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髪、されど神


 うちのじいちゃんはボケている。我が家には神様がいらっしゃるんだよ。あーはいはいそうですかわかりましたいいですね。どうでもいいけど神様がいるんだったら、我が家の若ハゲどうにかしてくれ! 俺まだ十八なのになんでこんなに前髪後退してるんだ泣けてくる!
 なにせ俺の親父もじいちゃんもハゲなら、女性ホルモンの恩恵であんまハゲないはずの母さんやバアちゃんまで髪が薄い。姉ちゃんは髪を超ショートカットにして誤魔化してる。揃って女性用ウィッグを扱うフォンテーヌ様のお世話になってるほどだ。てか、なんで我が家はこんなにみんな頭薄いんだ遺伝か? 遺伝なのか? 母方も父方も薄い俺は将来絶望的じゃないか!
 受験勉強? いやそれも大事だけど俺にとっちゃ、ガダルカナル島から速やかに撤退する日本軍の如く後退していくマイヘアーをどうにかすることが重要だ。ハゲにモテはやってこない。俺の愛あるキャンパスライフ、ひいては老後の為にも、俺は今日も頭のマッサージを欠かさないのだ。いや、勉強もしてるしてる。一応。
 今日も今日とて明日の試験のために、眠い目擦りながら(そして頭をぽくぽく、孫の手の後ろについてるゴムボールで叩きながら)、こうやって机の前に座って――あ、やべ、寝てた。
 よだれを拭った俺は、ふと目の前にだらりと垂れ下がってる黒い布を見た。
 つか、布じゃねぇ。
 髪だ。
 かかかかか、髪!? さささ、貞子か!? なんなんだこれ!? うねうねってうごうごうごぎゃああぁぁぁぁ!!!
 がたんがたたっ
 動転のあまり俺は椅子ごとひっくり返った。黒い髪は、ふよふよと俺のほうに近づいてくる。
 その髪の間から白い指がぬっとはえ出て、カーテンを開けるときのように、髪を掻き分ける。
 つか、なんのホラーだ。
 硬直していた俺の前に現れたのは、結構可愛い女の子の顔だった。
「あれ? 君、私の顔みえてるの?」
 女の子はぱちぱち目を瞬かせて俺に言った。
「みえてる」
「そか」
 仕方ないね、という風に笑うと、女の子は髪の狭間から手を突き出す。
「まぁいいや。じゃぁ髪頂戴?」
 俺は思わず叫んでいた。
「どういう『じゃぁ』だそれは!?」
 それが自称髪の毛の神との、俺の髪をめぐったバトルライフの始まりだった。


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