香草茶(女王の化粧師)


 ヒースがお茶にしましょうと言った。
 一日の報告を終えた直後のことだ。
 夜半近くて、侍女たちも下がっている。ダイは首を傾げた。
「いまから?」
「えぇ。珍しい茶葉を手に入れたから……」
 そう言ってヒースが取り出したものは、手のひらに収まるほどの包みだった。
 おそらく、一回飲み切りの量である。ヒースは手早く茶の支度を進めていた。湯を沸かし、茶器をふたり分、盆の上に並べ置く。
「見たいと言っていたでしょう」
 ヒースが振り返って、椅子に座って待っていたダイに、開いた包みを差し出した。
 見慣れた茶葉ではない。香草だろうか。
「おはな?」
「ヒースの花です」
 ヒースの答えにダイははっと息を詰めて顔を上げた。
 彼はやや照れたような面持ちで目を伏せる。
「香草茶の品目にね、並んでいたのを見つけたんです」
「わざわざ取り寄せてくださったんですか?」
「私が話題にしていたら、小間物屋が持ってきたんですよ」
 言い訳めいたことを口にしてヒースは包みをダイから放した。
 たいした量のない茶葉は茶器の中にすべて投入されてしまう。
(ほしかったのにな)
 ヒースの花は吹けば飛ぶような小粒の花だった。
 色は赤みを帯びた紫。
 それがまた何とも言えぬ可憐な色で、ダイはそれを小瓶に詰めて、観賞用に置いておきたかったのだ。
 ヒースが熱湯を花の上に注ぎ入れて、しばし。
 差し出された茶の色は、明かりの加減もあるかとは思うが――ごくごく薄い糖蜜色。
 湯気をすんと嗅ぐと、すっきりとした香りがした。
「今日はこれだけなので、濃い目にだしました」
「普通は何かに混ぜるんですか?」
「そうですね。栄養価が高いらしいんですが、それほど強い味がしませんし、紅茶や他の種類の香草茶に混ぜて、飲んでいたように思います」
 ひとつひとつ、記憶を確かめるように。
 目を細めて語られる男の過去。
 ヒースが過去を零すことは滅多にない。貴重な話である。
 嬉しくなって、ダイはふふと笑った。
 ヒースがダイの対面に腰掛ける。ゆっくりと茶を口に含む男に倣って、ダイもまた茶器の縁に口を付けた。
 確かに自己主張をしない味だ。
 あっさりとしている。けれども舌でよく味わうと、ほんのりと甘い気もする。
 気持ちを落ち着かせてくれる、やさしい味。
「あなたみたいな味がします」
「何ですかそれは」
 ダイの感想にヒースが胡乱な目を向ける。
 ダイは微笑んで言いなおした。
「おいしいってことですよ」
 就寝前に飲むには好ましい味でもある。
 ヒースは瞬いてダイを眺めていたが、やがて片方だけ頬杖を突き、ダイの顔を覗きこんで、悪戯っぽく笑った。
 彼はささやく。
 仕事のやりとりのときと同じようでいて。
 あまやかに響く微かな声で。
「それはよかった」