Stage 0. 幕開け
よくある話だよ。
お涙頂戴の、三流小説によくある話。
ありすぎる話で、笑うことすら。
できなかった。
HOST FAMILY !!
「一億三千万円?」
唐突な両親の事故死をおたおたするばかりの担任教師に告げられ、家に帰った
「残念ですが、貴方のご両親は私どもからお金を借り受けておりまして」
男はさらりと言い放ち、その内容に眉をひそめながら遊は鸚鵡返しに尋ねた。
「お、お金、ですか?」
「はい」
やけに愁傷に頷き、男は銀のアタッシュケースから一枚の書類をとりだした。ぴっという音が聞こえてきそうなほどに勢く差し出されたそれを受け取り、遊は目玉が転がり落ちたような錯覚に陥った。事実、第三者的視点から見た気がする。驚きに口を開き、書類を手に硬直している自分の姿を。
遊は、その紙面に書かれた数字を読み上げた。
十三ぷらす、零七つ。つまり。
「一億三千万円……」
眩暈を覚えそうになっていた遊に、追い討ちをかけるように男が追言した。
「利子は一日十万円です」
遊はあごが外れるほど口を開けて、叫んだ。
「はぁああああああ!?!?」
「普通に働いていては、そんな借金返済するのはまず不可能です」
ぱちんとアタッシュケースを閉じて、糸目男は言った。
「ご両親に会われる前に、まずこちらのほうをどうにかしていただきたくてですね」
「そ、そんなこと言われても」
どうにかしろ、といわれてどうにかできるものならしたいが。
遊はごくごく普通の女子高生だった。非常に非力で、若者独特の傲慢さと世間知らずさを兼ね備えた凡人に過ぎない。特に才能溢れているわけでもない――他人に誇れそうなものといえば、幼い頃から親しんできた歌ぐらいだ。歌唱力にはそれなりに自信があるものの、稼ぎを得るほどの才能でもなかった。カラオケの普及で、歌手の卵はごろごろといる。そういう時代だ。
どうすることも出来ないのが、実情である。
男はわかっています、と鷹揚に頷いた。
「借金の利子はフリーズして差し上げます。ただし、私どものところで働いていただきますけれども」
「……私どもの、ところ?」
「そう」
男はにっこりと笑った。おそらく傍目からはとても親切に見える笑い方で。
けれど実際は、全くもって、笑っているようには見えない、酷薄な笑い方で。
遊は、血の気が引いた。
磯鷲遊の、平穏とは程遠い日々の、幕開けだった。