紅葉(裏切りの帝国)


「にやにやしてるけど何かいいことあった?」
 部屋に帰ってくるなり、アリガが問い掛けてくる。ヒノトは口先を尖らせて答えた。
「にやにやなんぞしておらんわ」
「してるしてる」
 アリガが患者の問診票と調書の束を食卓に置いて、ヒノトの隣に腰掛ける。
「何? またお館様からの手紙?」
「そうじゃよ。なにゆえそんなに呆れた顔をしておるんじゃ?」
「するよ。前回の手紙から、どれだけしか経ってないと思ってるのさ」
「前回から? もう一月じゃな」
「まだ、一月だよ」
 そんなに頻繁に手紙を受け取ってるのは、君ぐらいなものだと、アリガは言った。
「で、なんて書いてあるの? お元気そう?」
「あぁ、うん。宮城の裏手が、紅葉で真っ赤じゃと」
「へぇ。私、都には行ったことないんだけど、宮城は山手にあるんだよね?」
「あぁ、ダッシリナ側から入ったのか。国に」
「うん」
「宮城は山を背にしておるんじゃが、季節ごとに色が移ろって綺麗じゃよ。春は薄桃に染まるし、今は紅葉で鮮やかな赤」
「いいね。学院(ここ)はイチョウが多いもんね」
「銀杏臭くてかなわん」
「風情のない言い方だなぁ」
 でも確かに、と同意を示した友人は、こちらの手元にあるものを認めて瞬く。
「その紅葉の葉はどうしたの?」
 指先でくるくると紅葉を回しながら応じる。
「手紙に入っておった」
「城の紅葉か。綺麗な赤。風流だねぇ、お館様」
「うん」
 微笑んで、紅葉にそっと口付ける。懐かしい香りが、鮮烈な紅から香った。