」
「この体勢でどうして甘えてないって思えるの?」
 頭上から降ってきた隻さんの真剣な声に、わたしは真顔で問い返した。しばらく考え込んでいたと思ったら、何を言い出すのかな、この人は。
 いま、わたしは隻さんに後ろから抱えられて座っている。彼のあぐらをかいた足が椅子代わりなので、いわゆるお膝抱っこである。隻さんが、時々したがるので、最初こそ気恥ずかしくて遠慮していたわたしもすっかり開き直った。
 抱っこされながら、本を読んだり、カフェオレを飲んだりするぐうたらぶり。……どうみても甘えてるよね? これを甘えているといわなかったら何なの?
「ユトちゃんとみっちゃんと、朔はスキンシップ多いし、甘えてるなっていうのがわかるから。いや、それは微笑ましいことでもあるんだけどさ」
 などと、もそもそ呟く隻さんの顔は、自分でも何を言っているのかわかってない顔だ。
「じぇらしぃ?」
 わたしがからかい混じりに尋ねると、隻さんは肩をすくめて、「じえらしぃ……」と、肯定した。
 あらま。
「なんか、気難しい猫を手なづけて悦にいってたら、案外猫はあちこちに頼れる仲間を持ってることに、ドヤればいいのか、さびしがればいいのか、分からない感じ」
「なにそれ」
 わたしはくすくす笑った。
 わたしはわたしをゆるく抱く隻さんの手を取り上げた。大きくて、骨ばった、でも美しいその手に頬摺りする。
「何か勘違いしてるみたいだけど、わたしがみんなにその、甘えてもいいんだなーってなるのは、隻さんがいるからだから」
「隻さんが、わたしのことを変に放り出したりしないって、わたしをさらけ出しても、折り合いをつけてそばにいてくれるって、わかっている。絶対の場所があるから、他の人に甘えられるの」
 隻さん、という、絶対がいまのわたしにはいる。だから、みんなに適度な距離で甘えたり、みんなを甘やかしたりできる。
 むかしのわたしは、不安定すぎて、一度甘えようとすると、依存になった。だから、わたしの恋はいつも執着に変わって醜く腐食する。わたしは、甘えるまいと自らを律しようとした。それが頑な自分に自らを追い込んで首を締めていくと知らずに。
「隻さん、いつもわたしを甘やかしてくれてありがとう。お陰でわたしはたくさんの人の輪にいれてもらえるようになったわ」
 わたしが微笑むと隻さんは釈然としない顔をした。しばらく視線をさまよわせたあと、わたしの手を優しく握り返して、ささやいた。
「これからも頑張って甘やかすよ」
「それはとても楽しみね」
 そして隻さんは、綿あめみたいに甘いあまいキスをした。