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序章 追憶



 思い出せる最初の記憶は寝室の天井だ。物心ついたばかりのわたしは、熱を出して寝てばかりいた。
 この世に存在するあらゆるものに魔は宿り、その量に比例して影響を及ぼす。多量の魔は宿主の身体能力を高め、病を寄せ付けず、負った傷を早々と治癒する。しばしば魔術という奇跡を起こす力を与える。わたしは高い魔力を有する子供だった。けれど、その値が高すぎた。
 あふれる魔がわたしの身体を食い破らんと牙を剥き、一方ですみやかに修復していく。熱に倦んだ身体は動かすこともままならず、わたしは死人のように褥に横たわる毎日だった。
(ヤヨイは)
 ――成長すれば落ち着くでしょうが、あのままでは身体が持ちませぬ。
 ――衰弱する一方で。
 ――あるいは畸形となるやも。
(もう、ダメ、なのだわ)
 大人たちの吐く言葉すべてを理解していたわけではないけれど、わたしの死が近いことだけは雰囲気から予見できた。わたしは固く目を閉じて泣いた。死の概念は知らずとも、生物としての本能からくる恐怖がわたしを支配していた。
「君が、ヤヨイか?」
 ある日、耳にしたことのない男の人の声にわたしは充血した目を開いた。涙の膜張ったわたしの瞳に来訪者の姿は霞んで見えた。
「無理をしなくていい」
 懸命に目を凝らそうとするわたしの瞼を大きな手で覆って彼は言う。
「あぁ……これはひどいな。かわいそうに」
 手が離れると、不思議と視野が明瞭になっていた。きれいな男の人がわたしの傍らに座っていた。
「……だれ……?」
 彼が汗で肌に張り付いたわたしの髪を撫でながら笑う。
「俺か? 俺は――……」



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