名を唄う(女王の化粧師)


「ヒース」
 化粧師は呼ぶ。彼の名前を。確かな信頼を込めて。
「ヒース、ヒース、ヒース」
「なんですか?」
 尋ねる。なんでもない、と、化粧師は顔を横に振る。円卓の天板に、頬を寄せて目を閉じる化粧師。化粧師の横顔は、無色透明な印象を抱かせる。女でも男でもない。子供でも大人でもない。透明な何か。
「ヒース」
 繰り返し、名を呼んでくる。
 無言で、意味を追求する。視線を感じたのか、僅かに月色の瞳を瞼の狭間から覗かせる。
「名前を呼びたいだけだって言ったら、怒りますか?」
 彼は、化粧師の頭にそっと触れて笑った。
「いいえ」
 そんなことはない、というと、化粧師は安堵したように名前を繰り返した。
 唄うように。



 彼は、瞼を閉じてその歌に聞き入る。
 彼にもまた、意味もなく、名を唄いたくなるときがあるのだ。