一対(女王の化粧師)

 ダイの王城での呼称は、未だにダイだ。ダイ=セトラが仕事上の名前になっている。公式な書面上、女王の最側近は女だとされているが、二十歳を過ぎても小柄なせいで美少年によく間違えられる。君主たるマリアージュが“女装を原則として禁止”しているせいもある。
 そのことを王城の衣装部は心から憂いていた。当のダイは「いや、別に男装の方が動きやすいですし、男に間違えられている方が何かと都合がいいですし……」などと言っている。ただ、衣装部は美しい絹、刺繍、透かし織り、宝石、等々で高貴な人々を飾り立てたい欲望にかられ、日々、王城の片隅で糸くずと布切れと図面の紙に埋もれている面々である。女王の傍らに並ぶ国章持ちたるダイの、神の指先の跡すら垣間見えるうつくしい造作は、衣装部の職人魂、創作意欲をこれでもかとくすぐられる偶像だった。

「飾り立てたいんですよこっちは! 絹や花や宝石やあれこれで飾りたいの! 男ものの服はそれはそれでいいもんだけど、踏み荒らしたくなる処女雪みたいに清らかできれいな顔に、花びらを散らすみたいに清楚な昼餐服やら豪華な晩餐服を着せて、宝石を足したり引いたりしてかじゃりた」
「主任、よだれが出ています」
「あっ、やべ」

 ――もちろん、

 我らが女王陛下の衣装にも心血を注ぐがそれはそれ。
 ダイの衣装には華美にならない程度の工夫をほうぼう施している。しかしやはり、女物の晩餐服はよい。丁寧な染。生産の回復してきた絹地の光沢。刺繍で描かれる図柄。磨き抜かれた宝石の細工! 

(あぁ、心が躍る)

 と、いうのが、衣装部の職人の総意であるからして。

 そんなとある日、ダイの女物の晩餐服の発注が衣装部にもたらされた。久々である。衣装部は小躍りした。主に主任が。
 問題は、そのひとり分の納期で、ダイの相方の衣装まで作らねばならないことだった。
 ダイの相方とはつまり、彼女の夫である。ヒース・リヴォート。これまたダイーーディアナ・セトラとつり合いのとれる美丈夫で、たいそう飾り立てがいのある男なのだった。
 主任とてそのことに異論はない。ただ「やつ」のせいで納期が短い。それが腹立たしい問題なのである。

 ふたりぶん。それは調和のとれる男女にしろ、という意図がある。むしろ、主役は「やつ」の方だった。王城内のさる催しに、夫婦で社交にでることになったというのだ。これまで彼は社交の場に出なかった。禁じられていたのである。理由は定かではない。興味もない。確かなのは、今回が《国章持ち》の夫のお披露目だということだった。

 しぶしぶ、しかし副官に言わせれば主神をも呆れさせる覇気でもって、前途ある夫婦に一対の盛装を作り上げた。


 納品の日。客でさやさや賑わう王城の一角。

 支度部屋から現れたディアナ・セトラは美しい。女王の最側近として侍るときはうなじでひとつ括りにしているだけの黒髪を、今日は金細工を絡めて複雑に結い上げている。決して華美ではない。なのに透明感があって美しい。そう、清らかな雪のような。あるいは闇夜を明るく照らす月あかりのような。
 一方、彼女を待っていた夫も、見事な男ぶりだった。衣装と男なら衣装をとる。そんな自分でも認めざるを得ない。平民の出とか絶対に嘘である。
 きれいに上げて固めた蜜色の髪。細渕の眼鏡がまた婀娜を感じる。衣装部が丹精込めて仕立てた盛装は、国色は使えないので、黒を基調に、裏地を赤にして、調和を測った。その暗い色合いが彼の貌の彫刻めいた端正さを浮き彫りにする。

 夫婦が並び立つ。妻は夫に囁いた。
「濃い色目も似合いますね」
「あなたはことさらよく似合います」
「本当は、明るい色目を着てほしかった」
「私生活の楽しみにしましょう。……美しいですよ」
 髪に口づけをひとつ落として男は笑う。

 これは衣装部が目にした、ささやかな日常の一幕である。