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7.

「友達じゃないわよ」
 僕と華南の関係を、れんげはこう答えたようだ――テレビ局で、仕事をしているもの同士。
 間違ってはいないけれど、正解ではない。
 しかしそれで早合点したれんげに、華南は丁寧に訂正を入れた。友達じゃない。
 れんげは華南の言葉をさして気にも留めず、食事の支度を手早く整えた。そして現在、双子の姉妹と僕という、側から見れば両手に花、当事者としてみればえらく殺伐とした雰囲気の中、夕食の席を囲んでいる。
 一人空気を読まないれんげは、明るい声で僕と華南の関係性を追求していた。
「どうやって会ったの? そこがすごく知りたい!」
「同じスタジオで仕事したのよ」
 れんげの問いに華南は烏龍茶を口にしながら言った。うん、これも嘘じゃない。
 同じスタジオに立って、彼女は歌を歌い、僕は楽器を演奏していた。それが、仕事だ。
「一体どんな仕事を――……」
「それよりもまずれんげ、私に言うことがあるでしょ?」
「いう、こと?」
「そうよ。一体いつ、どこで、どんな風に、この男と出会ったのか、よ」
 この男呼ばわりってひどくない? そんな風にいわれるほど、君僕のこと知らないでしょ、華南。
 でもあまり正直に言いたくない。言いたくないけど、まさかれんげに言わせるわけにもいかない。
 僕はお箸を置いて、会話に割り込もうと口を開きかけ。
「お腹空いて倒れてたところを、拾ったの」
 一息の元、さらりと為されたれんげの説明に、僕はあぁ、と身を伏せたい気分になった。
 はぁ!? という華南の叫びが聞こえる。
「何ソレ拾った!? どういうことよ!?」
「だからね。お腹すいてた創君が」
「行き倒れてたところを助けたっていうんでしょ? 判るわよ私もそれぐらい!」
 怒りか呆れに肩を震わせた華南が、烏龍茶の入ったコップを握る手に力を込めた。手の甲に、筋が立っている。ものすごい剣幕だ。
「どういうことっていうのは、あんた見ず知らずの赤の他人、しかも若い男を部屋に上げるんじゃないわよってことよ!」
 しかし華南の叫びに、れんげは動じた様子を見せなかった。えへら、と笑ってごめんね、と受け流す。
「困っている人は助けましょうって、お父さんも言ってたよ、華南」
「こんな年の男なんて盛ってばっかよ犯されたらどうすんの!」
 僕のほうをびしりと指差して華南はさらにエキサイトする。僕はかなり傷ついた。人畜無害な顔してることにかけては自信あったんだけど……。
「困ってる人は助けてもいいけど自分の身を守るのが先決よ! わかる!?」
「うん。でも、創君はいい人だよ」
「いい人がこんなに頻繁にあんたに飯たかりに来るはずないでしょう!」
 あんたも何かいいなさい、と、鬼の形相が僕のほうを向く。
「え、何って、何を」
「下心があって飯たかりにきてたのだと白状しなさい!」
「ご、ごめんなさい」
 下心があったのは確かだから、とりあえず謝った。出会って二回目の、まだろくろく口も利いたことのない人に、ここまでメタボロに言われるのもどうかと思うけど。
「ほら謝ってるわ下心ミエミエなやつ上げたりしないのあんたも!」
「もう、聞いてたらさっきからひどいよ華南、創君はそんな人じゃないよ!」
 いや、そんな人です、ごめんなさい。僕は心の中で謝りながら、二人の間に割って入った。
「と、とりあえずさ、そろそろ落ち着こうよ」
「あんたが出て行けば丸くおさまるわよ」
「華南!」
 温和な雰囲気を保っていたれんげが、徐々に険を帯びてくる。二人同じ顔の造りをしているのに、華南はおっかない。れんげは怒っていても可愛らしい。うん、可愛い……と、そんな場合じゃなかった。
「でていけっていうなら出て行くけど……僕もずうずうしいなぁって思うところはあったし」
 ご飯代はきちんと払ってたけどさ。
 立ち上がりながら呻いた僕の服の裾を、れんげが握り締める。
「まって、違う。華南のいうことなんて聞かないで」
 ――……この、追いすがられるというアングルに、ぐっと来てしまった。
 いやいやそんなこと考えてる場合じゃないし。やましい思考を振り払うために頭を振った僕は、僕は困惑の視線を華南とれんげへ交互に送った。
 れんげは置いていかれることを嫌がる子供のように口先を尖らせているし、華南は腕を組んで挑むように僕を睨み据えている。
 やや置いて、ため息を零した華南は言った。
「どんな友達でも彼氏でも、私は別に構わないわよ、れんげ」
 優勢であるにも関らず、華南の口調のほうこそ、すねた子供のもののようだった。
「でも気に入らないのは、私の預かり知らぬところでってところよ」
「あぁ、寂しかったのか」
 仲のよかった姉妹(多分)に、間に割って入るような友人(しかも男)が出来てれば、そりゃぁびっくりして寂しくもなるよな。華南の口調の意味するところを悟り、僕は手を打ちながらぽろりと言葉を零した。即座、刃の切っ先を向けるような勢いと鋭さで僕を貫く華南の視線――コワイコワイコワイ。
 殺されるかと思った。
 れんげに視線を戻した華南は言った。
「私に黙ってなんてあんた……このことが、おばあさまにばれたら、どうなると思ってんの?」
 おばあさま?
 首を捻った僕の足元で、れんげの顔色が変わった。
「ご、ごめんな」
「さすがの私だって、それはフォローしきれないんだから」
「ごめんなさい華南!」
 なんか、風向きがおかしくなってきた。
 僕から手を離したれんげは、今度は華南に追いすがった。
「ご、ごめんね。話そうと思ってたんだけど、華南忙しそうで、ぜんぜん来てくれなかったじゃない」
「そうね。どうせ私のせいよ」
「ごめんねっ」
 腕を組んでそっぽを向く華南を、れんげが必死になだめている。話はよくわからないんだけど、僕は完全にカヤの外だ――早く、帰りたい。
 けどさすがに、これかられんげと友人関係を続けていいのかどうか、確認せずに帰るわけにはいかない。ここを逃したら僕は自ら初恋を手放すことになるのだ。自らややこしいことから逃げたという惨めさのおまけつきで。
 自分が意気地なしだっていう自信はあるけど、それだけは避けたいところだ。
「けどね、私、創君は大事なの。さよならなんてしたくない……!」
 キューピッドの矢が、ぶすっと僕の胸を突き刺した。れんげ、それ、殺し文句。
 そんな言葉をこんな風に必死に吐き出せる女の子って、なんて可愛いんだろう……!
 れんげの訴えに渋面になった華南は、僕のほうをちらりと一瞥した。
「あんたは、どうなの?」
「……僕? が、何?」
「頭悪いわね! あんたもれんげと友達やめたくないかどうかって訊いてんのよ!」
 刺々しいにもほどがある華南の口調に、さすがの僕も苛立ちを隠せずに言い返した。
「やめたくないに決まってるだろ! なんなんだよさっきから、何でいくら姉とはいえ、突然しゃしゃり出てきてたやつに、僕とれんげのことを言われなきゃなんないんだよ」
 そう。そうだ。いくら姉だとはいえ、僕とれんげのことに関して無関係も同然だ。何故そんな子に、短い間に積み上げてきた関係をぶったぎられなきゃならない?
「れんげと付き合うって面倒よ」
「面倒って」
「本当なの」
 反論しかけた僕を遮ったのは、ほかならぬれんげだ。僕は華南の前に座り込む彼女を見つめた。磨り減った畳の目をじっと見つめて、彼女は呻く。
「……私と友達するって、大変、なの」
 どういうこと、だろう。
 彼女と友達をするのが大変というのは。僕は今まで彼女の友達のつもり(あわよくば恋人昇格したいと下心はあったけど)だった。けど、これまで彼女と一緒にいて、大変だなんて思ったことがない。
 れんげは体力がない。だから外遊びするときには気を遣ったけれど、僕の仕事が特殊だから、そっちのほうにもっと気を遣った。
 れんげはお金がない。もっともそれは僕もだったけど。だから、お金を使わない遊びを探すことに熱中した。
 大変だなんて思ったことは、一度も。
「いいわ、れんげ、一肌脱いであげるわ」
 間を置いて、華南は言った。たっぷり、もったいぶって。
「あんた、私の振りをしなさい」


 華南の提案は、こうだ。
 僕は、華南と付き合っていることにする。外でご飯食べたり遊んだりするのも、全部、僕と華南――表向きは。
 けれど、途中でれんげと華南が、入れ替わる。
 だから、実際に遊んでいるのは、僕とれんげ。
 どういう提案だ。いや、そもそもどうしてそんなややこしいことをする必要があるんだ。
 説明を求める僕を、華南は一笑しただけだった。
「言ったわよね、面倒って」
 はい、おっしゃいましたね。
 一方のれんげは、楽しそう、といって、華南の提案を呑んだ。面白そうだなんていえるれんげは、かなりの大物だ。
 かくて、僕だけが、その意図わからぬままに取り残される。


 奇妙な雰囲気で進んだ夕食が終わった後、僕は華南と二人で帰ることになった。車も人通りもなく、塀がずっと続く住宅街を駅に向かって歩く。道を照らす街灯が、ちかちかと光っている。星のない夜だった。
 長く沈黙が続いて、重苦しかった。胸の上に布団を何枚も重ね置かれているような、息苦しさがあった。
 その空気を跳ね除けるような気分で、僕は口を開いた。
「そろそろ、あの話の意味、教えてくれたっていいだろ?」
「あんたまだわからないの?」
 僕の質問に、華南は脱力感一杯の視線を投げて寄越した。
「あんた、れんげのこと好きなんでしょう?」
 なんてことのない追求の仕方に、僕は思わず言葉に詰まった。昨日、にんにく料理食べたんでしょう、とか尋ねるのと同じぐらいに自然で何気ない。だからこそ、真に迫っている。
 僕は視線を泳がせた後、頷いた。
「うん……」
「男ならもうちょっとしゃきっと、好きだけどそれがどうした、ぐらい言いなさいよ」
「意気地なしなことには自信がある」
「そんなとこに自信持たなくても結構よ!」
 れんげもなんでこんな変な男にひっかかったのか。華南の独り言が聞こえてくる。ひどい言われようだ。
 ややおいて、華南は話を再開した。
「あんた、職業は?」
「……アイドル?」
「そ、しかも売り出し中のね」
 嘆息した彼女は、歩は止めぬままに、腕を組んで早口で言う。
「しかも所属事務所は厳しいJ&Mでしょ? このままじゃ私が割り込まなくたって、あんたとれんげはおしまいだったでしょうよ。他ならぬ、あんたの事務所のせいで」
 華南の言葉に、そうだった、と、流から受けていた忠告を思い返していた。
 確かに彼女の言うとおり、このままでは早かれ遅かれ、れんげは事務所の露払いの対象になっていたはずだ。例え僕らが恋人同士ではなかったとしても。
「じゃぁ華南は、僕のために?」
「なんでそうなるのよ」
 げんなりとした様子で、華南は否定した。
「れんげのためよ。あとあんた勝手に私の名前呼び捨てにしないで」
「じゃぁ聖上さん?」
「……華南でいいわ」
 どっちだよ。
「だから、私とあんたが恋人同士っていうことにしちゃえば、れんげは気兼ねせずにあんたに会えるし、あんただってパパラッチに気を揉む必要もないでしょうが」
 そういって、彼女は帽子を深く被りなおした。長い髪を全て入れ込んだハンティング帽は、こんもりと膨らんでいる。その縁から、こぼれた長い毛が白いうなじにまとわり付いていた。
 一昔前の芸能人とは格段に違う、垢抜けた身体形。
 れんげと華南は同じ造りをしている。けれど、どこか違う。
 僕は、眉をひそめた。
「でも、むちゃくちゃだよ。絶対誰かが気づく」
「嘘は突き通したもの勝ちよ」
「そんなルールあるか!」
「私が決めたからいいの!」
 ふん、と鼻を鳴らして華南は言った。なんというジャイアンルールだ。
「むしろ感謝してほしいわね。一番の被害者は、こっちよ」
 確かにそれは、その通りだけど。
「そんなことをして君になんのメリットがあるの?」
「私はれんげが傷つく姿を見たくないだけよ」
 僕を真っ直ぐに見て、彼女は言った。
 双子の兄弟姉妹には、普通のそれらよりも、強い絆があるというけれど。
 華南を突き動かしているのも、それなのだろうか。
「万が一気づかれたとしても、それはあんたの演技が悪いからですからね」
 さらりと付け加えられた華南の一言に、僕は絶句する。
 大事になった場合は僕のせいですか。
「さぁ、せいぜい頑張りなさいよ」
 華南は唇の端を吊り上げて不敵に笑った。
 安寧が遠ざかっていく予感に、僕は倒れたくなった。

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