あの森の彼方(亡者の帝国)


 その森は美しい。見るものに畏怖を抱かせる圧倒的な美しさ。誰もその森に足を踏み入れることは許されない。許されるのは今この森の彼方で眠りについた、亡者の帝国だけ。
「ねぇユアン」
 彼女は姫だった。かつて最高の栄華を極めた帝国で、誰からもかわいがられた末娘だった。とみに彼女をかわいがっていたのは、将軍の位をもっていた姉姫と、その夫だ。その二人は彼女の憧れであった。無論自分にとっても。ようやく基礎が組みあがり、世俗が落ち着き、これからというときであった。
 ようやく姉さまたち、式を挙げられるのよ――血塗られた戦に足を運んでばかりで、ろくろく平穏を謳歌できなかったであろう二人のこれからを、祝福していたのはほかでもないこの末姫だった。
「はいラーナ」
 自分の姉は既に国をでて自国へもどった。あの、赤き聖女の国へ。だが自分はこの末姫と共にいく。見れる世界もまたあるだろう。
「私たち、いつか戻ってこれるよね。この森に。呪いを解く、鍵をもって」
 それは、広大な砂漠で、もしくは無情の青ひろがる海で、小指を飾るための指輪を拾い上げる確率に等しい……。
 亡者の帝国をゆたうのは、魔女の呪い。神の呪い。それをとくのは、難しい、とい言い表せるものではない。ほとんど、不可能に近い。
 自分は出身国の関係上、魔女の呪いと呼ばれるものをよく知っている――そもそも自国の赤き聖女の国こそ、呪いに蝕まれる国の一つであるからだ――いまだ、そののろいは。
 その森を見上げる。ふかいふかい魔力を帯びた森。のろいを封じ込めるための森。誰も足を踏み入れることは許されない。幹の一本一本が、化石となって行く手を阻む。
 きっと、もう自分たちは生きてこの土地に足を踏み入れることはかなわないのだ。
 けれどもあまりにも、彼女が泣きそうな顔をしていたので。
「はい。そうね、ラーナ」
 ユアンは、頷いた。