君の瞳の色(女王の化粧師)


 朝方の生活に慣れたものの、ほんの時折、身体が反乱を起こすことがある。眠りを拒絶する。
 その日もうまく寝付けず、屋上に上った。屋根の上からは生まれ育った街が見える。王都の外壁に張り付いて煌々と闇に存在を主張する、花街。立てた膝に両腕を撒きつけてぼんやりと眺めていたダイの傍らに、ふと、角灯が置かれた。
 ダイは驚きに傍らを仰ぎ見た。
「ヒース」
 屋敷の当主代行はダイの呼びかけに肩をすくめた。
「どうしたんですか?こんな夜中に」
 男は隣に腰を下ろし、ダイの視線の先を探った。あぁ、と、悟ったようだった。
「月が明るい夜だから」
 さびしかったから、とは、言いたくなかった。
「花街がよく見えるかなと思いまして」
 ダイの苦しい言い訳に彼は微笑んだ。
「そうですね、今日は特に、明るい」
 彼はおもむろに天を仰ぐ。上質の天鵞絨に似た艶のある濃紺の空に金釦のような月。満月だった。
 意図せず口にしたとはいえ、今日の月は確かに美しかった。絹綾のような暈をまとった月は、滑らかに打ち据えた上質の黄金の色をしていた。男はその光を目を細めて見つめ、おもむろに言った。
「あなたの瞳の色だ」
 そして付け加える。
「とてもきれいですね」
 ダイは息を呑んだ。男の賞賛は月に向けられたものであって自分ではない。だがなんともいえぬ気恥ずかしさが胸を占めた。膝を抱える腕に力を込め、身を縮こまらせていると、肩に重みが加わった。男の上着が着せ掛けられていた。
「冷えたでしょう」
 と、彼は言った。
「上着ぐらい着なさい」
「…すみません」
 男は立ち上がり、角灯を取り上げた。そしてダイに手を差し出す。
「月見の場所を移しませんか。談話室へ。そこで温かいものを飲みましょう」
 躊躇いの後、ダイは男の手を取った。くすぐったいぬくもりをその手に感じた。