王を拾った(その、彼方から)


 綺紗(きさ)が王と名乗る不遜な少年を拾ったのは、ゴミ捨て場だった。

 中学三年の夏、一学期終業式が終わって、帰宅したあと。夕陽がとろける蜜のような琥珀色を、世界に落としている時刻だった。翌日の燃えないごみ収集にあわせて、お菓子の包装プラやら、ペットボトルを覆っているカバーやらを詰め込んだ透明なゴミ袋を出しに、綺紗はゴミ捨て場に赴いていた。
 何だってこんなことしなきゃならねぇんだこんちくしょうと、綺紗はゴミ袋を四つ引きずりながら毒づいた。このゴミのほとんどは、家族のエンゲル係数を高めている双子の兄によるものだというのに。だが世界は不公平だった。美形に生まれた兄に、母はめろめろだった。お兄ちゃん達の非力で美しい腕にゴミを持たせるだなんてあぁアンビバレッツとかなんとか、わけのわからないことを叫びだすので、綺紗が率先してことを行わなければならないのだ。実際、母の意見には綺紗も賛同している。あの兄たちにゴミ袋!なんて似合わないのだろう。母が叫び足したくなる気持ちはよく判る。
 母が兄にめろめろなように、綺紗もいい加減お兄ちゃんっこだった。
 今日はあの兄たちにどんな菓子を作ってやろうか。夏だしな。プリンとか杏仁豆腐とかゼリーとか、つまるところ、ぷるぷるなものがいいよな。そんなことを思いつつ収集場の金網を開け、綺紗はゴミ袋をぽい、と捨てた。収集場は鴉よけの為に金網で覆われていて、やけに堅牢なそれは一見すると檻か何かに見えなくもない。
 がしゃーんと扉を閉めた綺紗は、この中に人が入っていれば、牢獄だ、と思った。思った、だけのはずだった。
 が。
 牢獄宜しく、そこには人がいたのだ。
「……おおおおおおおおぉぃちょっとまてちょっとまて!ひ、人!?」
 綺紗は一度閉じた扉を再び開けた。人が、先ほど綺紗が投げたゴミ袋に埋まっている。コスプレみたいにかなりきんきらと光沢のある、中世ヨーロピアンな衣装を来た少年だった。ただ、顔立ちは西洋というよりもアジアよりな気がした。
 綺紗は慌てて少年を掘り起こした。死体か、とも思った。が、死体にしては少年の頬は血色がよく、違う、とすぐさま否定した。綺紗は、去年亡くなった祖父の遺体の奇妙な土気色を、まだ記憶している。
「おい大丈夫か!?」
 ゴミ捨て場の中、少年を発掘し終わり、その肩を揺さぶった。同級生の少年達とは異なる、大人への脱皮を始めた少年の肩がそこにある。華奢な外見と裏腹に、がっしりとした肩は兄たちのそれに似ていて、少しどきどきした。
 幾度か揺さぶると、少年はうっすら瞼を上げた。その奥に収まる瞳は、テレビでみるハリウッドスターのような透明な青だった。トルコ石の色だ。黒い髪との対比が綺麗で、綺紗はうっとりと感嘆の吐息を漏らしてしまった。
 少年の唇が、かすかに動く。その掠れた声をきちんと聞き取ろうと、綺紗は顔を寄せた。
 が。
「夜這いなら、もう少し胸の開いた服にしろ」
 少年はそんなことを言って、綺紗のかなり自信のない胸を揉んだ。
 綺紗は無言で、少年を殴って気絶させた。
 つまり、次に目覚めたときに王と名乗ることとなる少年と、義務教育最後の夏を満喫せんと息巻く少女の出会いは、こんな感じで、ロマンティック、ナニソレ、なものだった。