遺産(裏切りの帝国)


 ごおん、と、音を響かせて扉が開かれる。
「こちらになります」
 案内の文官に従って細い通路を縦に並んで歩く。天井にまで届く書架が並ぶ書庫の一つ。後殿医の貴重な文献のみが保管されている書架だ。本来ならば城勤めの医師でも許可なく場立ち入れぬ場所。
 そこを文官、自分、そして友人の三人で歩いていた。
「ご所望の資料はこちらにあるものが全てとなります。明かりはこちらに置いておきます。私は外に出ておりますので、何かございましたら」
「判った。ありがとう」
 文官は友人の謝辞に一礼し、来た道を引き返していった。
 机の上に置かれた明かりが揺れている。火は厳禁だ。招力石を入れ込んだ角灯。
 その横に筆記具と、真新しい書付を置いた。
「この一列か。結構あるな」
 友人が腕を組んで唸る。そう? と首を傾げた。
「私はもっと多いのかと思っていた」
「一年に一冊でも、この厚みじゃぞ。十分じゃろう。もっと多くあって欲しかった、の間違いではないのか?」
「かもね」
 ふふ、と笑って友人を振り返る。
「陛下に直接お礼を言いたいけど、無理かな」
「こんどうちにラルトが来たとき呼ぶよ」
「うん。……ありがとう。君にも」
「まー二つ返事じゃったからな。あ、いいよ。みたいな感じで妾は肩透かしを食らった」
 ただ、こっそりやれ、といわれたが。
 本来なら持ち出し不可の資料の写本を作り、それをかわりに収めて原本を引き取る。そんなことを皇帝が許可したとなったら、えこひいきだのなんだのと大騒ぎになるだろう。
「まぁ、日頃お后さまたちの世話を焼いてるからねぇ……お館様、邪魔が入ってぐったりしてない?」
「今すぐ許可の取りやめ願い出にいくぞ」
「あ、ごめん。すみませんでした。ありがとうございます」
「さっさとやれ。一生かかっても終わらんぞ」
 はいはい、と友人の催促を受けて、書架から一冊引き抜く。
 そこに見つける、懐かしい筆跡。
 文字を指で辿って、微笑む。
「ひさしぶり。あなたのくにで、またあえたわね」