目を開ければ隣には彼女が(女王の化粧師)


 ペルフィリアに戻ってきてからも依然として眠りは浅く、覚醒間際には決まって夢を見た。
 種類はいくつかある。
 たとえば過去の再生。
 両親が生きていたころのものであればまだ穏やかだ。それなりに鬱屈も抱えていたが、現状と比べれば笑えてしまう。
 すべてが始まった夜や、あの悪夢そのものの二年間。
 いずれかを視たときの、翌日の倦怠感たるや。
 ミズウィーリにいた頃も夢見る。
 きかん気の強そうな少女と引き合わされた日や、皆から倦厭されながら目的の為に工作した日々のこと。
 そして。


 等間隔に窓の並ぶ廊下にひとり立っている。
 射しこむ光が金色で床の上に窓のかたちを描いている。
 その上を踏みながら歩く廊下はあたたかく、遠くから楽しげな侍女たちの笑い声や、下男たちの喧噪が聞こえる。
 生けられた瑞々しい薔薇。廊下に漂う焼き菓子と紅茶のあまい香り。
 廊下の終わりには扉がある。
 真鍮の取っ手に手を掛けて扉を開けば、家具のない広い部屋の中央で、化粧師の娘が女に化粧をしていた。
 化粧師に顔を貸している女は様々だ。女王候補であった娘のときもあるし、かの家の侍女たちや、はたまた母や妹といった自国の女たちのときもある。
 それぞれの顔にあった色を選び、化粧を施していく娘だけが、変わらない。
 彼女は真剣なまなざしで相手の女と向き合い、その女を美しく磨き上げていく。
 静かに見つめていると、娘が化粧筆を置いた。仕事を終えて立ち上がり、こちらに微笑む。

「ヒース」

 歩いて距離を縮めてくる娘がこちらの腕を取って横に並ぶ。

「お帰りなさい。お疲れ様でした。待っていたんです」
「……わたしを?」

 尋ねると、娘はまぶしいまでの笑みで言った。

「当たり前じゃないですか。約束したでしょう? 全部のお仕事が終わったら、ヒースの野に連れて行ってくれるって」

 娘が腕を取ったまま扉を開けて外へと踏み出す。
 そこは元の廊下ではなく、胸を突くような郷愁に駆られる、あの紫の野だった。
 果てない空の下に広がる原野。そこに絨毯のように広がる、赤紫。その合間に混じる白や月色。蛇行する砂利道の脇に植えられた風車がからからと回る……。
 花の香りをはらんだ風が、傍らの少女の黒髪を揺らした。

「きれいですね」
「……えぇ」

 知っている。
 これは夢だ。わかっている。幾度か見たから。これは夢だと、知っている。
 視界が白く滲んでいく。
 覚醒の、合図。

 夢見るときはいつも早く終われと念じる。
 繰り返し。悪夢から。これはもう過去だと。いまではないと。覚醒するべきだと。
 覚醒するべきだ。
 いまも。
 けれども――いま目を開ければ隣には。
 君が。



 もう、どこにもいなかった。
 夜明け前の寝室はただ静まり返っていた。