氷菓子(女王の化粧師)


「アルヴィーがお菓子作ったっていって、荷物送ってきたんですけど」
「ふぅん。どんなお菓子?」
「私にもよく判らないんです」
 アルヴィナ、というのは魔術の調整のために短期でやとった魔術師だ。ダイの友人であることも知っている。ゆったりと笑う、不思議な空気を纏った女だった。
「なんか保持の魔術がかけてあるから溶けてないとは思うって書いてあるんですけど」
 手紙らしき紙片を読み上げて、ダイがなんですかねぇ、と呻く。
「なんで私のところに持ってきたわけ?」
「マリアージュ様と一緒に食べてねって書いてあります」
「……」
 はたして、ダイが持ってきた箱の中に入っていたのは、陶器の器が二つ。その中を、生成り色の何かが満たしている。
「つめたい」
 ダイが器を出しながら言った。
「本当。冷たいわ」
「匙が付いてるから、すくって食べるんです……よね?」
「知らないわよ。あんたまず最初に毒見しなさいよ」
「う、ううなんか怖いです」
 とりあえずダイがまず匙を陶器に差し入れる。掬い取ったものを恐々と口に入れて。
 ダイの顔が輝いた。
(あーおいしいのね)
 彼女が何かを言う前に、マリアージュもそれに口をつけた。
 確かに、美味しい。
 今まで食べたことのない味だ。ふんわりとた甘さが、冷たさと共に口に広がる。
(……ナニコレかなりおいしいんだけど)
 ダイなど幸せそうに、一匙一匙味わって食べている。
「失礼いたします」
 部屋の扉が開いて、ヒースが入ってきた。報告のためだろう。
「……何してるんですか?」
「みてわかんないの? お茶してんのよ」
「アルヴィーが作ったお菓子なんです。すっごく美味しいですよ」
 きらきらと笑ってダイが言う。本当に、菓子を食べているときは幸せそうだ。量はとらないが、とにかくダイは甘い菓子を与えていれば幸せ一杯の空気をかもし出す。
 その空気につられたのか、ヒースが柔らかく笑った。
「そうですか。よかったですね」
「リヴォート様も食べてみます?」
 ダイの問いに、ヒースがこちらに目配せしてくる。食べれば? と許可を出すと、ダイは無造作に匙ですくった呼称不明の菓子をヒースに差し出し、彼はあぁじゃぁ戴きます、と淡白にいって、当然のようにダイの手首を取ってその匙に乗る菓子をそのまま口に入れた。
「あ、おいしいですね」
「ですよね」
「でもちょっと甘いか」
「お茶が美味しくなります」
 ほわほわと笑う男と少女に、マリアージュは無言で、空になった陶器の中に匙を突っ込んだ。



 就寝前、明かりを消しに来たティティアンナに尋ねてみる。
「ねぇティティ」
「はいなんでしょうか?」
 水差しを持っていたティティアンナは首を傾げた。
「あんた、麦粥を食べてるときに、隣でダイが一匙だけ欲しいなっていったときに、匙ですくって出す?」
「え? ……どう、でしょう?」
「じゃぁあんたが仮に匙ですくってやったとして、ダイはそれどうやって食べると思う?」
「……えーっと、私から匙を受け取って……たべ、ます?」
「……よね。いきなりその手首とって匙直接口に入れたりしないわよね」
「しませんよぉ。何言ってるんですかマリアージュ様!」
 どうしたんです? と笑う侍女に、マリアージュは自分の感性が間違っていないことを確認してため息をついた。
「なんか、胸焼け起こしそうだわ……」
 多分あの二人の関係は、当人達が自覚しているよりも、あの菓子のように甘ったるいのだ。